第31話 11-2

 織田信長だが1571年5月に終わった第一次長島合戦の後に近江に兵を向ける動きを見せたが6月になってもなぜか動かなかったのである。

 

 石山本願寺だが6月になると親鸞聖人の行事が一段落して静かになったのである。お菊らも大忙しの5月が終わりのんびりしていた。

 午前の武道の修行が終わり午後の巫女の仕事を少し退屈そうに時々小さなあくびをしながらお菊、お市、お凛はこなしていた。

「お元気そうね!あら?お昼ご飯食べたばかりでみんなお眠かしら?」

「あら!舞じゃん!」

 伊賀衆の舞がやって来たのである。

 舞だが松永久秀からの預かり(人質)として本願寺に来ていたが久秀が篠原長房、三好三人衆、石山本願寺と組むと故郷の伊賀に戻っていたのである。

「どうしたん?お布施かいな?」

 お凛が聞くと

「お布施と本願寺に近江と織田の情報を知らせに来たの」

「織田の情報?」

 お菊がぽかんとすると

「先に顕如様に報告しないといけないの。後で心眼様か弥生様に聞いといてね。じゃあね。お布施置いて行くね」

 舞はそう言うとお布施を置いて本堂に向かったのである。

「ありがとうね!金一封だけど本願寺からするとあの子たちの織田の情報の方がもっとありがたいのかもね」

 舞を見送りながらお菊は言った。

「そやな。舞ら伊賀衆と甲賀衆が協力して先導してくれたから長島の戦いでも織田の柴田殿たちの動きが分って迎撃出来た言うてたもんな。ま、ろくと根来衆が実行したけど手柄のお膳立てしたのはあの子たちやろうね」

 おいちが冷静に返した。

「情報は大事なんだね」

 お菊が感心すると

「そ!舞はウチと同じで爽やか美少女やから織田のお偉いさんに町娘の振りをして すりすり して夜にお茶して聞き出すんやろな!男なんて軽い軽い!」

 おいちがお菊に すりすり するとお菊は少し引いていたが。

「まぁ、舞は確かに礼儀正しい男受けする爽やか美少女だけどさ。あんたはちょっと違うかな?」

 お菊が真剣な顔でおいちに言うと

「なんやねん!その言い方は。ウチは雑賀の郷じゃ美少女で通ってるで!」

 おいちは口を尖らせた。

「見た目は美少女かもしれないけどその お品の無い 喋り方はねぇ」

 お菊が ずばり と言うと

「何を!聞き捨てならん!雑賀の郷の言葉だから仕方ないやん!」

 おいちは怒ったが

「ぷ!」

「くくく!」

 横で話を聞いていたこずえとひなたが笑いをこらえていたが。

「そう言えばお菊って摂津(大阪)なのに地元の言葉じゃないね」

 ひなたが横から入ると

「そうなの。義姉のさち姉がどこに嫁に行っても大丈夫のようにって地元の言葉を使うなと言われてたのよ」

「へええ」

 みんな感心していた。

「くう!今回は悔しいけどお菊のお姉さんの勝ちや!」

「ウチも気を付けようかな」 

 おいちが悔しそうに言うと横でお凛は呟いたが。


 舞だが布施を終えると同行してた伊賀衆の百地正永、正西親子らと合流して本堂に入り顕如と面会し織田信長の動きや近江の状況を報告したのである。

 その後だが顕如は重臣衆に当たる下間一族を呼び密談したのである。

 さらにその後も六地蔵、六花仙を呼び出して意見を聞いたのである。

 翌日だが堺に居た篠原長房や三好三人衆も石山本願寺に入ったのである。


 それを聞いたお菊たち何か大きな動きがありそうと察したのである。

 

