第8話 炎魔法が使えても

 盗んできてしまった稲荷いなりを見つめ、罪悪が大きくなる。


「返さなかったこと、後悔してる?」


「ごめんなさい」


「いいんだよ。散々傷つけた罰だと思えばさ」


 罰を与えたいとは言え、盗むのは違う気が……。


「今頃反省してりゃいいのにな。無理か。ごめんね、共犯にしちゃって。でも、嬉しかった。俺の味方をしてくれたから。さぁさぁ、食べようぜ。あいつは嫌なやつだけど、稲荷いなりは最高なんだ」


 霜月しもつきくんは稲荷を私に1つ手渡して、右手で頬張る。まるでハムスターみたいに、頬を膨らませて、幸せそうに食べるその姿を見ていたら、罪悪が少しだけ薄れていく気がした。


「あ、そうだった、背中向けるから、気にせず食べて」


「ありがとう。いただきます」


 ひとくちぱくっと食べると、あまりの美味しさに涙がぽろぽろこぼれ落ちる。


 私は、今、こんなにも美味しいものを食べて、綺麗な銀杏いちょう並木なみきが瞳に映り、優しくて温かい人が隣に居て、生きてるを実感している。


 けれども、両親や村の人たちは、私の隣で笑ってくれることも、一緒に同じ景色を見て、思いを共有して、美味しいものを食べることもないのだと思ったら、私は独りだと思い知らされた。


 独りではない。隣に彼が居る。分かってはいても、独りだ。そう、独り。鬼という秘密を隠し通さなければ、きっと優しい彼でも手のひらを返すだろう。


 もしも鬼族がこの町を襲ったら? 私はまた立ちくすだけ?


 私の魔法は戦闘に不向きだ。くれない花毬はなまりは、防御壁みたいなものとはいえ私の魔力では簡単に破られてしまう。


 それだけではなく、くれないともしびは、手のひらから炎の花を作り出すことで、明かりが必要な場所や、火が必要な、たとえば料理とかには向いている。


 寒い時は花毬はなまりで暖かな空間を作り出すことができるし、移動もできるから役には立つと思う。けれども、私の魔法では、誰も何も守れない。


「泣かないで。俺が守るよ」


 ふわっと、優しく抱き締められて、その優しいぬくもりに涙が止まらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る