オタクに優しいギャルの正体がギャルを装ったオタクであると俺だけが知っている。
真黒三太
綾瀬彩花というギャル
例えば、新しいスニーカー。
例えば、新しいシャツ。
例えば、新しいペン。
何にせよ、新しいものというのは気分をアゲてくれるもので、それは何も、物質的なものだけに留まらず、環境においても同じことである。
この日、俺たち開洋高等学校の新入生たちは、まさに新しい環境というものを堪能していた。
高校生活という有限でありながら無限の可能性を感じる時間の第一ページが、桜の花びらと在校生たちの祝福で彩られる喜び……!
入学式を終えたならば、早速、それぞれのクラスで自己紹介タイムの始まりだ。
「やっほ〜! 赤坂莉奈です!
莉奈って呼び捨てでいいよ!
えーと、メイクとカフェ巡りがだいすきで〜、チックトックもめっちゃ見てる!
これからみんなと仲良くしたいんで、よろしくね〜!」
我らが一年一組は総勢20人。
あいうえお順で割り振られた席順に従い、赤坂なる女子が一番手の重圧にめげることなく、快活な自己紹介を終えた。
いや、彼女のことを単に女子と呼んで終わるのは、いささか説明不足に過ぎるだろう。
端的に言ってしまえば――ギャル。
肩まで伸ばした髪は金色に染め上げられており、メイクもけばけばしくならない範囲でバッチリキメてあるのが、化粧の知識を持たない俺でも分かる。
突き出した両手はひっくり返したピース……いわゆるギャルピとなっており、爪はカラフルな輝きを宿していた。
うーん、なんとも典型的というか、類型的なギャルっぷり。
この高校が緩い校風であることは事前調査で知っていたが、それでも、入学初日からここまで盛り込んでくるというのは、根性の入り方が違う。
あるいは、自分のスタイルにとことんこだわりたいタイプなのか。
もしそうなら、好感が持てるタイプだ。
――どんなことでも、自分の好きを貫くっていうのは大変だからね。
ふと、中学時代に聞いたそんな言葉を思い出した。
その言葉をくれた相手は、同じ美術部に所属していた友人。
もちろん、中学の部活として描いているわけだから、部活内で仕上げている作品はいかにもな風景画や静物画であるわけだが、俺たちが真実好んでいたのは、ジャパニーズコミックスタイル。
だから、自由題材で絵を描いていい時は、二人でいかにも漫画チックな絵を描きながら、オタクトークに花を咲かせたものである。
それも、当然ながら受験勉強が本格化するまでの話で、クラスが違ったこともあり、その後はすっかり疎遠になってしまったけど。
懐かしいな。今頃は、同じように進学先の高校で自己紹介をやっているのだろうか。
そんなことを思い出していたからだろうか。
「次、綾瀬彩花さん」
先生が読み上げた名前を、聞き間違えてしまった。
綾瀬彩花。
紛れもなく、たった今思い出していた中学美術部の友人である。
おいおいおいおいおい、佐藤悠斗君よお。
いくらなんでも、脳味噌の造りが単純すぎじゃありませんかあ?
