7:警備隊に混じる不審な町娘



 ユカを連れ帰った翌日。

 辺境警備隊は、城壁と櫓に詰めて警戒を続けている。

 表向きは火球への警戒も含んでいるが、火球によって逃げ出した魔物がウドガに現れる可能性がある。

 もしも魔物溜まりが街の近くに生じて、あの巨大豚が現れたら大変なことになる。


「それでなー、すげーんだぜ! 隊長が腰の大剣を抜き払って、残像が見えたと思ったら、豚の頭がすこーんって飛んだんだ!」

「マジ斬ったのか斬ってないのかわかんねぇうちに終わってたっす!」

「ふっ、またつまらぬものを斬ってしまった…」

「あんな豚ごとき、白炎の奥義を見せるまでもない…」


 …………大変なことになる、よね?

 俺の武勇談で盛り上がってる場合じゃないよね? そもそも何一つ事実ではないし俺の物真似まったく似てないし、スケもガラも全員気絶してたくせにふざけるなと叫びたくなるのを必死でおさえる。

 うむ。

 彼らはきっと、大森林での出来事を隠蔽するために各自動いているに違いない。頼むからそうであってくれ。


「いえーい、君たち元気かーい!」

「いえーい!」

「おい、なぜ不審者がここにいる」


 訓練場に顔を出すと、いてはいけない奴が寝転んで野次っていた。


「おー、やっと来たかアーサー。一日一回はそのしかめっ面を拝まないと朝になった気がしないね」

「昨日の朝は見知らぬ他人だったし、今も他人だ」

「つれないことを言わないで、アーサー! 帝国の英雄、最強の男、人呼んで白炎、そしてボクの身元引受人ではないかっ!」

「最後の一つは並べるなよ」


 出遭ってまだ一日経ってないというのに、流れる水のように会話が弾む。いや、弾んではいないと思う。

 相変わらず胸元は控えめで口は悪いが絶世の美貌のユカは、男ばかりの警備隊に妙な緊張感を与えている。


「隊長にもようやく遅い春がやって来たと思うと、一同驚愕、涙が止まりません」

「どうやらお前はいつもの倍はしごかれたいらしい」


 いったい何のつもりでユカが見物しているのか分からず、居心地の悪さを感じつつも、腑抜けの隊員を厳しく指導してやった。


 アラコ大森林に面したウドガには、辺境警備隊とは別に魔物狩りたちも多数おり、個々の能力だけでいえば帝都より質は高い。

 魔物が強いだけではなく、魔物狩りの連中には柄の悪い者が多く、常に街の警備をしなければならないのも、警備隊の実力が高まる理由になっている。


「よし、三人でスケを無力化しろ。はじめ!」

「へっへー、副長、覚悟!」

「おめぇなんぞに捕まるかっての」


 魔物狩りと警備隊の一番の違いは、殺しが目的か否かにある。

 魔物はどうしようもなく敵であり、殺す以外の選択肢はない。対して警備隊は犯罪者も扱う。

 ウドガの侯爵は、犯罪者を問答無用で殺害することはない。なので無力化して侯爵が抱える治安部隊に引き渡すことになる。


「棒で抑え込め! 怯むな!」

「くっ、この…」

「よっしゃーっ! 副長、討ち取ったり!」

「いや、討ち取るなよ」


 無力化の訓練では、捕縛側は腰の小剣と鉄の棒だけで、大剣は使わない。剣を持たないことに、隊員からは当初は不満の声もあった。

 そこで俺が隊員に教えているのが、魔力操作による武器との一体化だ。

 魔力を体内に循環させて身体強化を図る。それ自体も、帝国軍ですらほとんどできていないのだが、警備隊の連中には時間をかけて訓練させた。

 そして、手にした武器にもそのまま魔力を流して、再び自分の中へ循環させる。それは武器自体の強化にもつながるが、武器を自分の腕の一部として振るうことが可能になる。

 大剣でそれをやるのは非常に難しい。ただでさえ、街中で大きな剣を振るうのは困難だから、小剣や鉄の棒を「攻撃を受けても痛くない腕」として扱うよう教えている。


「悪党側も棒使う訓練にしましょう、隊長」

「いずれはやるが、まずは基礎からだ。次はスケが捕縛側にまわれ。悪党はガラで」

「お、俺っすか!? 副長に捕縛されるなんて冗談じゃねーっす!」

「よしお前ら、死ななきゃどうとでもなる。ガラバカをただのバカにしてしまえ!」


 最近は侯爵側の治安部隊にも講師として招かれて、身体強化の魔法を指導した。魔物狩りの組織からも教えを求められ、何度か合同訓練もしている。

 身体強化の魔法は秘匿されたものではない。犯罪者が身体強化を使いこなしてくる可能性もあるからな……………。


「ん? アーサーは私に惚れた?」

「言ってろ」


 思わず視線が向いた。他意はない。

 今のところ、ユカは犯罪者ではなかったようだ。それどころか、巨大豚の襲撃から救ってくれた恩人だ。

 うむ、余計なことは考えるな。


「町娘とやらが、こんなものを見てもつまらないだろう」

「街ぶらしてはいけないキリッて、昨日誰かさんに言われたんですけどー」

「物真似の才能はなかったようだ」

「もにょまねのさいのーぅわなかったよーだぁうっ」

「恥ずかしくないか」

「ちょっと」


 警備隊と一緒にいれば、自主的軟禁状態だ。そう言われれば仕方ない。何度も言うが、現時点では恩人なのだし、こちらにも負い目がある。

 もっとも――――。


「ユカ。一つ聞きたい」

「アーサーの頼みとあっては仕方ない。答えたいものなら答えよう」

「そうか」


 仮にユカが他国のスパイだったなら、ここで見学させてはいけなかった。

 それなのに隠さずすべて見せた俺は、打算的だったと思う。


「君ならどうしたい。身体強化の魔法には詳しいだろう?」

「へぇ、軟禁中の不審者にそれを聞くんだ」

「軟禁に意味がないと分かっているからな」


 立ってる者は親でも使え。

 どこにも属していない危険人物なら、先に接触した俺たちが取り込んでもかまわないはずだ。


 ユカは答えなかったが、意地悪そうな笑顔を見せた。

 とりあえず、どこかに場所を変えて…と考えはじめたその時、櫓に詰めていた隊員が駆け込んでくる。


「たた隊長!! 大変です!!! 魔物が門に迫ってます!!!」

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