脱サラTSおじさんと地元のヤンデレ少女

神子さん

第1話

 双葉遊ふたばゆうは仕事を辞めた。

 昔から夢だったゲーム配信者という夢をかなえる為だ。

 仕事のストレスに耐え切れず、今すぐにでも現状を変えたかった。

 しかし、逃げた先の理想も現実と同じで厳しかった。

 登録者も増えない空回りの日々。

 サラリーマン時代のそこまで多くない貯蓄もみるみる減っていく。

 2年は持つと思っていたが……それも怪しくなってきた。


 だから俺は都会を捨てて実家に帰った。

 家族に助けを求める事にした。


 久しぶりに帰った実家は居心地がよく、その場のテンションで人生の大きな決断をした俺の話を母は真摯に聞いてくれた。


 女手一つで俺を育ててくれた母。

 最後に実家に帰ったのはいつだったか。

 母もひとりで寂しかったのだろう。

 母に寂しい思いをさせてしまったことを後悔し、実家で少し親孝行をしたら現実に帰ってまた仕事を探そう。

 そう決意した。


 お酒を飲みながらそのことを母に話すと、母が視聴者を増やせるかも知れないいい手がある、と教えてくれた。


 有名な配信者も最近のトレンドも知らない母のそのいい方法、俺はそれを話半分で聞いていた。


 そして次の日の朝。俺は女の子になっていた。



「……なにこれ?」


 朝起きて、起き上がった俺が最初に感じが違和感。

 なんか身長縮んでね?

