第2話 ヨウカ
私はチャミュショという堕天使が作った空間を利用できないか試すことにした。
まず、物は持っていけるのか? これは私の庭とチャミュショがいる空間である『夕凪の世界』を繋ぐゲートが物を拒絶してしまうのだ。『夕凪の世界』に行ったとき、服はそのままであったため、スマホを服に隠して持っていこうとしたが無理だった。スマホがゲートを通らずに、ポケットから落ちてしまったのだ。
一方で有効な利用も見つけた。睡眠である。いくら疲れていても『夕凪の世界』で眠ることで回復できる。しかも庭に戻ると『夕凪の世界』へ行ったときの時間のままであるため、一日二十四時間のうちで睡眠を確保する必要はないわけだ。
砂浜で波の音を聞いて眠るのは心も休まる。ようやく受験勉強を始めた私の心強い味方である。のだが、
「ボクともっと話そうよ」
「寝たらね」
いつも睡眠目的で来るのは少し寂しいらしい。とはいえ、時間はいくらでもあるため、起きたら砂浜に絵を描いたりして遊んでいる。あまり楽しくないが、チャミュショへのご機嫌取りみたいなものかな?
そんなこんなで、私は『夕凪の世界』を満喫していた。そんなある日、チャミュショはイケメンと戯れていた。私は他に人がいる! と驚いた。
「どなたですか?」
彼は茶髪な私とは異なって、黒髪だった。耳にかかるほどの長さで、前髪はウェーブをかけたセンター分けとシンプルながらおしゃれである。白シャツに、緑色のロングカーディガン、薄茶色のスラックスを合わせている。黒いサングラスをスラックスのポケットにかけている。サングラスは持ち込めるんだ。服みたいな扱いってことか。
「俺は
「私は
「そっか。この世界はさ、俺とネウミちゃんとチャミュショだけの世界みたいだね」
第一印象はおしゃれで格好いいものだったことと比べて、ヨウカの笑顔は柔らかくて親しみやすそうだった。だから、そのギャップで一目惚れしてしまったのだ。
ヨウカと今まで『夕凪の世界』で何をしていたか話しをして、私たちは解散した。今日初めてここに来ていたらしい。私は岩場にゲートがあるが、ヨウカは海の中にあった。ぽっかりと空いた黒い輪だった。
それから、私たちは何度も『夕凪の世界』で会い、雑談したり、砂浜で砂遊びをしたり、海や岩場を探索したりした。
そんなある日、『夕凪の世界』に行くとヨウカは砂浜にあぐらをかきながら、膝にチャミュショを置いていた。
「ネウミちゃん、久しぶり」
ヨウカは元気に手を振ってきた。久しぶりって、昨日会ったばかりでしょ。
「ヨウカ、こんにちは。何しているの?」
「チャミュショとおしゃべりしていたんだ。ここにはゲーム持ち込めないから暇で」
「好きなの? ゲーム」
「スローライフ系のやつ。自分の好きな街を作る、みたいな。現実じゃできないこともできるし、すぐ大金持ちになれるから」
「そっか。私勉強ばっかりで、ここに来てサボっているの。勉強しなきゃいけないけど窮屈で」
「それは辛いね。あ、チャミュショ」
「ボクに何か聞きたい?」
「ああ。ネウミちゃんのところって行ける?」
ヨウカが変なこと言うものだから私は驚いて固まってしまった。
「行けるよ? けど、ちゃんと戻ってきてね。大変なことになるから」
ヨウカに引かれて、私のゲートがある岩場へ。その隙間には星空が見える。そこを通ると私の家の庭にワープする。
「田舎?」
「ヨウカ、こう見えてね、小学生のときよりも発展してきて。近くにスーパーも映画館もあるんだから」
「見に行ってもいい?」
なんて、イケメンに言われたら。きゅんとしちゃうし、断れないし、内心ワクワクしちゃっているし。もう、ずるいよッ!
「いいけどね、私受験生だから、お母さんに見つかるわけにはいかないからね」
「大丈夫だよ、ほら。静かに庭を出て、そこから走って逃げれば大丈夫」
ヨウカは手を私の唇に置く。ちょっとチャラいのかもしれない。女の子、たくさん泣かせてきたのかも。
「雑な作戦」
それでもヨウカの言うことを聞いてしまうのは、惚れた人間の愚かさゆえか?
