第22話 8-2

 一行はお凛の家の前に到着したのである。

「わぁ。すごい大きいお家」

 お凛の家に着くとお菊は思わず声を出してしまったのである。

 お凛の実家だが異国の情緒溢れお菊が言うには南蛮教会風の大きな不思議な2階建ての建物で堀と白塗りの土塀に囲まれ所々に警備の櫓まであった。櫓や門番には屈強そうな異国人も居たのである。

「まるで南蛮のお屋敷みたいだ」

 お菊が言うと

「ただのとんでもない妖怪屋敷だよ」

 マリアはこの建物に対して嫌そうな顔で返したのである。

「え?」

 お菊は意味が分からなかったが。


 堀に掛かる跳ね上げ式の珍しい橋を渡ると鉄製の不思議な柄の入った頑丈そうな門扉があった。扉上の門番が心眼と弥生を確認すると門扉を開けたのである。門扉が開くと背の高い南蛮人の着物を着た男が立っていた。

「ようこそ。ご案内いたします」

 体格の良い屈強そうな短髪の男である。

 敷地内に入って馬を預けるとお菊が言うには南蛮教会風の大きな不思議な2階建ての建物の中に入ったのである。

 不思議な建物の重厚な扉が開くと畳ではない石造りの蠟燭が灯された暗い廊下が続き下足のまま進んだのである。廊下の両側には南蛮風の扉が付いた部屋がいくつか並んでいた。初めての景色でお菊はきょろきょろしてしまったが。ただ心眼、弥生らは明らかに緊張していたが。

 廊下の突き当り来るとまた巨大な扉がありそこが開くと南蛮風の長机と椅子がずらりと並んでいたのである。屋根からはきらびやかなガラス細工で出来たたくさんの蠟燭(シャンデリア)がぶら下がり机の上にも変わった形の蠟燭立ての上で蠟燭が怪しく光っていた。

「すごい」

 このような南蛮の物は初めて見たのでお菊はただ驚いていた。


「どうぞ腰掛けてください。旦那様は間もなく来ますので」

 短髪の男の言われた通り慣れない南蛮椅子に全員腰掛けたのである。


 しばらくしてこの部屋の奥にあった別の扉が開くとそこから誰かがやって来たのである。この男も背が高く目も体も細く長髪の総髪(そうはつ、オールバック)、南蛮宣教師のような変わった服を着ていた。

「お久し振りであります」

 心眼と弥生だが立ち上がって深々とこの男に頭を下げたのである。それに倣うように他の面子も立ち上がり頭を下げお菊も倣ったのである。

「まぁまぁ。お掛けください」

 この男は上席の立派な椅子に腰掛けるとみんなも腰掛けたのである。

「この度は堺衆にはご迷惑をお掛けしております。こちらは顕如様の親書であります」

 心眼がこの男に顕如の親書を渡すと男はそれを見ながら

「雑賀衆の部隊と行動していた堺衆が織田の待ち伏せに遭い雑賀衆と堺衆の撤退が終わらぬうちに味方の根来衆から撃たれて巻き添えなどやれやれですな」

 男が無感情だが呆れ気味に言うと心眼らは黙って頭を下げた。

「(雑賀衆の棟梁の)鈴木重秀様に根来衆と詫びを入れました。責任者の首を出す旨の話をしましたが重秀様からはそこまでは至らぬとご容赦頂いた次第でして」

 心眼が返すと

「さすが鈴木殿。どうせ根来衆も適当な首を送り届けるだけと読まれたのでしょうな。分かりました。まぁ堺衆も所詮は金で雇った傭兵。死んだら金で代わりを雇うだけですしな」

 金で雇った傭兵の堺衆の犠牲の件は問わないと言ったのである。

(傭兵の命ってそんな物なんだ)

 お菊は思ったのである。

「鈴木殿の雑賀衆、いや根来衆とも会合衆(堺の商人の自治を行う衆)は持ちつ持たれつの関係。硝薬(鉄砲の火薬)の売買の大事な客でもあり(硝薬は中国の明からの全量輸入で)輸送には会合衆の船だけでなく雑賀衆の船も必須。我々も鈴木殿に合わせましょう」

 心眼と弥生は頭を下げた。

「凛凛を六花仙にするのは良い。門徒が多い堺衆も会合衆も和泉衆(堺の近隣領国)も喜ぶ」

(大人の都合で凛凛を六花仙にするんだ)

 お菊はなんか嫌な感じがしたが。

「ただし!」

 男は突如厳しい口調に戻ったのである。

 心眼と弥生たちの顔は再度緊張した。

「凛凛の執事が撃たれて戦死したのは由々しき事態。三好長慶様がお元気な頃は統制が取れてこのような事は起こらなかったが?長慶様を継いだ三好三人衆は心持たないですな。篠原(長房)殿の方が当てになるのでは?」

「みな長慶様のようにならねばと全力は尽くしております」

 心眼が返したが

「心眼殿。以前もお話しましたが(中国大陸の)明王朝にはこの国は帝と王の長慶様に統治されていると報告しています。長慶様亡き今、明王朝に王の件をなんと回答しようか迷ってもいるのですが」

「三好義継公が後継者でありますが」

「でも今はあなたたちの敵でしょ?」 

 三好義継だが三好家の後継者だが若い義継は実権が無く篠原長房や三好三人衆の傀儡だった。義継はそれが不満で同じく篠原長房、三好三人衆と不仲だった松永久秀と突如組んで1567年頃から織田信長に付き篠原長房、三好三人衆と手切れになったのである。

「確かに。三好家の都合でこのような次第は申し訳なく。ただ彼らはこちらに戻る意思を見せています。今は篠原長房公、三好三人衆と最終調整中でして」

 心眼が言い訳っぽく返したがこれは事実で三好義継と松永久秀だが再度篠原長房、三好三人衆、そして石山本願寺と手を組もうとしていたのである。

 篠原長房、三好三人衆、三好義継、松永久秀そして石山本願寺も雑賀衆も根来衆もだが強権的で当時は田舎と目された尾張の信長の配下になるのを良しとしなかったのである。

(この人たちなんで?)