 俺の身長は177センチ、大きすぎない丁度いい身長だった俺の目線が何故か少し下がっていた。


 布団を鏡で映すと縁起が悪いという母の意見を聞いて姿見は部屋に置いていない。

俺は自分の手を見た。俺が人生で1番見慣れた自分の手。

 サラリーマン時代の激務でやせ細り、骨と皮のようだった筋張った俺の手。


 しかし俺の視界に映った手は、ただ細いだけでは無いしなやかで美しい指、そして丸みを帯びた柔らかい手のひら。これはまるで……。


「ゆうくんおはよう!なんか悩んでたみたいだから性別弄っておいたわよ」


 部屋の外でスタンバっていた母が俺の部屋に入ってきた。


「か……かあさん……?」


「なんかバ美肉……?っていうのが流行ってたって聞いたことがあったから、性別ごと女の子になれば視聴者増えるんじゃない?」


 呆気にとられる俺をその場に放置して、母は朝食を作りに行った。


「いやどういうこと……?」


 そして『俺』は『女の子』になった。




「母さんね、昔勇者だったのよ」


 朝食を食べながら母が私に言った。


「勇者ってなに?魔王と戦ってたの?」


「そうそう!アップデート事にメインストーリー以外のサブクエも発生してたからいつの間にか本編のラスボスより強い敵とばかり戦ってたけどね」


そういいながらよそったご飯を俺に手渡した。


「それなんのソシャゲの話?」


「ゲームの話じゃないわよ!私はある日、突然別の世界に召喚されて、そこで色んな仲間たちと一緒に敵と戦ってたの」


「ふんふん」


 手のサイズが変わって箸が持ちにくい……。

 いつもの量のお米を箸で摘んだら口が小さくて唇にお米がぶつかった。熱い。


「で、その時のキャラクリチケットが1枚余ってたから昨日寝ている間にゆうくんに使ったの」


「キャラクリ……?」


「そうそう。私も何度か男の子になった事があるけど、やっぱり女の子の方が衣装が多くていいわよね」


「まあ気持ちはわかるよ。俺も性別が選べるゲームは女の子を選ぶことが多いし」


 3Dゲームの移動中、カメラを動かして女主人公の事をローアングルから観察するタイプだ。

 スカート除き、壁貫通で口の中を観察……。色々やったものだ……。


「じゃあこの見た目は母さんの趣味なんだ」


 俺は黒髪ぱっつんのロン毛で、ちょっと険しい目をした女性基準長身の眼鏡の女性になっていた。

 スーツが似合いそうだ。


「俺だったら獣耳つけたいな」


「獣耳は帽子とか貫通するから邪魔よ?」


「母さんのいた世界はゲームっぽいから知らないかもだけど、現実は獣耳が帽子を貫通することはないんじゃないかな?」


 というか現実の獣耳ってなんだ。


「シリアスな場面で私の耳が気になって仲間が笑っちゃってね……」


 母が遠い目をした。


「ちなみにゆうくんのお父さんも女の子よ」


「マジで!?」


 まさかの同性婚。


「貴方のお父さんはかっこいい人でねえ……今のゆうくんのビジュアルはお父さんに寄せてるの。」


「そうなんだ……」


 親子で顔が似てますね……の上位互換になったわけか。


「でも戦いの時に私を庇って死んじゃったのよ。その後色々あって帰る時に出てきた私の子供の親の選択で選んだのが彼女だったってわけ」


「後付け!?」


 親が後付けなら誰があんたに種付けしたんだよ。

 そんな品の無いツッコミは、流石に俺も出来なかった。


 TS後、今までの過疎配信が嘘のように人が増えた。

 視聴者には今までのおじさんの方がボイチェンだと嘘をついた。

 証拠の為に顔出しも始めたらバズった。


 ありがとう母さん……ありがとうキャラクリエイトチケット1枚1500クリスタル……。

 というかキャラクリのし直しにお金がかかるってなに……。



 性転換後の事務的な手続き、主に元の双葉ゆうと今の俺が同一人物だという証明をする手続きは、母がいい感じにやっておいてくれたらしい。

 サラリーマン時代と違って難しいこと考えなくていいから実家は最高や!!!!


 



 性転換から5日後、すっかり女の子の身体になれた俺は、街で女性用の衣類を購入し、男の時では入れなかった可愛らしいカフェで……メニューがよく分からなかったから普通のコーヒーを嗜み、家に帰って近所を散歩していた。


 ご近所の方は、急に女性になった私に驚く人もいれば、はいはい双葉さんちねと言った感じの反応をする人もいた。

 

 ご近所さんにもあそこの家は性転換してもおかしくないと思われているという事実、そしてその息子であった俺もなんかしらをやらかしてもおかしくないと思われていた……という推測。


母さん……俺、母さんのことなにも知らなかったみたいだよ……。

 


 夕焼けの街、そろそろ家に帰ろうと思った時、見覚えのある小さい背中が見えた。


「シキちゃん〜!!!おーい〜!!!」


 俺が手を振りながらその背中に呼びかけると、彼女もこちらを見た。


 藍沢四季。近所に住女子高生だ。

 愛おしさを感じる小さい身体。きめ細かな肌。メガネの奥のふわふわした優しい目付き。

 きっとクラスでもモテるんだろうな〜

 振り返った彼女の顔は、夕焼けに照らされていた。


 彼女は母の友達の娘で小さい時によく家に遊びに来ていた。

 彼女は俺に懐いており、家に来た際には一緒にゲームをした。


 ただ俺が就職で都会に行ってからはあまり実家に帰らなかったこともあり、長いこと話をしていなかった。


 小さい頃面倒を見ていた女の子でも高校生まで上がってしまうとこんな寂れたおじさんと話したくはないのだろう。

 事実、この前母の友人がうちの尋ねて来た時に彼女も一緒に来ていたのだが、俺が挨拶をしても彼女は自分の母の後ろに隠れてしまった。


 子供の時にちょっと世話しただけのおじさんが馴れ馴れしく声を掛けてきたら警戒されても無理はない。

 だが今の俺は身体が女性なので警戒されずに済むのでじゃないか? 


 そんな根拠の無い打算で声をかけた彼女は、今の俺を見て一瞬慄いた後、携帯を取り出して何処かに連絡を始めた。


「もしもし警察ですか?今不審者に声をかけられて」


「ちょちょちょっとまって!!!」


 俺が慌てて止める。


「俺だよ!!!ゆうおじさんだよ!!!君の母さんからなんか聞いてない!?」


 慌てふためく俺をみて四季は少し考えた。


「あ、ゆうおじさんが女になったって本当だったんだ」


「そうなんだよ〜ていうかこの前会ったでしょ」


「そうだったっけ、てっきり女子高生の名前を調べて話しかけてくる危ない不審者だと思ったよ」


 そういうと彼女は携帯を下ろした。


 危ない不審者……彼女の言う通りだ……。


 根拠の無い自信で突発的な行動に出た自分を戒めつつ、折角だからもう少し会話をしてみる事にした。

 

