第25話 樹齢五百年
そして、放課後になった。しかし、時雨は気持ちが乗らず、オカ研に行く気になれなかった。と言って、帰る勇気もなかった。
そんな状態で、教室でボケーッとしていたら、大和先輩がやって来た。
「時雨、どうかしたのかい?」
「あっ、大和先輩。いえ、何でもないです。今、行きます。」
時雨は戸惑いながらカバンを持つと、大和先輩と一緒にオカ研へ向かった。カバンが、とても重く感じた。
オカ研に着くと、世里奈先輩だけでなく、蓮沼部長と帆夏も来ていた。
「あれ。帆夏、もういいの?」
朝もいなかったし、授業にも出ていなかったから少し驚いた。制服も新しくなっていた。
「午前中に大和先輩からメールをもらって、幽剛を捕まえたって教えてもらったの。それで、来てみたの。」
「そうだったんだ。もう、心配したんだよ。体の方は、大丈夫なの?」
「うん。ゴメンね。これで不安はなくなったから、明日からまた学校へ行くつもり。朝、一緒に行っていい?」
「もちろん。良かった。」
時雨は、心底喜んだ。それから、蓮沼部長にも声をかけてみた。
「蓮沼部長。退院、おめでとうございます。いつ、退院したんですか?」
「昨日だよ。今日から、またよろしく。」
「いえ、こちらこそ。でも、お元気そうで良かったです。」
今度は、大和先輩が皆に話しかけた。
「全員集まったので、もう一度言います。大変だったけど、この三人で幽剛を捕まえることができました。安心して下さい。この中に、閉じ込めましたので。」
そう言って、幽剛箱を見せた。そうしたら、全員が拍手をした。
蓮沼部長はそれを見て、部長らしいセリフを吐いた。
「この中に、幽剛が入っているんだな。三人共、本当によくやってくれた。とにかく、部長として誇らしいよ。」
「ところで、これ、どうするの?」
世里奈先輩が聞くと、蓮沼部長が部員に問いかけた。
「この近くに、樹齢五百年の大きな木があるんだ。古い木には、霊を鎮める効果があるんだけど、それでなんだが、この木の下に埋めてしまうのがいいと思うんだが。」
「いいと思います。」
「賛成よ。」
「私も賛成です。」
大和先輩と世里奈先輩と帆夏の三人は、肯定的だった。けれど、唯一人、時雨が言い難そうに下を向いて言った。
「あのですね。皆に、話さなければいけない事があるんです。」
「何かな?」
蓮沼部長が素朴に尋ねてきた。
「実は、幽剛を小瓶に封じ込めた時に、幽馬も一緒に入ってしまったんです。」
「幽馬も?」
帆夏が驚いて聞いてきた。時雨は、辛い気持ちを堪えて話を続けた。
「うん。それで、桜木先生も今日、学校に来てなくて。」
続いて、大和先輩が質問してきた。
「それって、幽馬が桜木先生の体に戻ってないってこと?」
「分かりません。でも、そうだったらどうしようって。」
時雨が俯いて答えると、今度は世里奈先輩が聞いてきた。
「ねえ、時雨。あの時、幽馬が蓋を閉めるように言ったのよね。」
「はい。幽剛と幽馬が一緒に小瓶の中に入って、その中から幽馬が言ったんです。」
時雨は辛そうに答えた。そしたら、世里奈先輩と大和先輩が申し訳なさそうに返した。
「そうだったのね。」
「そうだったんだ。あの時は、切羽詰まっていたから。ホント、すまない。」
先輩二人には見えないし、無我夢中だったから仕方のない事ではあった。
部室内が重苦しい雰囲気になった。
蓮沼部長が部員を説得するように述べると、大和先輩と世里奈先輩も同意した。
「きっと、幽馬はそうするしか幽剛を封印できないと判断したんじゃないかな。」
「そうだと思います。」
「私もそう思うわ。」
「幽馬を助けるために幽剛箱を開けると、幽剛も一緒に出て来てしまうよね。幽馬は、それを望んでないと思うんだ。辛いけど、このまま封印すべきだと思う。」
時雨が泣きそうな面持ちで答えると、帆夏が優しく時雨を抱きしめてくれた。
