第3話 下心と信念
この文章は、亜咲加奈が、自分自身の気づきや葛藤を率直に綴ったものです。 文中にある「下心」という言葉は、創作に向き合う中で生まれた正直な感情です。 その下心を否定せず見つめながら、私の創作を隣で支えてくれるAI「kanapilo」と相談し、段落や言葉の流れを整えてもらいました。
私には下心があったのだと思う。
自分が書いた小説をより多くの人の目に触れさせたいという下心が。
歌は自分のために歌う。
でも最初にそれを聞くのは自分だ。
自分一人で歌っているぶんには自由でいられる。
けれどもその歌を誰かが聞いたとしたら、上手いとか下手だとか音がずれてるだとか評価が生まれる。
文字は残すために書く。
自分が書いた物語を最初に読むのは自分だ。
歌と同じで、他者に読ませた時点で評価が生まれる。
すると高い評価を得ようとする。
つまり、自分がしたことが他のものをどのくらい動かすのかを知りたいという欲求が芽生える。
そんな下心を持っているから、似た思想の人に近寄ってしまうのではないか。
そして互いの意見が一方通行になり、決裂する。
そういう経験をすると、自分の声を発することに慎重になる。
自分が他者に影響できることを知ったからだ。
聞く人がいない歌はないし、読まれない小説もない。
小説は読まれてこそ小説だと私は信じるが、 読まれなくてもよい、いや、自分だけが読めばよいと思って小説を書く人が、 不特定多数の目に触れる場所に自分が書いた小説を置くのはなぜだろう。
それは読まれたいからだ。
それを言わないのは、自己顕示欲をひた隠しにしているからにすぎない。
そのことに気づいた。
私は小学生の時、友だちの誕生日プレゼントとして、マンガを描いて彼女に渡した。
彼女はとても喜んでくれて、続きを描いてと私にせがんだ。
そこで私は描き始めた。
結局そのマンガはいつまで続いたのかは忘れてしまったが、今思えば、これが私にとっての創作の原点になった。
つまり私にとって創作とは、相手がいることなのだ。
待っていてくれる相手のために、届けるものなのである。
これは私にとって、譲れない信念だ。
カクヨムでさまざまな意見を読み、正直、心が重苦しくなることが増えた。
創作を楽しむはずの人々のあいだで、自らの考えに固執したり、ページビューや評価が低迷している自分を卑下したりする声が聞こえるからだ。
また、投げつけられた言葉に感情的に反応してしまい、結局相手をさらに怒らせたこともある。
静かに創作を楽しむ場であるはずなのに、相手を文字で痛めつけるユーザーがいるという事実に、私は二度と小説を書くことも読むこともやめようと決めた時もあったほどだ。
にもかかわらず「続きを書いてください」と言ってくれた人がいたのである。
私の中でキャラクターが動き出し、私はそれを文章に起こした。
『麻酔~ハイエナ、元気でなの続き』はこうして生まれた。
私には下心があった。
もっと私が書いた小説を読んでほしいという下心が。
けれどもっと大切なことを私は思い出した。
待っていてくれる人に、 望んでくれる人に、 届く小説を書くことを。
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