第3話 委員長の絶対権限と、隠しきれない愛情スパチャ
「いい? 竜牙くん。今日から『健康管理フェーズ2』の実行よ」
放課後。理科準備室で、凜は実験台に広げた『クロさんの生活習慣改善プログラム(Ver.1.01)』と書かれた緻密な書類を指さし、真剣な顔で僕に告げた。彼女の頬は、普段の委員長としての緊張感から解放され、ほんのりと赤みを帯びている。
「フェーズ2?」
「ええ。あなたの『クロ』としての活動時間帯を分析した結果、日中の『光合成の時間』が決定的に不足していることが判明したわ」
凜は、黒縁メガネを外した僕の素顔をじっと見つめ、人差し指でメガネのブリッジ部分をつん、と可愛らしく触れた。
「だから、今日のホームルーム後の『光合成タイム』は、私が強制的に確保する。いいわね?」
「光合成タイムって、要は昼寝ですよね? でも、どうやって、僕だけ……」
僕が疑問を口にすると、凜はフフンと小さく微笑んだ。その、普段滅多に見せない自信満々な笑顔は、推し活に燃えるユキの顔だ。
「委員長の権限は、伊達じゃないわ」
翌日の昼休み。
全校生徒が昼食を食べ終わり、教室が最も賑わう時間帯だ。
と、突然、凜が「コンコン」と教壇を軽く叩いた。その音だけで、騒がしかった教室が一瞬で静まり返った。
「皆。昼休み中の教室の利用について、委員長として連絡があるわ」
凜は、背筋をピンと伸ばし、冷徹な委員長の仮面を被った。その視線は、教室の隅々まで行き届いている。
「クラスの一部生徒について、午後の授業への集中力不足が深刻な問題となっています。特に、特定の生徒は、夜間の自主学習(配信活動を指している)により、日中のパフォーマンスが低下している」
クラスメイトたちはざわめき、誰のことだと顔を見合わせる。凜は誰も見ようとしないが、その視線は僕の席を射抜いていた。
「よって、本日より、黒羽竜牙くんについては、昼休みの最後の15分間を『脳の休息、及び光合成タイム』とします。この間、他の生徒は静粛にし、黒羽くんは強制的に目を閉じることを義務付けます。破った場合は、特別指導よ」
周囲からは「ええーっ!?黒羽だけ!?」と驚きと戸惑いの声が上がった。そんな中、凜は一切揺るがずに僕の席に歩み寄った。
「竜牙くん。委員長命令です。午後の授業の集中力確保のため、静謐タイム中は目を閉じなさい」
凛は僕の目の前に立つと、「仕方がないわね」と言いたげな、委員長らしい表情を崩さぬまま、僕の机の上にあった小さなポーチをそっと手に取った。中から取り出したのは、僕が配信中に使用しているものと同じメーカーの、ネックピローだ。
「……光合成、ですよね」
僕が小さく呟くと、彼女は周囲には聞こえない、わずかな息だけの声で耳元に囁いた。
「ええ。あなたが安心して休めるよう、この凜が『守護結界』を張っているから。さあ、遠慮なく休みなさい、クロさん」
そして、周囲の目がある中凜は委員長らしい完璧な所作で、僕の首にネックピローを装着してくれた。その指先が、一瞬だけ僕の首筋に触れる。ひんやりとした指先に、僕の心臓が不規則なリズムを刻んだ。
僕が目を閉じると、委員長は静かに自分の席に戻り、完璧な姿勢で自習を始めた。しかし、僕の意識が朦朧とする中、微かに聞こえてくるのは、彼女がペンを走らせる音と、僕を見つめる熱い視線だけだった。
(まさか、昼休みの静謐化を、僕の昼寝のためだけに発動したのか……しかも、僕にだけ義務付けるとは……)
僕の心臓は、静謐タイムとは裏腹に、うるさく高鳴っていた。この、誰にも気づかれない、委員長の絶対的な愛情サポートは、僕の地味な日常を確実に侵食し始めていた。
その日の放課後、理科準備室。
配信準備をしていると、凜は僕の隣でタブレットを開き、今日の午後の授業の『居眠り防止チェックシート』を熱心に作成していた。委員長としてではなく、完全にチーフマネージャーの顔だ。
「ねえ、竜牙くん」
凜はタブレットから顔を上げ、まるで子猫がおねだりをするような、上目遣いの仕草で僕を見た。彼女の整った顔立ちが、無邪気な表情で歪む。
「今日の配信、あの新作ゲームの最終ボスよね? すごく難しいって噂よ」
「そうだね。かなり時間をかけることになるかも」
「大丈夫よ!」
凜は、椅子から立ち上がると、一瞬の躊躇いもなく、配信機材のセッティングをしている僕の手元に、自分の手を重ねてきた。そして、彼女はそっと、僕の手を掴んだ。僕の手の甲に触れた彼女の手は、驚くほどひんやりとしていて、しかし確かな体温を感じさせた。
凜は、僕の手を握ったまま、二人の指を絡ませるようにして、さらに強く握り直した。
「学校では、あなたの地味な黒羽 竜牙は、誰とも関係のない孤独な生徒でいなさい。私でさえ、委員長としてしか接しない」
「でも、ここでは違うわ」
凜は、僕の手を握りしめたまま、勝利の誓いを立てる騎士のように、僕の手を掲げた。
「この理科準備室では、あなたは『私の推し』。誰にも触れさせないし、誰にも譲らない。この手は、私だけのものよ」
その声には、深い満足と、僕への強烈な独占欲が滲み出ていた。
「……わかりました、ユキさん。僕の全ては、あなたの思うがままです」
僕がそう答えると、凜は満足そうに微笑み、僕の繋いだ手に、静かに唇を落とした。それは、誰にも見られてはいけない、秘密の愛の証だった。
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