武士とは何ぞや
第17話 7-1
三雲城に滞在して数日。重大な情報もたらされたのである。
まずは六角義賢と共同前線を取る予定だった北近江の小谷城の浅井長政だが近江長浜城で立ち塞がっていた織田方の羽柴秀吉に敗北して南進できなくなり義賢と共同戦前を構築できなくなってしまったのである。
更に信長が比叡山延暦寺、朝倉義景と対峙する拠点の滋賀大津から柴田勝家と明智光秀の軍が東に移動を開始したとの情報も入ったのである。義賢を討伐する部隊の可能性があり
「くわあ!ワシも終わりだ!」
義賢は肩を落としたが
「単に尾張か美濃に兵糧などの関係で移動してるだけかもしれません!(京に向かった)三好三人衆本隊の報告を待ちましょう。それから対応しましょう!」
杉浦玄任が義賢を慰めたのである。
その後、心眼は弥生、阿形、吽形、マリアと今回の太郎兵衛、奈阿、京香、倉蔵の事件の総括と今後の相談をしたのである。
「太郎兵衛、京香、奈阿の亡骸は石部の宿場町の門徒衆や(石部宿の浄土真宗寺院の)浄蓮寺が対処してくれたそうだ。(三河出身の)太郎兵衛と奈阿は徳川家康公が責を持って三河の2人の実寺(家)まで送ってくれるそうだ。京香も先ほど伊賀衆と一緒に(実家の伊賀に)帰って行ったそうだ。南無阿弥陀仏」
心眼がそう言うと一同手を合わせて念仏を唱え亡くなった3人を弔ったのである。
「家康公から顕如様に対する詫び文が来たのは驚きました。やはり家康公が雇った傭兵が家康公に門徒衆の対処の確認を取る手順を怠った事で起こった悲劇だと」
「家康公の配下にも門徒衆が多いそうです。あの徳川の陣で傭兵を斬った男も門徒衆だそうです。ただ三河の門徒衆には苦労ばかりかけてしまっていますが」
阿形と吽形はため息をついた。
徳川家康だが若い頃は駿河の今川義元に仕え信長とは敵対していたが1560年に桶狭間の戦いで予想外に義元が織田信長に敗れ戦死すると父の拠点だった三河岡崎城に入り今川から独立。尾張を統一しようとしていた信長と手を組んでお互い背中を固め家康も三河統一を目指したのである。
ただ家康はまだ岡崎城を拠点として西三河をかろうじて抑える程度であった。家康だが三河統一を焦って西三河衆だけでなく免税権、不入りの権があった寺院勢力からも兵糧米を徴収したのである。この結果1564年だが親今川方の衆や家康のやり方に不満を持っていた衆、寺院勢力では不入りの権を害された事に抗議する西三河で最大の宗教勢力の浄土真宗一向宗らが結託し大規模な一揆、三河一向一揆を起こしたのである。家康の家臣で一向宗を信奉していた本多正信や渡辺守綱も一揆に参加したのである。
しかし義元の後継者の今川氏真だが今川領内で発生した謀反のため西三河に援軍を送れなかったのである。また、家康の一向宗の家臣で一揆衆に味方した者もやはり主君の家康に弓を引けないと次々と家康に降伏帰参。半年ほどで家康優勢のまま両者和睦したのである。
なお本多正信は家康の元を去って松永久秀に仕えたが渡辺守綱は家康の元に帰参している。
ところが家康だが和睦が成立すると西三河での浄土真宗の布教を禁じ他の宗派への改宗を命じたのである。そして家康に従わない特に石山本願寺系の寺院は破却したのである。
ただ家康に従い個人で信奉する者には目をつぶったのである。まだ弱小な家康の家臣や兵を失いたくない気持ちからであった。更にややこしいが浄土真宗でも石山本願寺とは疎遠で家康に最初から味方した浄土真宗系の寺院や別宗派もおり彼らは今まで通り活動を許されそのため渡辺守綱のように表向きは禁止されていた浄土真宗を信奉する者が家康配下には居たのである。