 その日の晩だが珍しく小次郎が桜花院に帰って来たのである。

「お菊。俺は明日からしばらく近江に行く」

 小次郎は急に真剣な顔で言い出したのである。

「?」

 お菊は何の事か分らずぽかんとしたが。

「説明してよ。分からないよ」

 お菊が口を尖らすと

「心眼殿としばらく行動するんだ。口外するなと言われてるんだ。悪いな」

 小次郎は連れなく返した。

「分かったよ」

 お菊はこの時は下がったのである。


 食事を終え2人とも就寝した。いつも通り別々の布団で寝たがお菊は小次郎が起きているのに気付いていた。小次郎は真剣な顔で天井を見ていた。

「わ!急に何だよ!」

 お菊だが小次郎の布団に突如潜り込んだのである。

「どうしたの?真剣な顔でさ?」

「……!」

「教えてよ。あたしたち つがい じゃん」

「それでも言えない」

 小次郎は答えなかったが今度はお菊は小次郎に抱き付いたのである。

「あなたがそんな真剣な顔だから心配なのさ」

 お菊が悲しそうな顔で呟くと小次郎は観念してしまったのである。

 小声でお菊に内緒と言って話したのである。


 織田信長だが将軍足利義昭を守るため拠点の尾張、美濃と京都を安全に結ぶため近江の平定を目論んでいた。近江で邪魔なのは北近江の小谷城の浅井長政と南近江の石部城の六角義賢、そして一向宗の門徒と天台宗比叡山延暦寺である。


 浅井長政は信長の配下の羽柴秀吉が良く抑えていた。ただ長政だが元々は信長の同盟者でもあり信長の妹のお市を娶っていたのもあり信長だがかなり甘い対応をしていた。信長の個人的な感情所以であったが長政を評価していたのもあり力攻めせずに降伏するのをゆっくり待っていた。

 六角義賢には志賀の陣の和睦時に石部城を渡していたがすぐに潰せる程度の城で気にしていなかった。信長だが義賢を気に入らなかったのは石部城を渡し、信長が言うには許してやったのにも関わらず従わず門徒衆を扇動してまでまた抵抗しようと目論む事であった。

 しかし一番気に入らなかったのは比叡山延暦寺である。志賀の陣では朝倉義景らを引き込んでいながら今回、義景の援軍が期待できないと知ると金で何とかしようと動いた事であった。朝廷に和睦を頼んだり信長にも直接金を払うので和睦を講じて欲しいと来たのである。

 信長の要求は単純で完全服従であった。近江の一向宗には大人しく従うよう(石山本願寺と縁を切れ、協力するな)、延暦寺には比叡山から退去して何処かに去れと返したのである。延暦寺には去らなければ焼き払うとまで伝えたのである。

 延暦寺は信長に従えないと判断し本願寺、篠原長房、三好三人衆にも救援を求めたのである。

 

 本願寺では延暦寺と義賢を助けるかどうか揉めたのである。

 救援派は篠原長房、三好三人衆で信長に近江と京を奪われると摂津で抑えるしかなく戦局が困難になり加賀の一向宗との提携も困難になるとの理由であった。

 前回の志賀の陣と同じく直接信長と対峙せずに比叡山に籠城すれば勝てなくても長期戦に持ち込めるとの算段であった。

 救援反対派は顕如の父の蓮如時代からの長老の顕如の重臣らの意見が多かったがいくら信長でも朝廷の怒りを買ってまで延暦寺を焼く事はしない。また天台宗と浄土真宗は以前、法華宗(日蓮宗)をも巻き込んで武力衝突していた(1536年、天文法華の乱)。この時だが本願寺は本拠地の近江山科本願寺を失い今の摂津石山本願寺を本拠地として再構築し今に至ってるのである。長老の間では延暦寺に対して憎しみに近い感情をいまだに抱いてる者も居たのである。無理に救援する事無く戦いにも参加せず様子を見ようとなったのである。

 そして少数だが信長との直接和睦を主張した一派が居た。


 こうして4月から何度も本願寺内で討論を重ねた末に本願寺は延暦寺を助けない事にしたのである。


 ただ六角義賢に対する救援は延暦寺と切り分けられ積極的ではなく杉浦玄任の提案であったが近江の浄土真宗との関係を維持する事と加賀の一向宗との連絡網を維持する算段で消極的に支援する事にしたのである。

