第4話 計画の裏側

 王子とアメリアの仲が“社交界の噂”になるのは、時間の問題だった。いや、元々二人は知らない人がいないほどの支持を集めていた。悪役令嬢の私を踏み台にして。


 ――それなら、いっそ、その立場を利用してやる。


「お嬢様、本当に放っておいてよろしいのですか?」


 豪華な朝食を食べてる横で、カイが控えめに尋ねた。


「ええ。放っておけばいいわ。噂は好き勝手に育つものよ」


 ナイフの刃に映る自分の顔が、少しだけ冷たく笑っていた。


 噂といえば……


「そういえば、殿下のお兄様。第一王子の行方はまだ分からないままなの?」


「……カイウス・アーデン殿下ですか。当時は国を挙げて捜索されましたが、現在は打ち切りとなっておりますので……」


 そう、原作にも少し語られていたが第二王子には兄がいた。本来なら王位を継ぐはずの彼が、護衛の眼を掻い潜って、ある夜こつぜんと姿を消したのだ。


 なので後継者は第二王子になったのだが、跡を継いだユリウスは“温厚で優しい王子”として国民の支持を得ていた。しかし実際は、甘やかされて育った為、仕事はすべてリリアナ任せ。王族としての責務より、アメリアとの逢瀬を優先する”色ボケ王子”にすぎなかった。この国が落ちぶれるのは、時間の問題かもしれない。


「はぁ……あんな王子でこの国は大丈夫なのかしら」


 それだけは避けたい、なぜなら私は最近、孤児院への寄付を始めていた。最初はアメリアの邪魔をしようと始めたことだが、孤児院や街に通うにつれて、この国の裏の部分がどんなに残酷なのかわかってしまった。


 前世の私は、冷房の効いたオフィスで文句ばかり言っていた。でも、この世界の貧民街では――“生きる”だけで戦いだ。今の私も、以前の私も恵まれた環境にいたと気付かされた。そう思うとほんの少しだけ、アメリアに対して同情心が湧きかけたが、彼女が慈善活動を名目にしてで何をしていたのかを知り、その感情はすっと消えた。そして、私は迷わず領地の貧民街の再建に乗り出していた。


 ……そう、彼女が生まれたあのスラム街を。


 完成すれば、少しは人々の生活も変わるだろうと。偽善者と言われればそれまでだが、私がすると決めたのだ。


 さらに前世の知識を活かして、この世界にないある事業を立ち上げた。それは女性にとって欠かせないもの。日焼け止めや化粧水などの美容事業だ。そして、一定の収入源を安定して確保するために、私は架空の商人名を使って密かに活動している。公爵令嬢リリアナだという正体は隠して。


 これが思いのほか大当たり。……まあ、自分が使いたかっただけなんだけどね。


 夜な夜な帳簿を広げ、より効率的な改革案を考えるのが日課になっていた。まさか、ブラック企業で鍛えた管理能力がこんな形で役立つとはね。男社会で揉まれた社畜魂なめんじゃないわよ。


「お嬢様が商才に長けているとは……驚きました。本当にお嬢様かと疑うほどに……ね」


 ま、まずい……カイには隠しごとが通じない。両親とは滅多に顔を合わせないが、彼は常にリリアナの側にいる。カイには、“私が何かを隠している”ことを、うっすら察されている気がする。


「ごほん、ところで、例の調査は続いているのかしら?」


「ええ、滞りなく。来週の舞踏会には間に合うかと」


 ーー舞踏会。

 本来なら婚約者からドレスが贈られ、当日のエスコート状が届くはずだ。……もちろん、ユリウスからそんなものは届いていない。でも、その方が好都合だわ。


「お嬢様は、悪役ではないんですけどね」


 カイの声音がいつになく柔らかかった。


「……ふふ、いいのよ。悪役は強いんだから」


 そう話していた時だった。

 突然、勢いよく部屋のドアが開かれた。


「リリアナ様!」

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