このような複雑な事情もあり三河一向一揆を指揮した空誓上人も罰せられる事なく石山本願寺に追放される事も無く三河の奥地の何処かの寺に居たままの混沌とした状況であった。家康は浄土真宗に対して表と裏の対応をしたのである。ここ石部の宿場町でもそのように対応しただけである。
「まぁこちらに連絡してくれた石部宿の門徒衆と(石部宿の)浄蓮寺の僧はこれ以上の騒ぎは御免なので義賢殿には協力せずに大阪(石山本願寺)に帰って欲しいとも言っていたそうだが」
心眼が言うと一同黙ったのである。
「浅井長政公が敗北し南進できず共同戦線が張れないのであれば撤収も仕方ないのでは?」
弥生が言うと
「義賢殿を見捨てる事になるので杉浦殿が賛成しないだろうが」
心眼が返すと
「でも義賢公の戦力では少なすぎて織田に太刀打ちできません」
「地元の門徒衆にこれ以上迷惑を掛けるのもどうかと」
阿形と吽形も弥生の撤収の意見に賛成したのである。
「伊賀衆と甲賀衆(の門徒衆)めちゃくちゃ怒って京香と帰って行ったらしいで。杉浦の無謀な作戦で味方に殺されたみたいなもんやって」
「……」
マリアの率直な言い回しに心眼は返せなかったのである。
心眼は少し間を置いてから
「倉蔵はもう戦えないので大阪に戻そう。ついでに顕如様と(篠原)長房公にも撤収したい旨の一報をまずは入れて返事を待とう」
「柴田勝家と明智なんとかがここを攻めて来るのが先か返事が帰って来るのが先かどっちか分からんけど。やれやれやね」
マリアが投げやりに言うと心眼は黙ったのである。
その後、心眼は再度阿形と吽形とだけ今後の件を相談したのである。
「柴田勝家公と明智光秀公の部隊が石部宿に向かっているようだがその割には家康公の本陣には動く気配が無いようだが。ここ(三雲城)が狙いではなければ何だ?本当に兵を休めるために美濃尾張に戻すのか?」
心眼は織田の動きをいぶかっていた。
「朝倉義景公、比叡山延暦寺と大津で対峙する信長公ですが戦力的には(五分で)余裕はないはずですが」
「少し気になるのですが(石部城の南の野洲川対岸の)菩提寺城に織田と思われるの使者が出入りしているようです。菩提寺城の城主は義賢殿の息子の義治殿ですが。何でしょうかね」
阿形と吽形もいぶかっていた。
「探るか。石部の宿場町に行くか」
「我々にお任せを!」
阿形と吽形が心眼に石部の宿場町に探りに行く間者(スパイ)を申し出たので心眼は了承したのである。
その時だが義賢と杉浦が興奮しながらやって来たのである。
「おぬしら大変じゃ!すごい情報が入った!」
「柴田勝家、明智光秀、徳川家康が石部の宿場町の寺で密談をするそうじゃ!」
「ありえないですな。その知らせの出所は?」
杉浦に心眼は偽情報(ガセ)ではないかと言うと
「石部の宿場町の門徒衆からじゃ!奇襲を仕掛けて3人を討てば織田は大打撃じゃ!」
「なるほど。しかし大将は丸腰で動かないと思いますが。柴田殿と明智殿には護衛の軍だっているでしょうな。やはりこの城を狙っているのでは?そのための作戦会議では?」
軽率で戦場(現場経験)に疎い杉浦を侮蔑するように心眼は言ったつもりだったが
「石部の宿場町は狭くて建物が密集しとるので大軍を生かし難い!会談の場所だけ掴めば少数の奇襲で行けるはずじゃ!我が兵は士気が上がってる!急いで準備しなければ!本願寺も支援を頼むぞ!(菩提寺城の)息子(義治)にも使者を送れ!」
義賢は興奮したまま続き言いたい事を言うと杉浦と一緒に準備に出て行ったのである。
「この前の徳川の陣で傭兵を成敗したあの男が出て来たら六角勢はあの男一人に苦戦するのでは?」
阿形が軽率な杉浦と義賢に呆れながら言うと
「それも良い薬では。そうなれば我々もここから撤退する妙文ができますな」
吽形も呆れ気味に返したのである。
「まずは我々だけで真相を探ってみよう」
心眼だが情報収集を優先したのである。
