第5話

 もはやお馴染みとなった大樹の洞で目を覚ますと、すぐに外へ行き、昨晩掘った穴の底を見下ろした。朝日が眩しく目を完全には開けられなかったが、薄目で見たそこにはスライムが三匹いた。


「よかった。まだいたか」


 昨晩拠点に戻りスライムのついた棒を地面に置いたところ、こちらを捕食しようという素振りを一切見せずに住処へ戻ろうとするので、深めの穴を掘りそこに入れたのだ。拠点に戻った時点でほぼ日が暮れていて、穴を掘り始めたときにはすでに真っ暗だったが、せっかくここまで連れてきた非常食を失うわけにいかないのでこちらも必死だった。飲み物でもあり、食べ物でもあり、そして、掃除道具にもなる一石三鳥のペットを易々逃せるはずもない。


 朝だしせっかくだから一匹食べとくか……と蛮族も真っ青な思考に頭を支配されかけるが、いやいやこれは非常食であって主食ではないのだとぎりぎりで我に返ることができた。


 おなか空いたなーと底を這っているスライムたちを眺めていると、ふと這った後の地面が青っぽい灰色をしていることに気が付いた。這う前の地面は校庭の土のような黄白色だったので違和感はなかったのだが、今の色は違和感しかない。知っているどの土の色とも違うため気になってしまい、這いつくばって穴の底からすくい取った。


 手のひらの上で色々こねてみると、多少は崩れるものの土のようにぼろぼろと簡単に崩れる気配はない。それどころか指で押した通りにその形を柔軟に変えていく、それは図工の授業で何度も触れたあれに似ていた。


「これ粘土か!」


 思わず立ち上がって叫ぶ。


 粘土があればかまどや土器が作れるはずだ。もちろん捏ねて焼いただけではまともな物にはならないだろうが、最低限でいいのだ。焚火よりも効率よく食材を焼けて、一時的にでも水を貯められるようになればそれでいい。それだけでも生存率がぐっと上がるはずだ。


「樽でも作れれば水不足は解消だ」


 右の手のひらを上に向け集中すると、その上に突如水の球が現れ、数秒後ばしゃっと飛び散った。


 そう、なんとスライムに立て続けに襲われていた時に水魔法を手に入れていたのだ。あの時は意識も朦朧としていて、スキルを取ったのかどうかすら記憶していなかったが、無意識にちゃんとスキルを取っていたらしい。


 いくつも増えているのでステータスをちゃんと見ておくのもいいかもしれない。

ステータスと小さくつぶやく。



【名前】ハルト

【種族】ヒューマン

【種族レベル】4

【生命力】41/43

【魔力】31/37

【スキル】奪取、脚力強化Lv.2、悪食Lv.3、毒耐性Lv.2、水魔法Lv.2、熱魔法Lv.3、投擲Lv.1



 レベルが四に上がり、ステータスもかなり上がっている。前回と比べると上がり幅が大きい気がするので、もしかするとスキルには関連ステータスをアップする効果もあるのかもしれない。これが割合アップであればレベルが上がれば上がるほど、スキルの数が増えれば増えるほど猛威を振るうはずだ。


 スキルはと言うと一気に五つも増えていた。悪食と毒耐性を手に入れたのでその辺にある毒きのこを食べたとしてもおそらく死なない体になっているだろう。そして、待望の魔法スキルも手に入れた。水と熱の魔法で攻撃と言うよりは生活を豊かにするための魔法だが、最低限度の人権を守っていくために必須なのでこれはこれでありがたい。レベルが上がればいずれは攻撃手段として使えるようになるだろう。最後は投擲だ。レベルも一で『あ、投げるとき肘がちょっと楽かも……』程度の効果しかないが、ゴブリン百本ノックをやるときは重要なスキルになるだろう。それまでは封印だ。ありがとう、投擲。ありがとう、ゴブリン。きっと忘れない。


 光の粒子となって消えていくステータス板を見つつ、今後すべきことを考える。


 まずは、かまどと食器の作成だ。次に、食材とスライムの餌の確保だろう。なぜかこの樹の周りにはモンスターは寄り付かないみたいだし、食事さえできるようになれば冬までは生き残れるはずだ。それまでにスキル集めをしつつ周辺のモンスター情報と拠点になりそうな場所を調べて、徐々に山を降りていけば街にたどり着ける。と信じて頑張っていくしかない。


 ひとまず自然をなめてかかると死にかけるのはこの数日で骨身に染みてわかったので、スキルが増えたからと言ってむやみな移動はやめるべきだろう。


「じゃあまずは……、粘土の準備をするか」


 無人島で生活する番組が好きで良く見ていたので、かまどの作り方はわかっている。石をかまどの形に積み上げていきながら粘土でそれを覆っていき、乾かしたら完成だ。もちろん耐久性も低いし熱も伝わりづらいだろうが、この山を脱出するまでのつなぎなのだから問題はない。


