第44話 15-3
「後退!後退!」
篠原長房配下の足軽大将の掛け声で篠原隊は高槻城の近くまで後退を始めたのである。
佐久間信盛隊もそれに合わせるよう本陣のある安満宮の古墳の手前まで兵を引き始めたのである。
「お菊!戦は終わったわ!下がって!」
「終わった?はぁはぁ」
お菊は弥生の声で我に返ったのである。無我夢中で薙刀を振り回していたのでよく覚えていないが急に疲労に襲われたのである。
弥生と手伝いに来たおいちとお凛に抱えられてお菊も長房の陣に戻ったのである。
長房と信盛の部隊は戦闘を終えたが高槻城の北では石山本願寺の本隊がまだ明智光秀の伏兵とキリシタン、高槻城の住民の部隊と戦っていたのである。
「三好長免殿!長虎殿!下間(頼総)殿にすぐに停戦を伝えてくれ!」
長房が言うと宗渭と長虎が慌てて頼総の元に走って行ったのである。
しかし本願寺と光秀の伏兵の戦いは止まらなかったのである。
「まずいな。このままでは再度、戦が始まるぞ。次は持ち堪えられないな」
長房は怪我人だらけでの自軍を見て呟いた。
「我々は戦わないと見せねばならない。ここから下がるか」
長房が呟くと
「長房様!今更ですが松永久秀隊と三好義継隊が今から支援すると連絡!」
長房配下の別の伝令兵が情報を伝えたが
「松永なんて信用できないさ」
お菊が思わず呟くと
「確かに。今まで動かんかったの急に動くなんて信用して良いんかいな?」
「まさかウチらを襲う気じゃないやろな?」
おいちとお凛も心配そうに言った。
「直接本願寺の支援に行ってもらえ。こちらの支援は不要と伝えろ」
長房は表情変えずに返した。
「大変です!佐久間隊ですが本願寺の本隊に向かって移動を開始しました!」
別の伝令兵も慌ててやって来たのである。
「長免殿と長虎殿が頼総殿を説得するしかあるまい。もし松永、義継隊が本願寺の支援に到着したらまた大一番が始まるが我が部隊はもうそんな力も無い」
長房は戦わないと明言したのである。
「十兵衛(明智光秀)!なんで篠原隊と違って本願寺の連中は停戦せんのだ!こちらの戦力は 張りぼて なんじゃぞ!これ以上兵を失うのはまずいぞ!」
信盛は光秀の要請に応じて光秀の伏兵とキリシタン、高槻城住民の軍の支援に向かわせたが延暦寺との戦いで兵を消耗したので今回の兵は信盛の正規の兵が少なく慌てて雇った戦慣れしていない兵ばかりだったのである。そのため長房に大打撃を与えたが自軍の被害も予想以上に大きかったのである。
「大変です!松永久秀と三好義継が本願寺の支援に入るようです!」
信盛の息子の信栄が慌てて報告すると
「おのれ!久秀め!ワシは最初から信用してなかったんじゃ!」
「こちらが疲れ切ったところをしゃしゃり出やがって!」
信盛と弟の信辰がうめいたが
「(藤田)伝五!久秀公の陣に行って本願寺の手助けをするなと厳命せよ!約束を守らなければ殿(織田信長)が厳罰に処す!」
光秀は伝五に久秀の陣に向わすと
「家老様(佐久間信盛)!この十兵衛にお任せを!久秀公は猿芝居が得意なだけですので!必ずや我々の味方をします!」
光秀はいつもの笑顔で返したが