 義賢には表向きは信長に従ってもらって裏では義賢と近江の浄土真宗を支援するのである。


 ひと通り小次郎に話を聞いてお菊は思った事を口に出してしまったのである。

「ご都合が良すぎじゃない?信長公は延暦寺を攻めない焼かないとかさ。信長公は本願寺ともう戦ってるじゃん?近江の一向宗はもう六角殿にも石山本願寺にも愛想を尽かしてない?まだ迷惑かけるの?」

「お前さ、それは俺の前で言うに止めとけよ。下間頼総様(顕如の重臣)に聞かれたら教育道場行きだぞ」

「でもさ!」

 お菊は口を尖らせた。教育道場とは浄土真宗の学びが足りないと思われる者を再教育する施設である。噂でしか聞いた事が無く実在するかどうかお菊は知らなかったが簡単に言えば本願寺の首脳陣の都合に反する者を放り込んで従わせる施設と噂されていた。


「で、あなたは心眼殿と近江の六角殿の石部城に行ってどうするの?」

「心眼殿、杉浦殿と近江の一向宗と交渉し本願寺との提携を維持すのさ」

「簡単に言うけど義賢殿、もしかしたら近江の一向宗に裏切られたら終わりだよ?危険な任務じゃん」

「だから心眼殿以外に阿形殿、吽形殿も来てくれるさ。いざとなったら甲賀か伊賀に脱出する。それに心眼殿は信長公の重臣の明智光秀公とは昔からの知り合いらしい。捨て身でも直接交渉するってさ」

「心眼殿が明智殿と昔からの知り合い?」

 お菊は心眼と光秀の意外な関係を初めて聞いたのである。

「まぁ、心配するなって。寝ようぜ」

 小次郎は珍しくお菊を軽く撫でるとお菊を自分の布団に戻して目を閉じたのである。ただお菊は不満そうな顔で小次郎を自分の布団から見てたが。


 2日後だが小次郎たちは近江に出発して行った。

お菊はその後は淡々と日々を過ごしていたが道場でも何日も心眼、阿形、吽形、小次郎も不在になっていたのでみんな何かが起きていると感付いたのであるが。


 ある日、修行の休憩中においちが小声でお菊に話したのである。

「なぁ、お菊。心眼さんらが居ないって事は何か動いてるな」

「そうだね」

「近江かいな?」

「多分ね」

「あんたも小次郎が居ないから心配やろ?弥生さんに聞こうや」

 お菊は小次郎からある程度聞いていたがここはおいちに合わせたのである。


「弥生さん!心眼殿たちですがどうしたんです?気になって!」

 おいちが切り出すと

「大丈夫よ。心配しなくて良いわ。近江で現地の一向宗と動いてるの」

「あれ?本願寺は延暦寺や六角殿を助けるんかいな?」

「いいえ。延暦寺の支援は行わないわ。でも近江の一向宗は支援するの。信長公に従いつつ本願寺とも友好的にとね。六角殿にも信長公に従うよう説得してるの」

 弥生だが小次郎から聞いた通りの情報を正直に言ったのである。

「そうなんや。でも難しそうやね。六角殿が全て壊しそうやな」

 おいちは正直に言ったのである。お菊も同じように考えたが。

「そうね。あと5日程で心眼殿たちも小次郎も帰って来るわ。心配しなくて大丈夫よ」

 弥生は笑顔で返した。

「そっか!良かったな!お菊!」

 おいちがお菊を気遣ったのである。

「ほんと!上手く行きそうなのかな?」

 お菊が言うと

「そうね。信じましょう。あとあなたたち夏になったら顕如様が休暇を取って良いって言ってたわよ」

 弥生は再度笑顔で返したのである。

「ホンマですか!」

「やった!」

 おいちとお菊は喜んだのである。


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