3-5. 成長

人間はみな月である。

誰にも見せない暗い顔を持っているのだ。

小説家 マーク・トウェイン



 それからというもの、ケイシーはすっかりこの組織に馴染んで、ありとあらゆる仕事をこなした。盗みはもちろん、賭場の運営、違法な酒の製造、麻薬の売買、人攫いなど、任されるままに取り組んだ。


 ケイシーや組織の人間にとって、これは罪などではなく、あくまで仕事だった。生きるために人を犠牲にしたり、騙したり、虐げたりすることが罪だというなら、この社会の人間は全員が犯罪者だ。ベンドをはじめ移民の集まるテネメント街の住人が、ケイシーの母のように、不幸を押し付けられている。それを見て見ぬふりして、この社会の歪みに黙認という形で加担するなら、アメリカ人は皆共犯者だ。かつて奴隷を拳で打った奴隷主も、危険な工場で労働者を酷使する企業家も、その製品を買う大衆も、皆等しく加害者だ。どうして自分たちだけが責められようか。


 そうしてケイシーが十五歳になった一八八五年、突然ボスに呼び出された。ボスとはあの怪物のことだ。


 ケイシーは不思議に思った。普段は、仕事の割り当てから報酬の授受までクーニーとフリンを介して行われるから、ボスに会うのはあの時以来なのだ。何か普通でないことを告げられるのは間違いない。


 首を傾げながらボスの元に赴いた。ボスの私室は賭場の奥、地下にあった。

「失礼します」

 慇懃に頭を下げる。

「おお、久しぶりだね」

 側近がおらず、二人きりだ。初めて見た時よりは、異様さを感じなかった。ケイシーが成長したのも要因だが、何より自分と彼が同質であるという言葉の意味を実感していたためだろう。


 ボスは、こういう組織の常、身内には非常な優しさを見せる。家族という言葉の通りだ。

「見違えるようだな、最初に会った時より随分背も伸びて、筋肉もついて。良い物を食べているからだろうね。無精ひげもよく似合う」

 闇の世界の荒波に揉まれたケイシーは、逞しく精悍な男になっていた。

「おかげさまで」

「それに、もう迷いは無くなったようだ」

「……おかげさまで」

「いいだろう、で、話というのは、だが」

 ボスは片眉を上げて、手元の紙に目を落とした。

「うむ、君が野球に詳しいかは知らないが、ニューヨーク・メトロポリタンズというチーム名を耳にしたことがあるかね?」

 予期せぬ名前に少し意表を突かれたが、それを表には出さぬように努めた。

「もちろんです」

 試合を観に行ったことも、とは言わなかった。単に言う必要がなかったからだ。ボスは目線を落としたまま上げない。

「ならば話は早い。あれは私らと繋がりのあるチームなんだ。主に賭け事でね」

「……賭け、ですか」

「ああ、その仕事だ。詳しい話は向こうで聞いてくれ」

 ボスはそう言って、見つめていた手元の紙を寄越した。新聞の記事だった。軽く見出しを見ると、メトロポリタンズが今日試合をするという記事だった。

「ポロ・グラウンズだ。分かるね? そのオフィスにいつもの二人がいる」

「……承知しました」

「おや、何か気になるかね」

 ぎょろっとした目だけを動かして、ボスがケイシーの顔を覗き込んだが、「いえ」とだけ短く返事をして、退出した。一度とて振り返らなかったから、ボスが何やら思案して、こう呟いたことは知る由もない。

「もうあと一歩、だろう。背中を押してやらんとな」


 ケイシーは、ポロ・グラウンズへの道すがら、記事を破いて捨てた。風に散っていった紙片を、かつてのケイシーのような少年が拾うのだろう。

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