 ただ政治に疎いお菊はこの動きがさっぱり分からなかったが。

「なんとまぁ悠長な。最近ですが織田の家臣衆が堺に来ましてな。硝薬の件で敵対する三好三人衆や本願寺に売るなと来ました。その分は織田が買い取ると。随分威勢が良かったそうで。村井とか島田とか明智とか名乗ってましたな」

(!)

 こんなところで光秀の名前が出てお菊は驚いたが男は構わず続けた。

「堺の商人ですが以前武力を盾に矢銭を織田に吹っ掛けられたので織田を随分と恐れています。織田はまるで蛮族だと。今回は織田が長房殿や本願寺と争っている最中で巻き込まれたくないのとひと稼ぎしたいので堺衆は曖昧な返答ではぐらかしたようですが。後で聞いたら織田の家臣衆はキリシタン系の明の商人にも声を掛けていたとか。大量に買うから堺の商人より値引けと言ったとか。まぁなんと口うるさいだけでなく金の管理までもが細かい連中かと。ただ織田は戦が精強だけでなく政治も細かいと堺の商人が恐れてるのは分かりましたがな」

「一時(いっとき)の勢いは確かにありますが」

「まぁ良い。一時かどうかはいずれ分かる。みなさんの勝利を信じてはいるが。織田は延暦寺や長島願証寺との交渉を聞く限り随分と強権的のようだ。堺衆も会合衆も今まで通り自分たちで(自治を)やりたい。だからあなた方を支援する意義はある」

「今まで通りのご支援ありがたく!」

 心眼は深く頭を下げた。

「堺でも増えているし会合衆も認めてはいるが明もイスパニアと結託するキリシタンとか言う怪しい南蛮宗教が増えて明王朝も明の仏教徒も連中を警戒している。織田はそんなキリシタンと友好的とか。キリシタンを怪しむ(硝薬の産地の)明王朝や明の仏教徒の歓喜をイスパニアとキリシタンと友好的な織田と戦い買うのは商売的に良い事。これで今回は話を付けようかと」

 心眼らはほっとしたのである。会合衆も堺衆も今まで通り本願寺の支援を続けてくれるのである。

「あと、もうひとつ。そちらのお嬢さん。こちらへ」

 この男はお菊に傍に来るように言ったのである。お菊はよく分らずこの男の傍に立ったのある。

「!」

 心眼と弥生たちは再度緊張したのである。


「凛凛の件はいつも世話になっているよ。礼を言うよ」

「はい」

 そう言うと男はそっとお菊の左手を取って自分の右手で握ると今度は自分の左手でお菊の手の甲を撫で始めたのである。

「!」

 お菊は引いてしまった。

「私は凛凛の 父 とでも申しておこうかな」

(何?この人が凛凛のお父さん?嘘だ!)

 お菊はお凛と全然違うこの男がお凛の父とは信じたくなかった。

「まるでお人形ですな。素晴らしい。私は日本のお人形の愛好家でしてな」

「!この子はあなたの御子女のお凛のお友達ですよ!」

 弥生がすぐに間に入ったが男は気にも留めず

「ほう。これはこれは」

 と言ったまま今度はお菊の背中に手を回しお菊の長い黒髪も撫で始めたのである。

(この人……何を?怖い!)

 お菊は直観的にこの男に恐怖を感じて少し震え出したのである。

「大丈夫だよ。怖くないよ。おい。このお人形さんを私の部屋にお連れしろ。これで手打ち。如何かな」

「あなたの娘の友達なのよ!恥を知りなさい!」

 弥生が突如大声を上げたが

「私は何もやましいことはしていない。堺では人買人売はよくある事では?このお人形さんはとても良い逸材だ。南蛮人に評判になる」

「汚らわしい!お断りします!」

 再度弥生が大声を上げると同時に突然 ガタン! と言う椅子が倒れる音がすると冬が立ち上がり

「旦那様!この子を連れて来たのはあなたの 趣味 のためじゃなくてさ!あなたの娘さんのお凛に会わせて詫びて友達として一緒に阿弥陀如来様の為に戦う者同士で励まそうと思ってさ!だからこの子をお凛の部屋に案内したいんだけどさ?どうだい?」

「やれやれ。威勢が良いな……まぁ良い。おい。このお人形さんを凛凛のとこに連れて行ってやれ」

 男は不機嫌そうだったがそれ以上は荒げず別の秘書に命じたのである。

 しかし冬だがお菊に付いて行ったのである。

「あなたはここで待って頂きたいが」

「広いお屋敷だから人さらい妖怪が出たら困るってさ!お菊に何かあってまた管理不足うんぬんを言われたくなくてね!」

「……」

 男は渋い顔をしたが黙ったのである。冬はお菊の後を秘書と付いて行ったのである。

 お菊と冬が出て行くと

「先ほどは大声を上げてご無礼を」

 弥生はお凛の父に詫びたのである。

「いやいや、みなさん噂通り威勢が良くて結構で。さて、久々にご婦人にお叱りを受けましたな。私の妻はみんな私を怒らないので今日はとても新鮮だ」

「!」

「基本私は幼いお人形が好きだが大きくなったお人形もたまには悪くないですかな。あなたには後で私の部屋に来て頂きたいがよろしいかな?それで今回は手打ちだ」

「……承知しました」

 弥生は諦めの顔で返したのである。他の面々は怒りの形相をお凛の父に出していたのであるが。



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