「ごめんごめん。今帰り?」


「うん。ただ家の鍵忘れて途方に暮れてたんだ」


「じゃあうちくる?」


 そういうと彼女は顔を顰めた。


「うーん……今のおじさんの家に行くのちょっとヤダ」


「なんでよ」


「いや女になったのは百歩譲ってしょうがないとして2日3日で適応してるのはもうそういう素養のあった人でしょ。おじさんの事嫌いじゃないけどちょっと怖いよ」


 俺は現在黒い肩の出たワンピースを着ていた。

 身体のラインも出ていてちょっとエッチな雰囲気の服。

 なんというか自分が着るというよりも、自分の操作するキャラに着せ替えしている気分なんだよね。

 だから今買いに行った服も割と攻めた服が多かった。

 店員さんも大喜びだったからみんなハッピーでいいことだ。


 しかしTSに適応している……それは確かにそうだ……。


「確かに……なんなら女になった直後からだいぶ適応し始めててたわ……」


 女装の素質あり……と言ったところか……。

 母も何度か性転換をしてたと言うし、遺伝かも知れない……。

 寧ろ肉体に精神が引っ張られるのは普通の事じゃないか?

 いや肉体が変わる機会がそもそも普通じゃねえ!!!


 考えていても埒が明かないので話を続けた。


「でもひとりで返す訳には……じゃあちょっとデートしようよ」


「デート……?」


 四季が更に身構えた。

 ワードチョイスを間違えた!!!

 しかし俺は怯まず続けた。


「今話題のアニメの映画、今からアレ見に行こうよ!さっき映画館の前通った時に上映スケジュールを見たから今からならまだ間に合うと思うし!」


 俺の提案に四季が少し考えた。

 そして暫しの葛藤の末口を開く。


「わかりました。お金出してくれるならいいですよ」


「勿論!おじさんポップコーンとジュースもつけちゃうよ」


 四季が映画館方面へとツカツカ歩き出した。

 俺もその横に並び、一緒に映画観に向かったのだった。


「おじさんと……デート」


 隣を歩く彼女がポツリと呟いた。

 デートというワードがやはり気に入らなかったか。

 見た目が女性とはいえ、20代も終わりに向かっているおっさんとデートなんてトラウマになってもおかしくない。

 俺は申し訳ない気持ちが湧いてきて少し居心地が悪かった。


 



 映画館、暗い空間に強い光を移し出す。まるで男女のように陰陽がはっきりとわかれる空間。


 シキちゃんは真剣な顔で映画を観ていた。


 その表情を見た俺は……。


 楽しんでくれて良かった!!!!!


 と先程の後悔が嘘の様に満足した気分になったのだった。




 映画が終わり、四季の家族も帰って来る時間なので俺は四季を送って帰ることにした。


 リュックを背負った四季は右手に映画館で買ったグッズの入った袋を持っていた。

 グッズも奢ってあげたかったが、流石に悪いと四季に断られたので私も渋々自分の分だけ買った。


 近所のコンビニ、ここで俺たちは解散することになった。


 コンビニでなんか買って帰ろうと思ってた俺に四季が声をかけてきた。


「ゆうおじさん……今日はありがと……。結構酷いこと言ったのに付き合ってくれて……」


 彼女は至極真っ当な警戒をしていただけなのに……なんていい子なの……?


「全然いいよ!またうちに遊びにもおいで!」


 俺が笑うと、四季は顔を真っ赤にした。

 出会った時の夕陽はもう沈んでいる。

――――――





 ――――――


「ゆうおじさん……」

 

 双葉遊とコンビニで解散した後、家に向かう道中でシキは1人呟いた。


「おじさん……性別が変わってて、もしかしたら男の人が好きなんじゃないかって思ったけど……」


 先程声をかけられた時のことを思い出す。

 まるで自分に自信満々な大人の女性のような服装。

 自分はゆうおじさんだと彼に言われても受け入れられるか心配になったその様相。


 切り揃えられた綺麗な黒い髪、スタイルのいい身体。艶かしい脚。そしてクールな眼つきの中に、元の彼の面影を感じる優しい瞳。

「でも私に声をかけてくれた……私と……デートしてくれた……」


 自分の表情が崩れていくのを感じる。


 先程まで必死に耐えていた私の表情。


 今では恍惚とした笑みを浮かべている。

 

 「変わらない……昔と変わらない……」


 6年前、私が小学生の時、ゆうおじさんが都会へ行ってしまうまでの輝かしい日々。


 今も胸に残る煌めきに、私は抗えなかった。

 

「大好きな私の……ゆうおじさん」


すっかり夕陽も沈み、街灯と、民家から盛れた光だけが頼りの闇の世界。


 その闇よりも暗く温かい想いが、四季の心を飲み込んでいた。


 ――――――



 ――――――

 土曜日。週末の始まり。

 しかし現在のニートである俺にはあまり曜日の概念は関係のない。

 週末なのでお昼に始めた配信の視聴者が先日より増えている感じはする。


――ここでこのカードを使えばこのターンリーサルだったよ


――今のカードの切り順だと取れるアドバンテージが減ってるよ


――カード使う前に先にドロソ使え!