 穴の底から粘土を掘り出し穴から少し離れた場所に山のように盛っていく。


「ってこねるための容器がないのか」


 そのための容器をつくるか、と考えるも容器をつくるためのかまどがないのだ。じゃあ木の板の上で……なんてそんな都合よく木の板があるわけもない。番組なら都合よく流れ着いていたりするのに……と思いながら周囲を眺めていると胸辺りの高さの大きな岩が目についた。少し高いが上部はそれなりに平らそうだ。


 粘土を岩の上に放り、自分も何とかよじ登る。


 苔や落ち葉があるものの比較的きれいで、それらを手で避けてしまえば十分に使えそうだ。手で払ってから粘土を広げる。


「まずは枝とか根っこを取るんだよな……」


 水魔法で適度に湿らせつつ、粘土ではないものを取り除いていく。これが中々根気のいる作業でやめたくなるが、この工程が皿の品質を上げるんだから頑張ろうと自分に言い聞かせて、それからは無心で手を動かした。


 太陽がちょうど真上に来たあたりで、大体のものは取り除くことができた。首をこきこきと鳴らしながら肩を揉む。ずっと下を見ながら作業をしていたので首回りが痛かった。


 少し暑くなってきたので水魔法で体を濡らす。湿った手で粘土を集め、こねていく。本当はこれを長い時間やって空気を出さなくてはいけないのだが、さすがにこれ以上は集中力が続かないので食材探しという名の休憩に出かけることにした。

 





 ゴブリンを狩りながら歩き続けること二時間。


 道中で奪った『忍び足』というスキルが功を奏したのか、角の生えたウサギのようなモンスターを数匹発見した。こちらの気配に気づく様子もなく川べりでくつろいでいる。小学校低学年の頃にネザーランドドワーフというウサギを飼っていたこともあって罪悪感が湧いてくるが、この世界に来てから初めてのまともな食料だ。逃がすわけにはいかなかった。


 昔飼っていたウサギに頭の中で手を合わせてから、足元の石を何個も拾い上げた。以前、ゴブリンから奪った投擲スキルの発動を念じながら、腕を振りかぶる。思い切り投げた石は端で寝そべっていたウサギの後ろ足に当たり、鈍い音を立てた。その音で他の個体が長い耳を立てながら飛び上がる。


「よし! 他の奴らも!」


 いくつか持っていた石を全て投げつくしたが、結局当たったのは二羽だけで他の個体には逃げられてしまった。脚を負傷し、観念したようにこちらをにらみつけてくる二羽に棒を構えながらゆっくりと近づく。


 ブゥー! という威嚇と共に顔目掛けて飛び掛かってくるウサギを棒で叩き落とし、鈍い感触を感じるまで首に棒を思い切り突き立てた。後ろ足がぴくぴくと痙攣してはいるが、もう立ち上げる気配のないウサギのようなモンスターを見下ろす。額に角が生えていること以外は普通の大きなウサギにしか見えない。その姿が昔飼っていたウサギと重なり、思わず目をぎゅっと瞑った。


「……ごめんな。食わなきゃ死んじゃうからさ」


 しばらく黙祷をしてから、死骸にそっと手を当てる。二羽からは『跳躍』と『角突き』というスキルを得ることができた。こんな時でもスキルを奪い、わずかに喜んでしまっている自分が恐ろしかった。


 近くの木に絡みついていた蔦で二羽を結んでいる間、その生暖かさで何度も吐き気がこみ上げたが奥歯を噛んで何とか堪えた。光のない瞳。筋肉が弛緩しされるがままの肉体。生暖かさ。血のぬめり具合。その全てが命を奪ってしまったことをまざまざと感じさせた。見つけた時は、まともな食料だ……! と喜んでいたが、息絶えたウサギを目の前にしてそう喜ぶ余裕はまるでなかった。


 だが、奪取というスキルを得た以上は、こういうことをしていかなければいけないのだと冷静に受け止めている自分もいた。


 死にたくない。強くなりたい。何者かになりたいと望むのなら、他者からこうして奪うしかない。こうして、こうして死骸を積み上げていくしかないんだ。スライムも、ゴブリンも生きていた。ウサギと何も変わらない。


 死にたくない。強くなりたい。誰かに必要としてもらえるすごい人になりたい。


 だから、きっとこれからも同じことをする。


 自分のために、他者から奪って、奪って、奪って、奪って、奪いつくして強くなるんだ。他の奴らなんて知ったことか。こんなことにいちいち心を揺るがせてちゃいけないんだ。


 そう、心の中で何度も念じた。

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