「はい。分かりました。」
「時雨…。」
「幽剛箱をこのままにしておくのは危険だ。幽馬には申し訳ないけど、今からこれを埋めに行こうと思うんだが、皆も一緒にどうだろうか?」
「行きます。」
大和先輩が代表して言った。表情は硬かったが、他の部員も頷いて答えた。オカ研五人の気持ちが一致した瞬間だった。
その後、全員で部室を出た。途中、園芸部に寄り、スコップを二本借りた。
学校から二十分くらい歩いた所に大きな公園があり、そこまで歩いていった。
公園の中へ入ると、大きな木がたくさん生い茂っていた。蓮沼部長の案内で、更に奥へ進んでいった。すると、一本だけやたら幹が太くて、巨大な木に遭遇した。
蓮沼部長は、その木を見上げながら話し出した。
「これが樹齢五百年と言われる、この辺では最も古い木なんだ。」
「この木の下に埋めるんですね。」
「ああ。大和、手伝ってくれるか?」
「はい。世里奈、この幽剛箱、持っていてくれるかな。」
「いいわよ。」
世里奈先輩は、素直に幽剛箱を受け取った。
蓮沼部長は、二本持っていたスコップの内の一本を大和先輩に渡した。そして、もう一本のスコップを、その木の根元から二メートルくらい離れた地面に突き刺した。
「この辺りにしようか。」
「分かりました。」
大和先輩が答えると、世里奈先輩が疑問を呈した。
「どうして、木の根っこから離れた場所にするんですか?」
「古い木だからね。木の根っこも太いし、あまりキズつけたくないからだよ。」
蓮沼部長が説明すると、世里奈先輩は納得した。
それから、蓮沼部長と大和先輩の二人で、その場所に穴を掘り始めた。交互に、手際よく掘り進めていった。しばらくは、無心に掘っていた。
その間、世里奈先輩は、幽剛の入った箱を大事に抱えていた。
時雨と帆夏は何も言わずに、ただ見守っていた。
「蓮沼部長、後どれくらい、掘るんですか?」
大和先輩が汗を拭い、息を切らしながら聞いた。
既に、スコップがほとんど埋まるくらい、恐らく六十センチメートルは掘っただろう。深くて、大きな穴ができていた。掘った土は、てんこ盛りになっていた。
「よし。この辺にしとこうか。」
蓮沼部長も汗を拭いながら答えた。息遣いも上がっていた。
二人は、穴を掘るのを止めた。
時雨が穴の方へ近づいて覗いてみた。
「たいぶ、掘りましたね。」
「これだけ掘れば、人には見つからないだろう。世里奈、悪いがその幽剛箱を持って来てくれないか。」
世里奈先輩も近寄ってきた。
「結構、深いのね。」
その穴を覗きながら、蓮沼部長に渡した。
蓮沼部長はゆっくりと、慎重に幽剛箱を穴の奥底に鎮めていった。他の四人は、無言でその作業を見つめていた。
幽剛箱を穴に沈めると、蓮沼部長と大和先輩の二人で穴を埋め始めた。埋める方の作業は早い。幽剛箱は、完全に土の中へと消えていった。
時雨は心の中で言った。
「幽馬、ありがとう。」
蓮沼部長と大和先輩は、最後にその穴を足で固めるよう強く踏み締めた。続いて、その穴のあった部分に、枯葉を撒いてカモフラージュした。
こうして、幽剛箱の入った穴は、完全に分からなくなった。
「これで、大丈夫だろう。一先ず、今日はここで解散しようか。明日の放課後、またオカ研で会議をしよう。これまでの事を記録に残したいから。」
蓮沼部長が部員に向かって話すと、時雨と帆夏と世里奈先輩が返事をした。
「はい。」
「分かりました。」
「明日ですね。」
大和先輩は、違うことを言った。
「そうですね。では、蓮沼部長、一緒にスコップを返しに行きましょう。」
「すまんな。じゃあ、皆、気を付けて帰ってくれ。」
部員は頷いた。
その後、時雨と帆夏と世里奈先輩は吉祥寺駅へ向かい、蓮沼部長と大和先輩は再び学校へ戻っていった。
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