石部の宿場町だが徳川の兵が休憩や買い物に出入りしていると言う。布陣の長期化による兵への負担を減らすためと気分転換で家康も許していたのである。
警備も先日の事件もあり家康は地元衆とこれ以上の諍いを避けるため地元衆に任せて徳川方はあまり絡まないようにしたので逆に石部の宿場町には入りやすくなっていたのである。
「あなたたちが?」
弥生は驚いた。お菊と小次郎が今回の石部の宿場町へ間者(スパイ)を送り込む件を聞きつけ志願したのである。
「杉浦殿と六角殿が大声で話してるの聞いちゃった。あたし明智殿とは因果だし」
「2人で子供の物売りで入れば怪しまれないかなって」
お菊と小次郎が屈託なく言ったが
「偽情報ではと心眼殿は疑ってるけど。私もよ。織田の重臣が少数で動くとは思えないわ」
弥生が返したが
「でもなんか明智殿って裏をかくの得意そうな気がするから本当に来るかなと思って。前もすごい少ない兵で動いていたし」
「昼間なら入りやすいかなと思ってさ」
それでもお菊と小次郎だが熱心に間者を希望したのである。
「奈阿たちの件があったから私はあまり賛成できないけど。心眼殿に相談するわね」
弥生は回答を保留したのである。
弥生は心眼と相談したが小次郎の言う通り昼間ならば子供の物売りで入れば大丈夫だろうで落ち着いたのである。万が一に備えて後方に流しの僧の振りをして阿形と吽形も配置すると言う。
早速作戦は翌日の本番に備えて実行されたのである。小次郎が草履売り、お菊がちまき売りで二人の着物や小物が大急ぎで準備されたのである。
小次郎は男子の町人の子がよく着る無骨な緑の着物に袴、お菊も若い町人の女子が好んで着そうな丈の短い可愛い黄色の着物が用意されたのである。いずれも弥生が徹夜で造ったのである。
翌日だが
「お!似合う似合う!本物の草履売りとちまき売りだよ!」
弥生が徹夜で造った着物を小次郎とお菊が着るとマリアが冷やかしながら言った。
「さすが裁縫の達人の弥生だ」
心眼も称賛したのである。
弥生はお菊の自慢の長い黒髪を馬の尾のようにきれいに束ねた後に着物の丈の長さを調整したのである。
「あら?少し短かったかしら?お菊、背が伸びたかしらね?」
「動きやすいから良いんじゃないかい?生足を魅せれるのは若者らしいってさ」
弥生はマリアと話してたが
(弥生さんってほんと死んだ母上と同じ香りだ)
「母上」
お菊は着物の丈の調整をしてもらってる最中に思わず小声で呟いてしまったのである。
「え?」
弥生が思わず返したが
「あ!何でもない!」
お菊は慌てて顔を赤らめて下を向いてしまったのである。
金額と銀閣だが小物の天秤棒を用意し売り物を収納して小次郎とお菊に持たせると
「近江の丈夫な草履はいらんかね?」
「甘くておいしいちまきだよ!」
小次郎とお菊はちゃんと演じて見せたのである。
こうして準備か完了すると
「行ってきます!」
お菊と小次郎は元気よく出発して行ったのである。
「では我々も追って出発します」
阿形と吽形が間を少し開けてお菊と小次郎について行こうとしたが
「私が行きます」
弥生が自ら行くと言い出したのである。
「休んでいて良いぞ。昨夜は徹夜で小次郎とお菊の着物造りで疲れただろ?」
心眼が気遣ったが
「大丈夫です。ちょっと私も徳川の陣のあの足軽大将が気になったので」
「あの男の事か。多分お菊も小次郎も明智殿よりあの男が目当てだろうな」
心眼はお菊と小次郎の目的を見抜いたように言った。弥生もうなずいたのである。
弥生だが急いで壺装束の町人の婦人の装いになると荷駄持ちの長兵衛と太郎を連れて出発したのである。
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