第9話 しあわせ

2


 古積が笑っている。


 平和が泣いている。


 平和の下肢から、赤いものが垂れている。


 明星が怒鳴っている。


 平和が笑い出す。


 明星の体が、宙に浮いて叩きつけられる。


 「っ」


 勢いよく起き上がれば、辺りは真っ暗だった。


 汗だくで気持ち悪い。Tシャツの襟で顔を拭くが、体中、髪の毛すら汗でベトベトだった。


 「和くん?」


 隣で愛充を抱いている華が声を掛けてくる。愛充はスヤスヤと夢の中だ。多分、華が寝かしつけてくれたのだろう。


 「大丈夫?」


 「……昔の夢見ただけだから」


 「そっか」


 華は愛充を優しくベビーベッドに乗せると、俺の背中を撫でた。


 「平和に会ってきたらさ、色々考えちまって」


 「うん」


 「何でこんなことになったんだろうって。何で、俺、兄ちゃんなのに、何もできなかったんだろうって」


 「うん」


 情けないことに、涙が溢れる。そういえば、弟は泣き虫だった。喧嘩をすれば威張り散らすが目には涙を溜めていた。いつもは澄ました顔をしていた分、泣いているのがおかしくてたまらなかったのを覚えている。


 「平和が傷つくことに安心してた。俺より滑稽な奴がいると思ったら嬉しかった」


 「仕方ないわ。和くんも、辛かったんだもの」


 「俺は、俺も、アイツを傷付けた……一番しちゃいけないことをした……許されるわけがない」


 「貴方だって傷付いていたのよ」


 「でも、俺は許されようとしてる……アイツにも、社会にも」


 「いいのよ、人はやり直せるの。貴方も、平和くんも」


 俺が泣けば、華は優しく抱き締めてくれる。俺は、彼女に会ってからそれが自分の求めていたものなのだと知った。


 俺の声で愛充が泣く。俺がオドオドすると、華は笑って「大丈夫。今日は私に任せて」と笑った。


 俺は、こんなにも当たり前に満たされている。

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