引き籠り皇子の華麗なる社交 〜悪役皇族の俺、脳内を蝕む『邪念』と戦い続ける事、早十五年。社交界復帰してみたら、どうにも知らないやつが多すぎる〜
雪見サルサ(旧PN:サルサの腰)
第一章 社交デビュー編
第1話 悪役皇族の目覚め
人はなぜ「悪」に染まってしまうのか。
『性善説』に立ち返れば、人間の本質は善であるとされている。
だから人が悪に染まるとすればそれは、環境に左右された結果なのだと。
これを聞くと極端な人は、「それなら赤ん坊を
そうしたら俺は、「それは違う」と言う。
だってそんな思考実験には何の意味もないからね。
そもそも『性善説』自体読み解いていけば、「環境に左右されず、善性でいましょうね」っていう道徳めいた教訓なんだ。
他人に迷惑をかけたりしたら、良心の
だから悪に傾くためには、それなりのコストがかかるんだ。普通はね。
ただ、俺はこの『性善説』ってやつがあまり好きではない。善性でいることが、幸せに直結するとは限らないからだ。
でも論理的には、正しいと思っている。
なんでかって……?
本質が「悪人」なんて存在、――証明しようがないのだから。
◇◇◇◇
――心電図の音が、虚しく響き渡る。
「■■! 意識をしっかり持つんだ! お前はまだまだ生きられる! 父さんが付いてるぞ」
初老に差し掛かった男が、何やら必死の形相で叫んでいる……ように見えるが、その口元が歪んでいた。
医者や看護師の手前、体面を取り繕う必要があるのは分かるが、演技は甘いし、お前がどんな人間かなんてもう皆知っているよ。これまで一度だって見舞いになんて来なかったくせに、「死に目に化けて出てやる」っていう、俺が冗談めかして送ったメールが効いてるんだろ?
罰が当たるのを気にして、こうやって俺の死に目にノコノコやってきているようじゃ、お前は悪にはなりきれていないよ、親父。
「気をしっかり持って! ほら病気を直して、大好きなゲームをするんでしょ! お母さんは、■■がゲームの配信、頑張っていたの知ってるからね!」
母さん、あんたは役者だね。さすが女性は涙の使い方が上手いし、同情の買い方をよく分かっている。よくそれほどに感情に訴えかける言葉を吐けるもんだ。
あんたはなかなかの悪党だよ母さん、俺がもう死ぬかもって時になって、足繁く俺の世話をしにやってきたよな。俺が食べれもしないのに、りんごの皮を剝いて置いていったり、動けない俺にゲームの動画を見せようとしてきたり、本当に鬱陶しかったよ。で、こちらが邪険にすれば、「ごめんね、お節介だったね」って被害者面したりな。
危うく騙されるところだったよ。あんたは、俺が配信でちょっとした資産を築いてたことを知っていたんだ。それで俺から金を掠め取る機会を伺っていた。あんたが「実は、■■の治療費で借金が……」なんて言い出すまでは、気づかなかったけどね。でもおかげでその日は、腹抱えて笑ったよ。なぜって、俺の治験のおかげで、母さんの手元には、逆に金が入っていたはずなんだからさ。
だから俺は、「死んだら、そっちに金が行くようにする」って言ってやったよ。すると母さんは渋い顔をして「相続税が……」なんて言い始めたから、適当に言って追い返した。
もちろん俺の金は、医療団体に全額寄付してやったけどな。 ザマァみろである。
「……」
最後に、兄が危篤だと言うのに、スマホを見ている妹よ。お前には普通に謝っておこうと思う。俺が五歳の時に、国指定の難病にかかったせいで、病気の兄の妹って言っていじめられたんだよな。あの日、「早く死んでくれ」となんて言われたけど、本当にゴメンな、そっから二十年も生きちまって。五年生存率三パーセントとか言われてたけど、あれ何だったんだろうな。普通に生き地獄だったわ。
そういや大学を卒業したんだってな。彼氏とは順調か? お前の親は借金作ってるから、早めに逃げ出せよ。そんなことを伝えたかったんだけど……。
――もう無理だ。
心電図の音が、間延びするように遠く聞こえた。
0 ――――――――――――――――
意識が遠のいていく。
本当に救いようのない家族だったと思う。
でもどこか憎めないのは、やはり家族だからだろうか。
結局皆、悪にはなりきれなかった。父も母も妹も、そして俺も。
人が悪に傾くのは――試練の時だ。
本当に足が回らなくなって、そうでもしないと生きられないって時だって。
でも今は、それすらも正しかったかわからない。
なぜなら俺の目の前には、 ”深い闇”が広がっていたから。
地獄にでも行くのか、俺は。
そんなに悪いことしたっけ……?
