悪役貴族の再構築録 ──中世王国を前世スキルで立て直す──
@nettirwia
プロローグ
プロローグ 「悪役」と呼ばれた日
「ヴァルナーだ。あの塩を切った貴族だ!」
石畳の広場に、最初の罵声が響いた。
それに続くように、いくつも恨みが飛ぶ。
「俺たちの村を後回しにした!」
「神官を畑に出させたって本当かよ!」
「神さまを抜きにして数で決めたんだろ、あいつ!」
壇の上で膝をついているのは、アーヴィン・ヴァルナー。二十七歳。
左の頬からこめかみにかけて火傷の跡がある。
若いころからそれだけで距離を置かれ、冷たい人間だと決めつけられてきた。
今はそれが、群衆の怒りを集める“わかりやすい顔”になっている。
(……そこまで恨まれてたか)
胸の奥が、ほんの少しだけ重くなる。
あの冬に決裁した紙の一枚一枚が、全部ここで石になって飛んできてるみたいだ。
あのときアーヴィンがやったのは「届く村から先に助ける」「働ける神官は一度畑に戻す」の二つだけだ。
どちらも、計算としては正しかった。
届かないところから配っても誰も助からない。
祈りだけで一日が終わるなら、今年だけ手を動かしてもらったほうがいい。
……でも、そう見えなかった。
白い衣をまとった高司祭が現れ、巻物を開く。
「アーヴィン・ヴァルナー。汝は神の場を軽んじ、救済の順を独断で改め、民に不安を与えた。よって、ここに断罪をもって償わせる」
「そうだ!」という声が上がる。
アーヴィンは顔を上げた。
火傷で歪んだ左側と、灰色の右目。怯えたくはない。けど、喉のあたりに熱いものが引っかかる。
(違う。いや、違わない。……くそ)
もっと手前で、言えばよかった。
どこまでが神への敬意で、どこからが実務なのか。
「今回はこの村からです」「次はこれです」って順番を出せばよかった。
兵が剣を抜く。鉄の光が目に刺さる。
(同じ状況がもう一回あるなら――今度は、飲める形でやる)
振り下ろされる刃を見た瞬間、世界がぐらりと揺れた。
◇
……冷たい。
いきなり足先から冷えて、アーヴィンは息を飲んだ。
さっきまで夏の陽に焼かれていたはずなのに、今は湿った木と藁布団の匂いがする。
「は……?」
思わず声が出た。
喉から漏れた自分の声が、さっきより若い。
薄暗い天井。ひびの入った白い壁。
部屋は狭く、窓は小さい。王都の牢ではない。もっと田舎の、安普請の部屋。
アーヴィンは反射的に左頬をなぞる。火傷はある。
でも、指が細い。骨も軽い。腕も短い。
「嘘だろ……若い……?」
十六か、十七。
処刑台にいた二十七じゃない。
手が震えた。落ち着け、と心の中で何度か言い聞かせる。
窓の外を見ると、小さな村があった。
石を積んだ家がいくつか。真ん中に小さな教会。
けれど、鐘楼は上が折れていて、鐘がない。
(……戻った。しかも、あの村だ)
あの冬、最後まで手が届かなかった場所。
「お前のせいで親が死んだ」と昼に叫んでいた連中の村だ。
偶然にしては出来すぎている。
誰かの意図かもしれない。
でもこの場で「なぜだ?」と叫び回っても答えは出ない。
アーヴィンは一度だけ、深く息を吐いた。
さっきまで処刑されていたのに冷静になれるほど図太くはない。
ただ、やることの順番はわかる。
(理由は後だ。今度は最初に言う。誰を助けるか、なぜそうするか。
神を敵に回さずに、人が動けるようにする)
外で箒を掃く音がした。
灰色の外套を着た少女が、鐘のない教会の前を一人で掃いている。
アーヴィン・ヴァルナーは、まだ少し速い鼓動をなだめながら立ち上がった。
「……やり直す。今度はちゃんとだ」
そして壊れた鐘楼のある村へ歩き出した。
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