第2話 神崎さん
僕は課長に教えられた自分の席につき、荷物を左の一番下の引き出しにしまい、受け取った一覧表をめくり始めた。
一覧表の上には『部外秘』と記載されていて、ざっと140名ほどの氏名、年齢、性別、受給歴、特性、特記事項が記載されていた。
あと備考欄には、いろいろなマークが付けられていた。おそらく、あまりおおっぴらには書きづらい特殊ケースにまつわる情報なのだろうが、その意味は、後で相棒となる先輩に聞かなければわからなかった。
ざっと一覧表を見る限り、やはり高齢者が多いイメージだった。
加齢による体調の悪化が起こるだろうし、就職先も、ある程度以上の年齢になれば、なかなか見つかりにくいのだろう。
次に目についたのは、意外にも40代だった。普通に考えれば働き盛りの年代だが、おそらく氷河期世代の影響があるのだろう。
しかし、この140人と言う人数が、職員2名で担当するのに、多いのか、少ないのか、それとも普通なのか、経験がないために判定がつかない。
新人研修では、各部署の概要やその意義について説明があったが、具体的に、その部署でどのような業務がなされていて、かつ、その業務の現実的な実態がどういうものかは、何も説明がなかった。
小1時間ほど一覧表を眺めていると、夕方になり、課員が次々と戻ってきた。
自席は、僕の机を含め、6つの机で1つの島になっており、おそらくこれで1つの係を形成しているようだ。
その島にも1人の女性が戻ってきた。
30代半ばくらいだろうか。非常に線が細く、華奢な感じで、こんな方でもケースワーカーに回されることがあるのかと、少し驚いた。
「はじめまして。新人研修が終了し、こちらの部署に配属になりました。山田康太と申します。どうぞ、よろしくお願いします。」
僕は立ち上がり、その女性に頭を下げて挨拶をした。女性は大量の荷物を机の上に置くと慌てて頭を下げ
「援護課2係の田中です。よろしくね。最初から援護課とは、ついてないね。」
と挨拶を返してくれた。僕が苦笑いをしていると田中さんは
「山田君はメンタル強い方?」
と、小首をかしげて聞いてきた。
「どうでしょうか、自分ではよくわかりませんが。」
田中さんは曖昧にうなづきながら、机の上の荷物を片付け始めた。
「あ、あの、僕と組むことになる先輩は、いつ頃戻られますか?」
「え?あぁ、神崎さんね。そろそろだと思うけど。」
そう言うと田中さんはホワイトボードを振り返った。それから、僕に向かって小声で
「神崎さんは2係のエースだけど、厳しい人だから気をつけてね。」
と苦笑いをしながら教えてくれた。
「そ、そうなんですね。」
市の政策を策定する政策企画課を希望したのに、ケースワーカーで、しかも、バディは援護課のエース。
さぞかし厳しい、燻銀のケースワークの鬼みたいなおっさんなんだろうと思うと、ため息しか出ない。
とりあえず3年だ。
3年懲役くらったと思って我慢すれば、また部署替えで生活援護課を出ることができる。
ここで3年を過ごせば次はそれを考慮して、ある程度、希望を聞いてくれるに違いない。
僕は自分をそう慰めていた。
「神崎さんはね、ここの人じゃないんだよ。」
荷物をあらかた片付けた田中さんは、水筒をラッパ飲みしながら話しかけてきた。
「ここの人じゃないっていうのは、どこか違う地方出身ということですか?」
僕もそうだが、他県出身者はさほど珍しいことではない。わざわざ田中さんがどうしてそんなこと言うのか疑問に思った僕は、聞いてみた。
「違う違う。そうじゃなくて、神崎さんは国家Ⅰ種で中央から派遣されてるらしいよ。」
「え?どういうことですか?市役所採用じゃないのですか?」
「うん。私たちも詳しい事は聞いてないけど、どうも、総務省あたりを経由して、なんやかんやして、うちの市に派遣されてるみたい。」
僕は、長年、生活援護課にヌシのようにいるおじさんを想定していたが、キャリア官僚で経験値を積むため地方へ出向しているやり手の若手官僚にイメージを切り替えた。
どっちにしてもやりにくそうだ。
僕が苦手意識を醸成していると
「あ、お帰りなさい、神崎さん。お疲れ様です。」
田中さんが、僕の後ろの入り口を見ながら、声をかけた。
「ただいま帰りました。田中さんもお疲れ様。山本さんの相手は、やっぱ疲れるわ。」
若い女性の声に、僕が振り返り出入口を見ると、そこにはすらりと背が高く、はっきりとした目鼻立ちで、見る人に柔らかい印象と、同時に、仕事の切れ味が鋭そうな印象も与える、ショートカットの20代後半くらいの女性が立っていた。
これが神崎さんと僕のはじめての出会いだった。
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