「うるせえ!!!!」


 趣味のDCGデジタルカードゲームと、その配信中に送られる心温まる指示コメとの格闘。


 俺がしたかった配信活動を出来るきっかけをくれた母に俺は改めて感謝したのであった。



「ごめんください、ゆうおじさんはいますか?」


 3時間程配信をした後、リビングで一休みしていると、コンコンというノックと共に女の子の声が聞こえた。


「はいはい〜、あっシキちゃん」


 ドアを開けると外にいたのは四季だった。


 お休みということで今日は制服ではなく普段着だった。

 可愛らしい白のワンピースを着た可愛い少女の姿に、俺は心がときめいた。


「うわ可愛い」


 思わず溢れ出てしまったセクハラ発言に俺は血の気が引いた。


 この前も距離感間違えてドン引きさせたのに!またやってしまった。


 しかし彼女は昨日のように警戒はしておらず、むしろ昨日とは別人のように穏やかな笑みを浮かべていた。


「ありがとう。お洒落してきたかいがあったよ」


「お洒落……もしかして何処か遊びに行く前にうちによったの?」


「ううん今日は昨日のお礼をしに来たんだ」


 そういうと彼女は右手に持った手提げ袋をこちらに差し出した。


「これ良かったら食べて」


 それを受け取る。


「お礼なんて良かったのに。わざわざありがとう」


 開けると中身はバームクーヘンだった。近所の人気店のもので、俺が昔から好きなお菓子だ。


「おじさんこれ好きだったでしょ?」


 俺の好みを把握して……なんていい子なの……

溢れかけた涙をグッと堪える。


「良かったらうちで一緒に食べていかない?お茶もいれるからさ」


「是非。というか本当は今日おじさんと遊びたくて来ました。」


 俺のその誘いを待ってましたと言わんばかりに彼女が食いついた。


 俺と遊びたい?


「ああゲームね!昔一緒に遊んでたこと覚えててくれたなんて嬉しいな」

 

「ふふ、忘れるわけないよ」


 そういうと彼女はいたずらっぽく笑った。


「格闘ゲーム、私の方が強かったからね」


「実はシキちゃんにボコボコにされたトラウマで格ゲーやらなくなちゃったよ」


 彼女はゲームが強すぎた。最初は俺が縛りプレイしなきゃ戦いにならなかったのに、気づいたら全く勝てないくらい強くなっていた。


 当時の俺は格闘ゲームなどのランクマッチが採用されているゲームは強さこそが全て、楽しむ心は二の次というプレイスタイルだった。


 少なくない練習量を重ねて磨き上げたスキル、その全てを粉々に打ち砕かれて俺は格ゲーを辞めてしまった。


「そうなんだ。折角予習してきたのに」


「格ゲーじゃなくて別のゲームやろ!桃鉄やろ桃鉄」


「また泣かせてあげるよ」


 そう言って彼女は眼鏡の奥の大きな眼を細めて笑った。

 穏やかな雰囲気見た目の彼女が笑うと心があったかくなる。


 いつか俺に子供が出来たらこんな子が欲しいな……というか俺が産むことになるのかその場合!?

 26年生きていて初めて自分が子供を産むことを考えた。


 そんな事を考えながら俺は四季を家にあげた。


「お邪魔します」


 そういう彼女の眼は先程とは違う獲物を狙う狩人の眼になっていた事に俺は気づいていなかった。



「お茶どぞ」


「ども」


 俺の部屋で待たせていた四季にお茶を入れて渡した。

 俺の部屋は配信部屋を兼ねているのでだいぶ散らかっていた。

 見られたら困るものは置いてないはずだけど……。


「おじさん、これいいパソコンだよね」


 辺りをキョロキョロ観察していた四季が、俺のパソコンを見てそういった。


「配信用だからね。会社時代のお金で買ったんだ〜」


「配信やってるんだ」


「そうなの。配信やりたくて仕事辞めてさ」


「ふーん。計画性ないね」


「ぐっ!!!」


 何気ない一言が俺の心に突き刺さった。

 計画性、将来のこと、うっ頭が……!


