3-7. "Fixed" Game
人間はみな月である。
誰にも見せない暗い顔を持っているのだ。
小説家 マーク・トウェイン
球審による「プレイボール!」のコールは、大歓声と拍手でかき消された。主に三塁側に陣取った、黒人ファンたちの声だ。
その審判も実は、組織の息がかかっていた。ホームのチームが審判を用意するのが通例であったので、当然と言えば当然だった。つまり、ストライクとボール、アウトとセーフ、ひいては試合の隅々までメトロポリタンズに有利な判定が続くのだった。
これは何も、裏で金が動いているからというだけではない。黒人への蔑視や敵視の所為でもある。組織にとっては金を失わないため、そして白人のメンツのため、メトロポリタンズは何があっても負けるわけにはいかなかった。
しかし、対するジャイアンツのナインは、決して前評判通りに劣ってはいなかった。そもそも、白人のチームと対戦した例がなかったから、実力が適切に測られることはなかったし、彼らは黒人だけで構成されたリーグで無類の強さを誇っていた。それでも格下と認識されてこの試合が組まれたのは、黒人に野球など出来っこない、という潜在的な差別意識が根底にあった。
その本来の実力に加え、白人とは違う堂々とした誇りを証明しようと臨んでいる彼らの強さは、小手先では如何ともしがたいものがあった。白人の優位にしがみつこうという屈折したプライドと、黒人たちのそれを跳ね返そうという切実なプライドとの、質的な差がゲームに表れるのだ。
まず初回、ジャイアンツの先頭打者に相対したメトロポリタンズの投手は、ろくに勝負しようとしなかった。一球目に、あえてど真ん中のスローボールを投げて挑発して見せ、それを見逃した打者を煽る。
「おいおい、こんな球を見逃すなんて、打席は初めてか?」
続く二球目、またも挑発的に、打者が思わずのけぞって避けるようなボール球。そしてこれを、審判がストライクと判定するのだった。その判定に不満を示した打者に対し、審判はこう答えた。
「ああ、確かにボールだろうな。お前の肌が白かったなら」
そして三球目、渾身の力を込めた直球が、打者の肩に当たった。
「ふっ、外したな」
そう呟いたのは、腕組みのまま試合を観ていたクーニーである。もちろん「外した」の意味は、ストライクゾーンを外した、ということではない。投手は打者の頭を狙ったのに、肩に当たってしまったのである。
衝撃に倒れた打者は、立ち上がるや否や投手へ詰め寄ろうとしたが、ベンチから宥められて、震える拳に怒りを押し殺す。流石の審判もストライクと判定するわけにはいかず、打者は一塁へ歩いた。
その様子に野次を飛ばすのは、一塁側のベンチと観衆だった。挑発に応えず黙って一塁へ歩く姿を、
「チキン野郎!」
と罵るのだ。しかし、ジャイアンツの選手は皆分かっていた。挑発に応えれば、「やはり黒人は暴力的な獣」とのレッテルを貼られ、なおさらに白人を利することになるのだということを。だからその野次にも、内心はともかく、全く耳を貸さない振りをする。
ケイシーは、その気持ちが分かった気がした。グラウンドでは人種や階級は関係ない、ということを証明したい一心で、屈辱に耐えるのだ。これはあくまで野球の勝負だ、という姿勢を崩してはいけない。
罵声と歓声の入り混じる二番打者の初球、一塁走者が走った。意表を突かれた捕手はボールを握り損なって、盗塁が決まった。白人観衆からのため息が捕手を責める。
(いや、ミスがなくても多分決まってたな)
捕手の後方から見ていたケイシーは、走者の速さに驚かされた。これはなかなか大変な試合になるぞ、と思った矢先、打球が右中間を破っていった。
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