「はい」
人間の脳というのは、見たいものを見て聞きたいものを聞くもの。
そんな人体の神秘を痛感していると、先生に名前を呼ばれた生徒がガタリと立ち上がった。
そして、振り返った彼女は、恐ろしいほどのハイテンションさで名乗ったのだ。
「ハーーイッ!! えっと! あたし、綾瀬彩花っていいまーす!!」
ふむ……聞き間違いじゃなかったらしい。
それにしても、偶然ってあるもんだな。
まさか、ちょうど思い浮かべている相手と同姓同名の人間が、同じ教室内にいるだなんて。
それも、綾瀬彩花なんていう珍しい……とまではいかないものの、そうそう被りはしないだろう名前で。
だが、さすがに一致しているのは名前と年齢のみ。
見た目の方は、俺が知っている方の綾瀬彩花とは似ても似つかない少女であった。
「いやもうマジで〜、朝からテンションぶちアゲなんでヨロですっ☆」
こう、語尾に☆マークが付きそうなほどキャルッとした動作でピースサインをしてみせると、その動作に合わせて長く伸ばした髪が揺れ動くわけだが……。
そのヘアカラー、尋常ではない。
先に自己紹介を終えた赤坂と同様に染め上げているわけだが、カラーセレクションは驚きのピンクなのである。
もう一度言おう。ピンクである。
漫画やラノベ……あるいは、ゲームのキャラクターならばあり得る髪色ではあったが、この三次元世界において、コスプレしているわけでもない生の人間がこんな髪の色しているところを見るのは、初めてであった。
そして、このピンクに染め上げた長い髪は、色だけでもかなりパンチがきいているというのに、髪型も恐ろしく奇抜なものなのだ。
ずばり……ツイン縦ロール。
ただ、ツインテールなわけではない。
ただ、縦ロールなだけではない。
側頭部でツインテールにした上で、なおかつ、縦ロールにしているのである。
なんという情報量の多さか。
要素を盛り込み過ぎてやかましいとも言う。
「えっと〜趣味はカフェ巡りとぉ〜……推しの、あっ、え、いや違っ……音楽っ! 音楽っス!!」
ひょっとしたら、男性アイドルとかが好きで、それを漏らしそうになったのだろうか?
慌てて言葉を変える彼女の瞳は、青色にきらめいている。
当然、本来の色ではあるまい。
カラコンを入れているのだろう。
本当に要素多いな。
「あ、アニメとか……じゃなくて〜! なんかその〜、カワイイもの? はじっこぐらしとか? すきでぇ〜!!
あっでも別に詳しいとかじゃないんでっ! いやホントに!
えっとえっと、とにかく仲良くしてくれたら超うれしいでぇーす!! イェイッ!!」
イェイッと突き出されたピース。これは、赤坂がダブルで行っていたそれとは違い、通常の形だ。
ただ、爪の方は当然の権利とばかりに青いネイルで飾り立てている。
なんというか、こう……すっごい派手な女の子であった。
ばかりか、ともすれば痛々しいと感じられる要素の鬼盛り状態である。
にも関わらず、それをスッと受け入れられてしまうのは、なんといっても顔が良すぎるから。
そう、この綾瀬彩花という少女は、輝かんばかりの美少女なのだ。
同姓同名の友人は、牛乳瓶の底みたいに分厚いレンズのメガネをかけた地味めの女子だったので、名前こそ同じだが対極に位置する存在であると言っていいだろう。
あ、でも、やたら胸が大きいのは共通しているな。
綾瀬という名字と彩花という名前には、胸を豊かにする因子が存在するのかもしれない。
とにかく、自分自身を好きな要素で派手に飾り立てる女の子をギャルとして定義するならば、この綾瀬という女子は間違いなくギャル。
ギャルをやっているというより、ギャルを装備しているとか、ギャルで固めているという印象を受けるタイプだ。
そんなインパクト抜群の少女に、社交辞令と好奇心をブレンドさせた拍手が与えられる。
俺は、この春から都内へ引っ越す家庭事情に合わせてこの高校を選んだため、クラスメイトに知り合いはいない。
ただ、彼女に対する印象は、おおよそ好意的なものなんじゃないかと思う。
そんな友愛の拍手を浴びた綾瀬は、しばらくイェイイェイとピースを連打していたが……。
「イェ――イ」
俺の方を見た瞬間、その顔が固まった。
いや、そればかりではない。
両目がくわと見開かれ、口はあんぐりと開かれたのである。
まるで、一瞬心臓が止まったかのような反応。
一種のショック状態にも見えた。
「綾瀬さーん、そろそろ座ってください」
「――ひゃ、ひゃい!」
若き女性教師に言われた綾瀬が、慌てて着席する。
そんな彼女の姿に、クラス中から小さな笑い声が漏れ……。
一人一人の自己紹介という、一種の儀式めいた時間が再開したのであった。
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