第19話 中宮の地下、漆黒の香と純元の地図
中宮の御殿の戸を押し開けた瞬間、地下から漏れる「薄い黒い香り」が鼻を突いた。薫子は袖の京染の布を取り出すと——布は前の晩明け時より濃い墨色に変わり、指で触れると微かに熱を感じた。「この香り……皇后の『最後の毒香』は『漆黒の香』です!」
温香雅が銀の匙で少量の香りを採取し、薬箱の中の検査紙に滴下した。紙は瞬く間に焦げ茶色に変わった。「漆の樹液を腐らせ、人骨の粉を混ぜた最悪の毒香です!吸入すると内臓が溶ける。浄化するには『白蓮の花』を炭火で炙った香が必要ですが……この季節、白蓮は咲いていません!」
清和が腰の「防香符」を取り出し、中宮の床に貼った。符の光が円を描き、地下から上がる毒香の広がりを一時的に封じた。「符咒は三十分しか持ちません。地下の入口はどこですか?」
薫子は皇后が座っていた椅子の下を調べると、木板に隠れた把手を発見した。「ここです!」と叫び、清和と一緒に木板を持ち上げると、暗い階段が下に伸びていた。階段の壁には、皇后が爪で刻んだと思われる「純元」の文字が歪んで残っていた。
「陵子さん、御殿の入口を守ってください。平氏の残党が近づいたら、すぐに知らせてください」薫子が陵子に託すと、陵子は京染の布を胸に抱き、「薫子さん、気をつけて!布が変色したら、すぐに上がってきてください!」
薫子、清和、温香雅の三人は階段を下りると、地下の回廊に出た。廊下の両側には、皇后が集めていたと思われる古い香具が並んでいるが、その多くは毒香によって黒ずんで朽ちていた。最奥には三つの香炉が置かれ、漆黒の香が煙となって天井にこだまっていた。
「香炉を一つずつ浄化しましょう!」温香雅が薬箱から「白梅の花びら」と「珍珠の粉」を取り出し、混ぜて小球に丸めた。「これで『代替浄化香』ができます。効果は白蓮の半分ですが、香炉の火を消すことはできます!」
薫子が一つ目の香炉に浄化香を投げ入れると、黒い煙がゆっくりと薄れ始めた。回廊の壁が少し明るくなり、その上に皇后の手書きの文字が浮かび上がった——「純元の子『蓮』は、嵯峨野の月光院に。地図は香炉の下に」。
「蓮……純元の子の名前です!」薫子が驚いて二つ目の香炉の下を調べると、薄い木製の地図が隠れていた。地図には月光院の位置と、「梅の木の下に守り符がある」という注釈が書かれていた。
清和が地図を見ながら眉を寄せた。「月光院は嵯峨野の人里離れた僧院で、平氏の先祖が建立したものです。信吉(平氏の逃犯)が昨夜、嵯峨野の別荘を探ったのは……この月光院を目指していたのでは?」
その時、温香雅が三つ目の香炉を浄化しようと手を伸ばすと、香炉の下から小さな箱が落ちた。箱を開けると、平氏の家紋が刻まれた銀の鍵が入っていた。「これは……月光院の戸を開ける鍵ですか?」
薫子が鍵を取ると、階段の上から陵子の叫び声が聞こえた。「薫子さん!嵯峨野から急報があります!月光院が不明な者に襲われ、蓮さんの行方が分かりません!現場には平氏の家紋の鎧の破片が残っています!」
薫子の手が震え、銀の鍵が床に落ちた。「信吉……平氏の残党が先を越かったのです!」
清和が急いで階段に向かうと、地下の回廊が突然揺れ始めた。温香雅が壁を掴んで立ち直すと、「漆黒の香の余韻で、天井が崩れ始めています!早く上がりましょう!」
三人が慌てて階段を駆け上がると、中宮の御殿の床が一部崩れた。陵子が手を伸べて薫子を引き上げ、「御殿は危険です!外に逃げましょう!」
外に出た時、東空は完全に明るくなり、内裏の侍たちが駆け付けてきた。薫子は地図と銀の鍵を胸に抱き、清和に話しかけた。「清和さん、馬車を準備してください!月光院に行かなければ、蓮さんを救えません!」
清和が頷き、侍に馬車の準備を命じると、温香雅が薫子の腕を引いた。「薫子さん、漆黒の香の影響で体に異常はありませんか?一度検査しましょう!」
「いいえ、今は蓮さんのことが最も大事です!」薫子が地図を開き、月光院の位置を指した。「嵯峨野まで馬車で一時間半かかります。信吉たちが蓮さんを連れて逃げる前に……」
その時、内裏の西門の方向から黒い煙が上がった。侍が慌てて報告する:「西門の侍が平氏の残党と戦闘中です!彼らは『蓮を手に入れるために来た』と叫んでいます!」
薫子の眉が深く寄った。平氏の残党は、内裏を攻撃して彼女たちの注意を引き、蓮を運び出す計画をしていたのだ!「陵子さん、内裏の警備をお願いできますか?清和さん、温香雅さん、私たちは月光院に行きましょう!」
三人が馬車に乗り込むと、嵯峨野の方向に疾走した。車内で、薫子は純元の地図を撫でながら独り言を言った。「純元皇后……あなたの子を必ず救います」。だが彼女の気香は、馬車の後ろから近づく「平氏の香り」を感知した——信吉たちが、彼らの後を追いかけていたのだ。
嵯峨野の月光院で待っているのは、蓮の姿なのか?それとも平氏の罠なのか?馬車の轍が山道に刻まれ、答えを求める旅が続いた。
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