「どうして睨むの?」
「なんでもないから」
せっかくスーパーに行ったけどやることはなかった。そもそもヨウカは物を持っていけないのだから、スマホも財布も持っていない。アイスクリームだけは奢って、スーパーにあるソファで時間を潰していた。
「この世の中って金がすべてかもね」
「ハハ、ネウミちゃんは面白い。でも俺はこうしているだけでも楽しいからさ、金がすべてとは思わないよ。そうだ、ネウミちゃんはやり残したことがある? 俺は野郎ばかりとつるんでいて、異性は家族だけ。年が近いのは二歳上の従姉だけで。同年代の子と話すのは新鮮だ」
ヨウカはモテそうなのに。男子高校とか女子が少ない高校に通っているのかな?
「私も男の人と話すのは新鮮かも。私がやり残したことは、」
私はツリ目を中心とした怖い顔と生気を感じられない真っ白な肌がコンプレックスだ。
だから、大学生になる前に。
「おしゃれしたいかな?」
「してみる?」
「え? 俺の家に居候している従姉が美容系の学校行っているから」
と提案してもらった。スーパーでやることがなくなって、『夕凪の世界』に戻り、私とヨウカはそれぞれの家に戻った。それから時々、ヨウカは私の世界へ行って遊ぶようになった。ほとんどがお金のかからない街探索をしたり、ちょっとした飲み物やスーツを買って公園のベンチに座って話したりだけども。しかし、突然『夕凪の世界』にヨウカは来なくなった。一週間が経ったころ、相変わらず寝るために『夕凪の世界』に行くとヨウカがいた。
「どうして最近来てなかったの?」
「いろいろあって」
言いたくないこともあるだろう、それ以上聞かないことにした。
「ネウミちゃん、今日は従姉がいるんだ。来ない? おしゃれできるよ」
「いいの?」
「もちろん」
今度は私がヨウカの家に行く。海に入って、黒い輪へ。
「家に来て」
そこには倉庫があった。ヨウカに引かれるまま家へ行く。庭は広く、プールも見える。間違いない、大金持ちだ。
「ヨウカ、料理できないお姉様を放置して遊びに行くとは何事よ。って」
黒髪で、インナーとして一部青色に染めている。イケメンのヨウカと比べても見劣りしないスタイルも良い美人で、そういう家系だと感心してしまった。
「その子、かわいいわね。もしかしてあの子が?」
「うん。おしゃれしたいって」
「わあ、本当? ってことで、あんたは邪魔よ!」
従姉はヨウカを摘まんで部屋の外へ。従姉は目を輝かせていた。
「おしゃれは任せな!」
一時間経過。メイクによって顔や首に赤や黄色を少し加えてもらって、髪をお団子ツインテールにしてもらった。手鏡を見たとき、こんなにかわいくなれるのかと感動した。
「すごいかわいくなっている!」
「私の腕よ。もちろん、ネウミちゃんの素材が良かったのだけど」
「ありがとうございます。……いつ名前言いましたか?」
「それはね、うちのヨウカがネウミちゃんの話ばかりしているから。いい子だって、楽しいって。ヨウカにも春が来ましたなあ」
従姉はからかうようにヨウカをじっと見る。ヨウカは顔を赤らめて、
「うっせえ、馬鹿姉貴!」
と怒ってしまって、でも私の手をぎゅっと握って家から連れ出した。
外は高層マンションが林立する都会だった。
ここは東京?
「姉貴さ、もう学校行ってないんだ。ありがとな、貴重な時間を使ってくれて」
「いいよ。私、一日くらい遊んでも平気だし」
「本当にありがと。あと二週間で隕石が落ちるだろ? 偉い学者とスーパーコンピュータの計算でもう地球ごと吹き飛ぶって聞いて、治安悪くなってさ。ネウミちゃんの場所は混乱もせずスーパーもやっていて久しぶりにアイスクリームも食べたな。最近はカップ麺だったし」
……ヨウカは何を言っているの?
隕石? 隕石が落ちて地球が吹っ飛ぶなんて、私知らないよ?
突然の頭を鈍器で殴られるような衝撃に呆然としてしまった。
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