第七話 コロシアム

ネストに来てから、四年が経った。今の俺は17歳だ。


年齢など、ただの数字だ。だが数字が増えるたびに、何かが確実に失われていく気がした。訓練の成果はあった。自分の魔力を、少しずつ、だが確かに、コントロールできるようになった。体内を巡る、あの得体の知れない流れを、ようやく掴めるようになった。さらに、他人の魔力の流れも感じ取れるようになった。


怒り、恐れ、欲望、嘘。人間の感情は、魔力の波に乗って、俺の皮膚を撫でるように伝わってきた。そして最近になって、アレスは俺に何も言わなくなった。

彼は、黙っていた。いつも、黙っていた。まるで、俺を試しているようだった。


彼は今でも、言葉より沈黙の方が重い。

彼の魔力は、洗練されていた。繊細で、冷酷で、そして、どこか哀しい。

その中には、悪意もあった。だが俺はもう、彼の事を恐怖の対象としては見ていなかった。彼の魔力や沈黙は、言葉よりも多くの事を語っている。

恐怖であり、悪意であり、寂しさであり、そして、愛情のようなものでもあった。

俺は、彼の中に、何を見ているのだろう。



最近になって、俺はある仕事を任されることになった。

ネストで最も人と金、そして欲望という名の悪意が集まる場所、「コロシアム」。

その運営の手伝いだ。手伝い、などと呼ぶには、あまりにも血の匂いが濃かった。

コロシアムはレジラルが主催する娯楽である。人間同士を闘わせ、その勝敗に金を賭ける。勝敗は、どちらかが死ぬまで決まらない。ルールなど、存在しない。

子供と大男が戦うこともある。公平さなど、誰も求めていない。

求めているのは、死だ。死と、歓声と、金だ。


そしてたった今から、そのコロシアムで殺し合いが始まる。

今日戦うのは、元王都の騎士、ベリックという大男。

欲に溺れ、多額の借金を背負い、ここに連れてこられた。

彼の腕は、俺の太ももほどの太さがある。

かつては王都を守っていた男が、今では見世物だ。


そんな彼と戦うのは、小さな少女だった。名前は「エレ」。

彼女は14歳で、身体は、この闘技場にいる誰よりも小さい。

初めてここに来る人間なら誰もが、勝負にならないと思うだろう。

普通なら、勝負にならない。だが、これは普通ではなかった。

彼女はこのコロシアムで「即滅のエレ」と呼ばれていた。

たった一度も傷跡すら残さず、相手を一方的に蹂躙する殺しの天才。

そう呼ばれていた。なぜ、王都級のベリックと戦わせるのか。

それは、彼女がそれに値するからだ。

いやそれどころか、ベリックが、彼女に値するのか、

ここにいるほとんどの者は、それを心配していた。


そしてついに、試合が始まった。

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