セックスしないと出られない密室の殺人~サキュバス探偵を添えて

ハナノネ

第1話 プロローグ

都会の片隅。雑居ビルの最上階に、小さな看板がひとつある。

『黒崎探偵事務所 浮気調査成功率100%』

胡散臭さ満点のキャッチコピー。黒と書かれた紙がはがれかけ、風に揺れている。


狭くて薄汚れた事務所の中。

黒いスーツをだらしなく着た男――黒崎カムイが、机の上でカップラーメンをすすっていた。

目の前のモニターにはネットの囲碁教室。表情は限界まで冷めきっている。


黒崎の頭の中に、ナレーションのような声が響く。

“所長の黒崎カムイ、28歳。激務が嫌で刑事をやめ、仕方なく探偵になった男。やり甲斐も出世も名誉も恋にもセックスにも興味なし。草食系どころかミドリムシ。仕事はできるが、夢はない。生活費さえあれば何もいらない。”


(なんだこのナレーションは……)

と黒崎が思ったそのとき、ドアが勢いよく開く。

入ってきたのは夜伽ヨナ――色白で、紫の瞳に黒髪の毛先が赤く染まった女の子。

肩を出したシャツとタイトなミニスカート。耳の先がほんのり赤く尖っている。

そして、サキュバスと人間のハーフ。浮気嗅ぎ分け特化型の天然兵器だ。

ヨナは黒崎の背中にぴたりと張りつき、胸を押し当てて囁く。

「味見させて♡ カップラーメンじゃなく、カムイを」

黒崎はため息をつき、手にしていたカップを高々と掲げて残りを一気に飲み干した。

「ふん!」

そのまま、ヨナの頭を両膝で挟み、椅子を回転。

遠心力のままに彼女を机に叩きつける。

ヘッドシザーズ・ドロップ。モニターが宙を舞い、紙のカップの残骸が床に転がった。


ナレーション?がまた黒崎の頭の中に響く。

“ヨナにとってセックスはタバコや酒と同じ。安月給でも黒崎の事務所に勤めるのは、彼の精が欲しいから。愛はないけどセックスしたい。黒崎はヨナの能力で食ってるが、給料はずんでもセックスする気はさらさらなし。だって精を取られるの、嫌だし。”


机の上でぐったりしていたヨナが、むくりと起き上がって黒崎の腰に抱きつく。

「給料よりセックスしてよ」

「給料やるのが真っ当な会社だろう」

「じゃあボーナスってことで♡」

「現物支給はなしだ。いい会社だろ?」


ヨナは黒崎の頭を胸に押しつけるように抱き寄せるが、黒崎は机の上の電話帳でガードする。

紙と肌がぶつかるパサッパサッという音が響く。

「いつかセックスしてやる!」

「興味ねえっての!」

黒崎が吐き捨てた瞬間、事務所の電話が鳴った。

二人が同時に電話を見る。

そして、何故か揃ってカメラ目線になる。カメラもないのに、なんとなく読者の方にカメラがあるような気がする。


黒崎が低い声で話す。

「今回の事件は」

ヨナがなまめかしい声で続ける。

「セックスしないと出られない密室の殺人」


――今日もこの二人が、犯人の秘密を嗅ぎ当てる

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