俺は、慌てて東西南北全方位の神々に懺悔した。
浅はかだったと思う。
そんな努力も虚しく、俺はその深い闇の中に吸い込まれていった。
◇◇◇◇
「おめでとうございます、クレセラ様。元気な男の子ですよ」
「まあ……。なんて可愛らしいのでしょう。私の天使」
――あれ、ここは一体。
気がつくと俺は、ふわふわと妙な浮遊感の中にいた。
どうやら体を持ち上げられているらしい。
視点はメイド服を着た赤髪の女性から、金髪の美しい女性に移り変わる。
<ヨアンなら、ここでビンタします>
突然、頭の中に流れ込んでくる思念。
これは一体何だろう。
そう考える間もなく、その抗いがたい欲求に体が勝手に動いてしまう。
「あう」
目の前の美しい女性の頬をペシと叩いた。
あわや婦女暴行かと焦ったが、飛び出したその手はまるで紅葉のような小さな手だった。
……なにこれ。
「あらあら、ヨアン。母がわかるのですね?」
そう言って金髪美女は微笑んだ。
違う、そういうわけじゃない。
体が勝手に動いたんだ。
というか、いつから俺の名前は”ヨアン”になったんだ。
「あーぅ」
それにこの体の鈍重な感じ。
声帯が妙に高いし、喋ることも立つこともままならない。
(まさか、俺、赤ん坊の体になってる?)
この頬のぷにぷに具合、しっとりとした肌の質感。
いつものヒゲのジョリジョリ感も、乾燥したカサカサ感もない。
間違いない、これは……!
「いやぁおういぇいあ(異世界転生ってやつだ!)」
舌がうまく回らない。
「ふふ、どうしたのでしょうね。こんなにびっくりした顔をして」
聖母のような慈愛と、女神のような神聖さ。
なんとも犯しがたい空気に包まれた凛としたこの女性が、まさか俺の母親なのだろうか。
線は細く、少し力を込めれば百合のように手折れてしまいそうな儚さも感じる。
そうだとするならば、俺もまた美形なのかもしれない。
周囲を見渡せば、メイド服を身にまとったきれいな女性がずらりと並んでいる。
これほどの人が、俺の誕生を祝福してくれているということは、おそらく俺は高貴な家の生まれなのだろう。
(つまりは、貴族か)
ヨアンという名前だけが少し気がかりだが、まぁ高貴な生まれの時点で勝ち組ルート。
この母親からして、親ガチャは成功中の成功だろう。
そんなホクホクとした思いを抱いていると。
(ん?)
金髪美女はツーっと静かに涙を流し始めた。
「クレセラ様……?」
「ごめんなさい、分かっているのです。私は所詮、この子を産むための道具にすぎません。ヨアンもこの家に生まれた以上、きっと平穏には生きられないでしょう。こんなに愛おしい子がどうして…………」
とても不穏当な言葉が聞こえた気がした。
一体どんな運命が待ち構えているんだ、俺は。
「……ヨアン坊っちゃまのことは、このアンジェにお任せください。必ずや立派な皇帝に育ててみせます」
赤髪のメイドは、そんな金髪美女を落ち着かせようと背中をさすった。
というか今、皇帝って言わなかったか?
流石に冗談だよな、と思っていると。
再び、あの”邪念”が頭に流れ込んでくる。
<ヨアンなら、ここで鼻の穴に指をツッコミます>
……良くない、良くないぞこれは。
広いお庭でゆったりとティータイムを楽しんでいそうな、年若い御婦人だぞ。
しかもこんなシリアスな空気の中、この美しい女性の鼻の穴に指をツッコむなんてできるはずがない。
空気を読めないにも程がある。
しかし、その欲求には抗えない。
「あーぅ? うー!」
俺は、その金髪美女の鼻の穴に指を突っ込んだ。
————
二作目、始めました。対戦よろしくお願いします。
↓こっちは一作目、超面白いので読んでください。
厳冬期の葬儀屋
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