第三話 忘れ物増加事件

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 今日のお昼ご飯は文芸部の部室で食べることにした。読みかけの本の続きが気になっていたからだ。今読んでいるのはカフカの流刑地にて、だ。変身に続いて二作目になる。これまた読み進めるのに苦労しているが、不思議と読まずにはいられない。読んでいて思ったが、これは世界初のサイコホラーではないだろうか。ふとした思いつきだから後で調べる必要がある。

 定位置に付き、お弁当を広げようとしたところで扉が大きな音を立てて開いた。これには既視感がある。わたしの嫌な予感などつゆ知らず、会長が明るく挨拶をしてきた。

「これはこれは、我が校の麗しい生徒会長様じゃないですか。相変わらずタイミングがいいですね」

「あ、ちょうどお弁当食べるところ? 宇田見さんが言うようにグッドタイミングだね」

 皮肉が通じているのか通じていないのか分からないが、おそらく前者だろう。会長が聡い人かは知らないが、愚劣ではない。

 会長はわたしの前に座りお弁当を広げ始めた。会長のお弁当箱は小さく、両手にすっぽりと収まりそうだった。米とおかずが半々になっている。この前のタンメンを食べたときの旺盛な食欲からすると明らかに量が不足している。それを聞くと、「昼はいつもこれくらい」と答えになっていない言葉が返ってきた。それ以上の興味はないからあえて追求はしなかった。

「ゴーヤチャンプルーですか」

 お弁当の中身をよく見ると白米とそれだけだった。量もさることながら質も首を傾げたくなる。

「そ。大好きってわけじゃないけど、それなりに好きだから」

「辛いのが好きだと思ってたのに意外なものが入ってますね」

「辛いのは好きだけどお腹がね。昼に食べるわけにはなかなかいかなくて」

 それにも関わらず真っ赤な激辛タンメンを食べていたのだから、抗いがたい魅力があるのだろう。わたしには分からないが。

「宇田見さんのも美味しそうだね」

 今日はぶり大根、カレー味の野菜炒め、ほうれん草の和え物だ。会長と違ってお弁当箱は二段でお米とおかずとで分かれている。

「あげませんよ」

 特別好きなわけではないが、素直にあげるのが癪に感じてしまい、とっさに出た一言だった。

 そんなわたしの言葉に気分を害することなく会長は鷹揚に笑って、

「貰おうなんて思ってないから安心して」

 しばらくお互い無言で食べ、会長が半分くらい食べたころにふと顔を上げた。

「食べる? ゴーヤが苦手じゃなければ」

「会長が作ったんですか?」

「なあに、その顔」会長は破顔して、「母上特製だから安心して」

 会長は有無を言わさずゴーヤを二切れ、わたしのお弁当箱の白米の上に置いた。

 食べ物を粗末にするのはいけない。わたしは悩むことなく口に入れた。噛んだ瞬間に苦みで意識が覚醒した。無意識にオフにしていたスイッチが急に切り替わった感じだ。

「これは苦いですね」

「そう? わたしはもっと苦いほうが好きだけど」

 味を誤魔化したく米とおかずを次々にかきこみ平らげた。それでもまだ苦みが残っている気がする。

 一息ついて本を取り出した。会長の登場で危うく忘れかけていたが、こっちが本命だ。

「そうそう、わたしの友達の話なんだけどさ」

 分かっていた。会長が乗り込んできた時点でわたしの目的が果たせるわけがないことは。ここでわざとらしい態度を取っても無駄なことも。

「本当は自分の話をするときの枕詞ですよ、それ」

「恋愛だとか友人関係で悩んでいる場合でしょ。わたしのは実際に友達の話なの」

 どうやら会長も食べ終わったらしい。生徒会か教室に帰ればいいものを。友達がいないのか?

「それで、なんですか」

「友達が三年になってから忘れ物が多くなってね。それまでは全然そんなことなかったから不思議で」

「若年性なんとかになったんじゃないですか」

「きっかり三年生になったタイミングで?」

「発症する時期なんて選んでくれませんけどね。じゃなければ、ストレスとか。三年生ならあるんじゃないですか、受験だとか、成績だとか。人間関係に悩んでいるかもしれませんし」

「そんなに繊細な人じゃないんだけどなあ」

「どんな人なんですか」質問を発してしてからすっかり会長のペースに呑まれていることに気がついた。わたしがわざわざ首を突っ込むようになるとは。「ストレスなんて人それぞれでしょうし、見えないところで苦労しているかもしれませんよ」

「どんな人、か。生徒会の副会長で」

「じゃあそれですね。会長が仕事をサボるせいで心身供に疲弊して実生活に影響が出ちゃってるんですよ。可哀想に。反省してください」

 わたしが一息に責め立てると会長は少し困った顔をして、

「わたし以上にサボってるから、それはないと思うな。生徒会どころか学校だって朝からいるのが少ないくらい。生徒会は実質二年生が運営していると言っても過言ではないくらい」

 そんなこと胸を張って言うことではないと思う。そもそもどうしてこんな人たちが生徒会なのだろうか。まあ、優秀な二年生がいてこの学校は来年までは安泰だ。生徒会が機能しないとわたしの学校生活にどんな影響があるかは知らないが。

「よく忘れるのはお弁当や家の鍵だね。お昼の時間になると忘れた日にはわりと騒がしいからちょっと困る」

「お弁当忘れたらどうするんですか」

この高校には購買があるが、食料品を扱っていない。校外に出るのも禁止されているから一食抜きになってしまう。

「しっかり者の妹がいてね、お弁当やらなんやらを届けてくれる。三年生の教室でも物怖じしないし、いい子だね。で、なにか分かった?」

「分かるわけないじゃないですか。考える余地というか要素が少なすぎます。それにこういうのはカウンセラーとかの仕事ですよ。素人がああだこうだ言っても答えなんて出てきません」

 それもそうだ、と会長は納得したのかそれ以上追求されることはなかった。

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