「庄兵衛(溝尾茂朝)、いざとなったら佐馬介(三宅秀満)と隊の指揮を頼む。篠原殿の陣に僕は行って篠原殿と本願寺の陣に説得に行こうと思う」
光秀は茂朝に小声で
「それはいくらなんでも危険過ぎますが!」
「仕方ない。思ったよりも混乱している。阿弥陀如来様に無事を祈っておくれ」
光秀は決断したのである。
お菊だが停戦後の篠原隊の妙な静けさを破るように突然馬に飛び乗ると光秀のいる方に白旗を掲げながら馬を走らせたのである。
「わ!お菊!どこ行くねん!」
「勝手に行ったらダメですよ!待って!」
おいちとお凛、遅れて鈴木義兼らも慌ててお菊を止めようと馬に飛び乗ったのである。
「マリア!金閣、銀閣!下間様に停戦するよう説得に行って!私はあの子たちを止めるわ!小次郎も来て!」
弥生も小次郎を連れてお菊を追おうとしたが
「私も行こう」
長房も行くと言い出したのである。
「それはあまりにも危険では!」
弥生は反対したが
「私は十兵衛殿とは以前から知り合いでな。本願寺や久秀たちが勝手に動いてこうなったら私が行くしかあるまい。直接十兵衛殿と話した方が早いだろう」
長房も弥生たちにひなたや松丸までもが光秀の方に向かったのである。
「殿!若い女騎(めき)がこちらに向かってます!白旗上げてますが」
物見から光秀に報告が入ると
「ほう。向こうから来てくれたか。ありがたい。お菊め。僕の怒りを感じたのかな?通して良い。待ってたよ」
光秀は冷静に返したのである。
お菊たちはすぐに光秀の前に通されたのである。
「お菊。待ってたよ。僕の苛立ちを感じてくれたんだよね?だから僕と本願寺の下間殿に停戦するように一緒に行って欲しい。君たちがいれば下間殿も考えを改めるだろう」
光秀はいつもの笑顔で言った。
「分かりました。ご一緒します。でもあたしはあなたが憎い。あたしは人を殺めるのは嫌いだけどあなたは別です。だけど感情を殺すことも学びました」
お菊は恨めしい顔で光秀に返したが
「学ぶのは良い事だね。でも前も言ったけど僕を憎むのはお門違いと思うけどね。君が僕を殺めようとするのは勝手だけど本当に倒すべき敵は僕じゃないと思うけどね。君の迷いを僕は感じるよ」
「う!」
お菊は返すのに窮したが。
「十兵衛殿。久し振りだな」
「本願寺六花仙の弥生と申します」
追いついた長房と弥生が間に入ったのである。
「長房様!弥生さん!小次郎、ひなたと松丸まで!」
「篠原殿!貴殿が来てくれたとは!心強い!一緒の下間殿に停戦するようお願いしたく。弥生殿?どこかで見たね?ああ!六角の石部の宿で騒ぎを起こした方だね」
「よく覚えてらっしゃいましたね。光栄です」
弥生なりに嫌味を言ったが
「僕は優れた人間は好きでね。あなたのような熟練者が言えば下間殿も畏れて下がるでしょう」
光秀も少し嫌味交じりに嬉しそうに返したのであるが。
「ただ若い娘をたぶらかすのはおやめになられた方が良くて?」
「そんな趣味はなくてね。僕は役に立つか立たないかでしか人は選ばないよ」
「とにかく本願寺に本陣に急ごう。泥沼になる前に両者を止めなければな」
長房が光秀と弥生の間に入り急いで一行は本願寺の本陣に向かったのである。
