第15話何をしに来たの?
ゼットはエルゼディア王国の第一王子。
アルファードと同じく王太子であり、母上スマイル様はポルテ様の姉にあたる。
つまり、ゼットはアルファードと親戚関係になる。そして私達よりも三つ年上。
アルファードの婚約者として、アルファードの親戚として、そして国との繋がり、ということもあるけれど、私たちの関係はどこかそれよりもずっと近い。
政や祭事があれば幼い時からお互い顔を合わせていた、というよりも、“共通の苦い思い出”
があるのだ。
それは、幼い頃二人一緒にゼットの婚約者であるオデッセイ様に泣かされた、という本当に怖い思い出があるからだ。
だからこそ、ゼットは年上でありながらも、敬語なんて使う気にもならないような、特別な存在だった。
「座れよ。馬車が動くだろう」
落ち着いた低い声。
外からはまだ人の気配と話し声がわずかに聞こえていたが、確かに、そろそろ出発するのだろう。
私は彼の向かいに、少しだけ遠慮しながら腰を下ろした。
190センチ近い身長と、鋭い黒い瞳と、とがった顎に、漆黒の黒髪がとても怖い印象を受けるとよく聞く。
肩幅も広くがっちりしているから身長があり、さらに低く声というのも拍車をかけ威圧を感じるかもしれないが、
私にはとても優しい友人だ。
「どうしたの?慰めに来たの?」
わざと軽く口にしてみせた。
そんな風に言えるくらいには、私はもう泣き腫らした過去を置いてきたつもりだった。
「自分から言うなよ。言うように婚約解消したと聞いて、落ち込んでいるかと思ってこれでも急いで来たんだ」
やっぱり、この人は優しい。
私がアルファードを好きで、努力していることを、ゼットは全部知っている。
定期的に手紙のやり取りもしていて、きっと、誰よりも心配してくれたのだろう。
「ありがとう。確かに婚約解消された時は、落ち込んで泣いたけど、でもね、もう吹っ切れたの。今はね、婚約解消してせいせいしてるわ」
事実だった。
あの時は、自分でも驚くほど涙が出た。けれど、もうそれも全部、過去。
今は、こうして笑っていられる。肩の力を抜いて、皮肉の一つも言える。
「驚いた。その顔は本気で言っているんだな」
ゼットはまじまじと私の顔を見て言った。まるで、何かを確かめるように。
「そうよ。だって、真実の愛を見つけたんだ、と他の女性を嬉しそうに紹介されたんだよ。諦めるしかないでしょ」
肩を竦めながら、唇を引き上げる。
あの瞬間、確かに何かが崩れた。でもそれと同時に、解放されたような感覚もあった。
それを、今ようやく実感できる。
「そんな酷いことを言われたんだな。たいした立場の女性じゃないよな。何故あんな女を選んだんだ?」
ゼットの口調はどこか棘を含んでいた。
「調べたの?」
「調べたというか、母上が叔母上から相談されたんだ」
「王妃様から?」
「…ああ。アルファードが運命の女性を見つけた、と熱心に叔母上に言ってきたらしい。叔父上があまりにもカレンを気に入っているが無下にできず、どうしたらいいのか、と相談してきたんだと」
一応、と言う言い方は語弊があるかもしれないが、母親としての気持ちはあるのね。
それとも、単に自分で考えるのが面倒で、スマイル様に投げただけなのだろうか?
