第17話
「…かきごおり、おっきいね」
カップル割でサービスしてもらったかき氷は、思っていた2倍くらいのボリュームだった。
ティースプーンも2つもらって、俺は右側から、佐倉さんは左側からひたすら掘っていく。
「これ、食べれるかな」
「わたし小食だから、あさくらくんががんばらないとむりかも」
そう言って、佐倉さんは「えへへ」と無邪気に笑う。
「…先に水になる方が早いかも」
「…でも、せっかくサービスしてもらったし、全部たべないとね」
佐倉さんがそう言うと、また2人の頬が熱を帯びて、思わず下を向いてしまう。
このサービスって、そもそもカップル割、なんだよな…
カップル…
俺と…佐倉さんが…そうみられているって…
ーーその時だった。
「あっ」
意識が完全にそっち側に向いていたせいで、手元がおろそかになっていた。
ティースプーンは指からこぼれるように滑り、都会のアスファルトへと落ちていく。
「カチーン」と乾いた金属音が、足元で小さく響いた。
「…」
「…」
起こったことが呑み込めず、俺と佐倉さんは床に落ちたスプーンをただ眺める時間が続く。
「…ごめん、すぐ拾わないとね」
慌てて拾ったスプーンには砂ぼこりがついていて、とてもかき氷をすくえるものではなくなっていた。
俺は急いでポーチの中を漁るも、こんなときに限ってティッシュ類が入っていない。
「ごめん、もう1回戻って…」
「わたしは、いいよ」
「…え?」
佐倉さんは俺とギリギリ目線が合わない角度で逸らしながら、自分のティースプーンを差し出していた。
「…このスプーン、使っても」
佐倉さんの言葉を認識すると同時に、脳に衝撃波のようなものが響く。
余韻のように、ずっと頭の中でグルグルとこびりついて、離れない。
お祭りに来てから、ずっと胸がドキドキして止まらない。
「…でも」
「そ、その…戻るのも、めんどう…だから」
…6年前のあの頃みたいに、いやそれ以上かもしれない
これって…やっぱり…
「だから、これあげる」
佐倉さんは無理やり俺の手に自分のスプーンを押し付けると、後は黙ってしまった。
返すのも、違うか…そう思った俺はゆっくりと、佐倉さんのスプーンでかき氷を右側から掘って、口に運ぶ。
「ありがとう。おいしい」
なんだか、さっきまで食べていたかき氷よりも、甘い味がしたような気がする。
ーー同じもののはずなのに。
「…よ、よかった」
「佐倉さんも食べるでしょ?」
こんな巨大なかき氷を俺だけ独占するのもおかしい話だし、そもそも全部は食べられない。
そう思った俺は佐倉さんにティースプーンをお返しするもーー
「わ、わたしはもう…おなかいっぱいだから」
佐倉さんはそう言って、二度とティースプーンを受け取ってくれなかった。
ーーほとんど食べてないじゃないか。
ーーーーー
その後は、ただただ平和な夏祭りだった。
「あ、りんごあめ」
「了解」
「あ、わたがし」
「分かった」
「あ、べびーかすてら」
「行くか」
佐倉さんは自分の食べたいものを見つけると声を出して反応する。
反応するたびに、俺の足もその屋台へと向かう。
…甘いものばっかりに反応するところがなんとも佐倉さんらしい。
で、買ったら買ったで彼女はあんまり量を食べないから、途中ですぐ「おなかいっぱい」になるということで、体感8割ぐらいは俺が食べている。もちろんさっきのかき氷も責任をもって俺が全部食べた。
「あ、ちょこばなな」
「承知」
次はチョコバナナに目をつけたらしい。
俺は言われるがままに屋台へと向かう。どうせ途中で俺に渡してくるんだよなあ…お腹いっぱいだけどなんとかして食べないと。
そういや、さっき佐倉さん、かき氷の時点でお腹いっぱいって言ってたのに…
同時に、ふとそんなことも思う。
それに、わたがしとかりんごあめとか、全部途中で渡してきたけどあれって全部、間接キス…
また俺だけ、なんだか恥ずかしくなっていた。
ーーーーー
たのしい。
とってもたのしい。
時々、気づかれないように横をチラチラとみると、朝倉君が横にいる。
…気づかれてないよね。気づかれてない…はず。
…別に気づかれててもいいけど。
「ちょこばななあげる」
「もうお腹いっぱいですか?」
「うん、だからあげる」
私はかじったチョコバナナを、そのまま朝倉君に渡す。
もろ間接キスだけど、もういいよね、気にしなくても。
ーーだってスプーンシェアしちゃったんだし。
そこまで考えて、一人でまた赤面してしまっていた。
…スプーンシェアとか、無意識のうちに出ちゃうの、なんとかしたいなあ…
…
…でも、たのしい。
何がたのしいとかは分からないけど、雰囲気がなんとなくたのしい。
最低限の会話だったり、袖を引っ張るだけで私の言うこと理解してくれるのが、なんだか嬉しくなる。
やっぱり、この気持ちって…
やっぱり…やっぱ…
そこまで考えて、視界がぼんやりとしてくる。
…まただ
楽しくて、テンション上がっちゃうと、また意識が朦朧としてきて…
あのお食事会の時とまったく一緒…もう…迷惑はかけられないのに…
しかも自分からおまつり、さそったのに…
ーーーーー
「佐倉さん大丈夫!?」
「だいじょうぶ、だから…ちょっと、ひとよい、しちゃっただけ」
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