本願寺だが高槻城の攻略を諦め光秀の伏兵、キリシタン衆や高槻城の住民と戦っていた。
「おのれ!久秀公め!」
しかし頼総が頼りにしていた久秀と義継だが光秀の圧に負けて結局参戦直前になって亀のようにじっと止まってしまった事に苛立っていた。
光秀だが長房、弥生やお菊たちと一緒に頼総の前に通されたのである。
「下間殿!これ以上無益な戦はやめましょう。すぐに石山本願寺へ撤退を。安全は僕が保証します」
光秀はいつもの笑顔で言い
「もはやこれ以上の戦は無益だ」
長房も進言した。
佐久間隊も迫っており高槻城からも高山ダリオやオルガンティ-ノらが説得にやって来たのである。
頼総だが荒木村重が裏切り、久秀と義継が態度をはっきりさせず動かない以上、勝ち目が無く悔しそうな顔であったが渋々だが停戦を受け入れたのである。
本願寺の兵が撤収を始めると光秀の伏兵、キリシタン衆や高槻城の住民らとの戦闘はようやく止まったのである。
ただキリシタンや高槻城の住人らは怒りが収まらないのか散発的に本願寺の陣に鉄砲を撃ち込み続けていたが。
「キリシタンや高槻城の城下の住民は撫で斬りを起こした責任者の処断を求めて引き下がらないようですが!」
交渉に行って戻って来た伝令兵が心配そうに飛んできたのである。
「それは参ったな。いや、その通りだけど。う~ん。神父(オルガンティ-ノ)!なんとか高槻城の住民たちをなだめる事はできないですか?」
「篠原様、十兵衛様。高槻城下でイエスの教えを公式にお赦しくだされば住民は下がります」
オルガンティ-ノが即答した。
しかし
「それはならん!摂津ではイエスの教えは許さない!」
頼総が反対したが
「こちらが攻め落とせなかったのにそれは無かろう。決めるのは今の城主の(織田方の)和田(惟長)殿だろ?」
長房が返すとさすがの頼総も返せなかったのである。
「じゃあ代わりに誰かの首を送ってください」
光秀が言うと
「それも無理だ!」
頼総は拒否したが
「そうですか」
光秀はそう言うと目で何か三宅秀満に合図したのである。
三宅秀満だが突然立ち上がると下間頼総の真後ろに回り込んで身動き取れなようにしたのである。
「無礼な!」
頼総が声を裏返し
「何をされるか!」
本願寺の兵が慌てるも秀満は無視していた。
すると光秀も立ちあがり
「下間殿。すまないが撫で斬りの責はあなたの首で辻褄合わせします。そうすれば丸く収まる。顕如様と信長公には事後報告しますので」
光秀は突如太刀に手をかけたのである。
「貴公!私を殺したら本願寺との長い戦になるぞ!」
「遅かれ早かれそうなるさ」
光秀は冷静に言った。
「そんな事したら生かして返しませんよ!明智殿!」
弥生とマリア、心眼らも慌てて頼総を守ろうと構えたが光秀のよく分らない異常な気迫に押されたのである。
「僕も容赦しないよ。こうなったら後は野となれ山となれさ」
(何!まただ!この人!すごい力!)
光秀だがお菊にしか見えないが光秀を目を赤く光らせ強烈な法力を発し始めたのである。お菊は恐ろしくなり少し後ずさりしたのである。
(お菊が言ってた意味が分かったかもね。抑えられるか?)