「まあお母さんから事情はちょっと聞いてたけど」


 そうか、彼女の母と俺の母は仲がいい。

 俺の事情は筒抜けだった。


「それはそれとしてゲームやろゲーム!!!そこのモニターにSwitchが繋がってるからさ」


 因みに部屋にテレビはない。見る時間もないし見る習慣もなかったのだが、最近配信に来てくれる人も増えてきたし 、テレビで世俗の情報を仕入れていた方が会話デッキの構築の幅が広がっていいのかな?という気が最近してきている。


 そうして俺達は2人並んでゲームを始めた。


 今回はふたりで協力してステージを進むアクションパズルゲームをするゲームをすることにした。

 桃鉄をやろうと思ったが、せっかくセールの時に購入したのにやっていなかったこのゲームをすることにした。

 

 ただ……会話がない!

 

 あそこを登ろう、こっちに来て、などの事務的な報告はしているがそれ以外の雑談がない。

 ステージが進むたびに心の距離も広がっているような気がする。

 

 隣に座る四季からふわりといい香りがする。


 女の子の優しい匂い。


 ……まずいこのままJKの香りを楽しんでいたら通報される!


 俺から会話を仕掛けて状況を変えなくては。


「シキちゃんは最近学校どうなの?」


 おじさんの貧弱な会話デッキスターターセットからカードを1枚抜いた。


「学校?、ぼちぼちだよ」


「ぼちぼちか~」


 ……。


 あれ?会話終わり?


 「……」


 「……」


 沈黙が場を支配する。

 もしやこれが俺の特殊能力?

 場を支配するタイプの異能……。

 あの母の息子(娘?)なのだから何かしら特殊能力があってもおかしくはない。


 「世界の危機が訪れたら、必ず俺が守るから」


 特殊な力を持つ(持ってない)俺は世界を守る決意を新たにした。


 「……いきなりどうしたの?」


 急に中二病みたいな事を言い出した俺に四季が反応した。


 「世界が闇に覆われても、俺の内なる力が目覚め世界を救うんだよ」


 「なにそれ?」

 

 そういって彼女が笑った。


 「昔から変わらないね、いきなり変な事いいだすところとか」


 「マジか……気が動転して変な事言ってた自覚はあったけど、普段からそうなのか……俺」


 頭の中の自分との会話にリソースをさかれて、よくわからないことを口走ってる自覚はちょっとあったけどまさか5年以上あっていなかった子供にもそう思われていたとは。


 「私はいいとおもうよ、おもしろくて」


 「シキちゃんは優しい子に育ったなあ」


 俺は感慨深い気持ちになった。


 「そんなにいい子だと学校でもモテるんじゃない?」


 「別に……」


 この話題は余りお気に召さなかったようだ。彼女の視線はゲームの画面に戻ってしまった。


 「そっかー。同級生のはうらやましいなあ」


 「……」


 「こんないい子をほっとくなんて周りの子はみるめが……」

 

 「おじさん」


 彼女はそういうと俺の顔をグイっと引っ張り、そして俺にキスをした。


 「!?」


 「んん……」


 唇が当たるだけのキス。


 やわらかい感触。


 カシャッ!


 突然の事に唖然としていると彼女のスマホから写真を撮影するときの音が聞こえた。


 「写真とっちゃった」


 シャッター音が聞こえた後、俺の唇から離れた彼女が獲物を取られた猫のように満足げな表情でいった。


 「シキちゃん!?」


 「おじさんは今性別女だけど、それでもこの写真をばら撒かれるのは困るよね?」


 えっ!?ええ!!?!?


 いつもはうるさい俺の頭の中の声が、今は動揺で困惑の声だけを上げている。


 「いったいどうして?」


 「ばら撒かれたくなかったら私と付き合ってください」


 「付き合うって?」


 「おじさんが悪いんだよ、部屋に連れ込んで甘い言葉を囁いて」


 そう言って彼女は俺に抱き着いた。


 「そういうことだからよろしくね。ゆうおじさん」


 そうして俺は高校生の少女、藍沢四季と恋人『ごっこ』をすることになった。


 というか昨日TSに爆速で馴染んている俺が怖いから家に行きたくないって言ってたシキちゃんはどこにいってしまったんだ!!!




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