「それで、どうお返事なさったの?」
「ポルテの好きなようにすればいいわ、と一言だけ書いて返信したらしい。他国の時期王妃になるかもしれない存在を安易に答えれるわけないだろ。母上は頭が痛い、とブツブツ言っていたがな」
「そう……なんだか色んなところで迷惑をかけてしまったわね。でもどうやって選んだのかも、どうやって出会ったのかも知らないの。もう、興味ないから、どうでもいいわ」
静かに呟いた言葉が、自分でも驚くほど冷めていた。
自分の意志を陛下にさえ伝えられず、周囲に頼って回る彼は、やはり王としては弱すぎる。
元々優しすぎるところが欠点だった。だからこそ、私が傍で補っていこうと思っていたのに、さすがに、運命を相手を見つけた、と豪語するなら陛下に相談するべきだわ。
「別にカレンが迷惑かけたわけじゃないから心配することはない。もともとあの男はカレンがいないと一人では何もできない男だし、これからはもう少ししっかりするんじゃないか」
その一言には、たくさんの意味が込められている気がして、私は顔を上げた。
彼の目が、まっすぐに私を見つめていた。
「それならそれでいいわ。私は一貴族令嬢として遠くから見るだけよ。ありがとう心配してくれて、でももうこの話はおしまい。ところで、本当は何の用事で来たの?」
ゼットの国からこの国までは、馬車でほぼ一日かかる。わざわざ私の為に来たとは考えにくい。
何故か緊張した面持ちになった。
「俺も、婚約解消されたんだ」
「え・・・オデッセイ様にとうとう見限られたの?」
言うと、肩を竦め笑った。
「それもあるな。だが、お互いの為、と言う事でもある。オデッセイと俺は元々幼い頃から決まっていた政略婚約だったが、本当に性格が合わなかったからな」
知ってるわ。
オデッセイ様は、シャウリ侯爵家令嬢で、ゼットより1つ下で、かなり気が強く、物言いがハッキリしている。
桃色の髪にオレンジの瞳の、見た目は可愛らしい方なのだが、毒舌で押し付けるような物言いをする方だ。
見かけと違うから、余計に恐ろしい。
侯爵家の事業が自国だけ出なく他国への輸出の商品が多い為、幼い頃からドロドロした取引という駆け引きを見て育った為、色んな方向から正論で責めてくる。
その気の強さと女王様的な性格が、ゼットとは全く合わなかった。
実際ふたりきりの時は仲がいいのでは、と思うかもしれないが、全く皆無。
2人が揃えばケンカばかりでいつも険悪ムードで、周りの召使いや従者がとても気を使っていて見ていてなんだか可哀想なくらいだった。
「オデッセイから、やっと婚約解消できる理由が出来たわ。本当に長く辛い、無駄な時間だったわ、とバッサリ言われたよ。それも・・・父上の前でな」
「へ、陛下の前で!?」
怖いもの知らずだけれど、とても納得できるシーンだわ。
「私は、私に似合う下僕と結婚するわ。爵位の低く、私の全てを受けいれて、馬車馬のように働く素晴らしい男とね。そう言って高らかに、おっほほほほ、と笑いながら去っていったよ」
「・・・思い浮かぶ姿だわ」
「父上も母上も、侯爵も、呆気に取られながらも、誰もとめられなかった。いや、下手に止めれば仕返しをくらいそうだからな。オデッセイは個人的に事業をしていて、それがかなり上手くいっているんだ。そのお陰で国に納める税収が多いし、公爵家もオデッセイ個人の事業とはいえ、一緒に事業をするこもあり、かなり収入が増えた」
「なるほどね。国の税収が増える程の方を敵に回したくない、と言うよりはオデッセイ様を敵に回したくないわよね。あの方を本気で怒らせたら、戦争でも起こせそうだもの」
「言えてるな」
ふたりで顔を見合せて笑った。
「婚約解消したのを報告に来たのね」
「いや」
「それじゃあ、何かの公務?」
「いや」
「それじゃあ、何かの視察?」
「いいや」
「それじゃあ」
「多分、どれも違う」
「そうなの?そんなに秘密的な事なの?」
「いいや、ナギッキュ伯爵様に」
「お父様に?」
「カレンとの婚約をお願しに来たんだ」
「・・・誰の、婚約を・・・?」
カレン?私と同じ名前の人?
そんな人いたかしら?
ふっ、と優しく微笑むと、
「お前の事だよ」
「・・・!!」
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