弥生もお菊の怯える顔を見て光秀の何かを悟ったのである。
「何やねんこの人。さっきと全然違う!」
「すごい圧や!人ちゃう!」
お凛とおいちも何か光秀に恐ろしいのを感じたのである。
「十兵衛殿!待て!私が対処する!貴公の要求を呑んで私が本願寺に伝える!」
長房がそう言うと光秀も下がったのである。
そして
「明智様!ならその伝達は我らに行かせてください!」
ひなたと松丸が光秀の前に飛び出て来たのである。
「我らもお手伝いを!」
オルガンティ-ノの横に居たキリシタンの若者二人も前に出て来たのである。
「ひなた!松丸!危ないわ!」
「やめなさい!彼らは逆上していて危険だ!君たちは若いのだ!」
弥生とオルガンティ-ノが止めに入ったが
「あなたたちの作った憎しみを止めたいだけです!だから私たちが行かせて頂きます!キリシタンの教えの赦しの許可の書状を!」
光秀だが一気に元に戻ったのである。
「そうか。すまない。分かった。行って欲しい。それにしても驚いた。こんな立派な若者がいたとは。己の犠牲を顧みずとは。ああ、僕はなんと浅はかだろう」
光秀は嘘か本当か分からなかったが涙を流したのである。
そして勝手に高槻城下でのキリシタン布教の許可の書状を書いて自分の印を押し信長の許可とまで勝手に書いたのである。オルガンティ-ノも印を押した。本願寺だが長房が代理で押したのである。
「おのれ。地獄に行くぞ。貴公ら」
頼総はうなっていたが秀満に後ろを取られている以上何も出来なかったのである。
光秀は不気味に笑っていたが。
4人は書状を持ってキリシタン衆や高槻城の住民の陣に入って行った。
しかし突如、三好義継の軍が動いたのである。キリシタン衆や高槻城の住民の陣に鉄砲を撃ち込み再度、戦が始まったのである。
「おのれ!身の程知らずめ!だから飾り物なのだよ!」
光秀が義継をなじると再度、異常な気配を出し始めた。
心眼と弥生らはただ、予想外に唖然としていたが。
「君たちには げんなり だよ!佐馬介!そいつを殺れ!君らも死ね!佐久間隊にここと義継隊を総攻撃させろ!」
光秀が太刀を抜いてここに居る本願寺の衆に斬り掛かろうと構え、秀満も頼総の首を獲ろうと脇差を抜いたのである。
心眼、弥生、マリア、冬らも頼総の首は諦めて陣の中での捨て身の乱戦を覚悟したが
「十兵衛殿!待て!」
長房が叫ぶと
「義継隊を攻撃しろ!」
長房が命を出したのである。頼総を救うためである。
「やめろお!」
お菊も叫んだのである。
「なんでみんなやめないんだ!なんで!ひなたと松丸の仇だ!」
お菊は泣き叫び目を赤く光らせながら猛然と乱戦に突進して行ったのである。そしてそのまま目の前の人間を義継の兵かキリシタンかも分からず片っ端から叩き斬り始めたのである。
暴走するお菊の前では誰も太刀打ち出来ず突然の撫で斬りにみんな蜘蛛の子を散らすように逃げ出したのである。
「いかん!やめろ!お菊!」
心眼、阿形、吽形、さらに小次郎やマリアまで出てお菊を羽交い絞めにしてようや取り押さえたのである。3分ほどするとお菊は力を使い切り気を失ったのである。
お菊はそのまま本願寺の本陣に担ぎ込まれた。
「お菊!大丈夫かいな!しっかりせい!」
「うわあん!お菊の奴、壊れてもうた!」
担ぎ込まれたお菊をお凛とおいちが必死に介抱したがお菊は目を覚まさなかった。
しかし本願寺が義継隊を攻撃した事で義継隊も久秀と合わせるように茨木城に後退したのである。
「フン。さすが篠原殿。しかし、お菊め!」
光秀は冷静に戻ったが戸惑った。ここに居る面子では光秀にしか見えないが光秀の謎の力を感知する古ぼけた脇差は突然お菊に激しく反応し光っていたのである。
お菊だが光秀の思った以上に強力な法力を無意識に出していたのである。
「僕の目に狂いはなかった。彼女を生かしておいてよかった。彼女がいれば信長公の夢は必ず叶う」
光秀が呟くと
「あなたの味方になればね。でもあなたじゃ無理ね」
「なぜそう言える?お菊は戦う意義を分かっていない。それが分かれば目覚める」
光秀が弥生に聞くと
「何でも自分の物になると思ううぬぼれた男は女は嫌いなのよ」
「随分と嫌われているね」
光秀は弥生に軽く返しておいたのである。
お菊だがその後、半日してからようやく目を覚ましたが自分が何をしたのか覚えていなかった。
でもお菊のこの撫で斬りはお菊が錯乱したとの事でなかった事にされたのである。
長房の行動も本願寺のためになかった事にされたのである。
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