第8話 危険がいっぱい

相変わらず僕は、電車内をウロウロ回遊していた。

時雨と帆夏は、以前のように九号車で落ち合わせて通学していた。なので、最近は、横にいる帆夏のことは気にせずに話しかけいる。

「やあ、時雨。今日も帆夏と一緒なのかい?」

「おはよう。そうね。何となく、こうなっちゃった。それに、まだ不安もあるみたいだし。この方が安全でいいと思うわ。」

何気に、帆夏の精神状態を教えてくれた。

「僕がこの電車内を見回った限りでは、他に痴漢する人はいなさそうだけど。」

「そうなんだ。幽馬がいると助かるわ。」

「そうなの?」

「電車の中って、孤立しているじゃない。特に女の子は、不安が付きものなのよ。」

「男とは違うんだね。」

「そうよ。他から情報入って来ないし、助けてくれるかも分からないから。」

「僕は、時雨の味方だよ。」

「うん。信用しているわ。一応聞くけど、幽馬もその気になったりとかしないの?」

「えっ。」

時雨の言葉に、ドキッとなった。痛いところを付かれたな。見透かされたかな。

そんな僕を見て時雨は、冷ややかな視線を向けてきた。

「ふーん。あるんだ。」

「い、言っとくけど、僕は触れないんだ。何もできないよ。」

「そうなの?でも、見るんでしょ。」

「見るんじゃなくて、目に入っちゃうだけだよ。」

目線を外して、苦し紛れの言い訳をした。

「上を飛んでいるからねえ。そう。幽馬は、桜木先生とは性格がだいぶ違うわね。」

「そ、そうかな?」

困っていたら、帆夏が時雨に話しかけた。今のところ、僕の声は聞こえてないようだ。

「ねえ、時雨。さっきから、何言っているの?誰と話しているの?」

「えっ、いや、ほら。独り言…かな。最近、痴漢出なくなったなあって思ってさ。」

今度は時雨が困った顔をして、話をはぐらかしていた。

「そうね。もう捕まったから大丈夫じゃない?そうは言っても、一人とは限らないか。」

「そう思う。痴漢って、どこにいるか分からないよね。今回捕まえられたのは、運が良かったのよ。あと、オカ研の成果よね。ホント、よくやれたと思う。」

「うん、そうね。皆、頑張ったから。それでもさあ、まだ不安はあるかなあ。」

「確かにね。帆夏がいてくれると安心する。」

「私も。一人より二人の方が安全よね。ねえ、時雨。朝はこのまま続けてもいいかな。」

「一緒に登校するってことよね。もちろん、いいよ。」

「良かった。じゃあ、これからもよろしくね。」

帆夏は、嬉しそうに微笑んだ。

あれ?そう言えば、静かだな。時雨は、辺りを見回した。けど、やっぱり、いない。

いつの間にか、幽馬は消えていた。


放課後になると、部活が始まる。時雨と帆夏は、オカ研へ行った。

部室内は前のように、ほのぼのとした雰囲気に包まれていた。平和が戻ってきたようだ。

ところが、その日の帰りことである。

時雨と帆夏は、一緒に帰ることも珍しくなくなっていた。ただ、今日は帆夏が吉祥寺で買い物をしたいと言ったので、駅の手前で別れた。

その後、時雨は一人で改札口へ向かった。改札口まで来ると、入札する手前で、前から出て来た女の人のキャリーケースにぶつかってしまった。

「ドン。」

その直後、左膝に激痛が走った。

「イッターッ。」

あまりの痛さに声を上げた。立っていられなくて、座り込んだ。

ぶつからないように距離を取っていたのに、なんで?ぶつけられた?今の、ワザとでは?

そう思って振り返ってみた。けれど、その女の人は、既にいなかった。

時雨は、ぶつけた膝を見た。血が出ていた。痛みに耐えながら、カバンの中からポケットティッシュを取り出し、出血した部分に当てた。

こう言う時、ドラマならカッコいい人が現れて、助けてくれたりするんだけどなあ。

止血しながら妄想した。しかし、現実は無情だった。

誰も助けてくれず、声すらかけてくれず、誰もが足早に通り過ぎていく。都会って、こんなものかもしれない。

時雨は、しばらく患部を押さえていた。そしたら、血が止まった。なので、ゆっくりと立ち上がってみた。まだ痛みで足に力が入り難かったけど、歩けそうだと思った。それで、少し足を引き摺りながら歩いて、改札口を通り抜けた。

「さすがに、この足では上れないなあ。」

ここからホームまでは、上り階段になる。仕方なく、階段横にあるエスカレーターを利用して、ホームまで行くことにした。歩くと痛みが出るので、できるだけ足を動かしたくなかったからである。ホームに着くと、ため息が出た。

「はあー。ついてないな。」

オマケに、電車はしばらく着そうもなかった。諦めて、ベンチに座って待つことにした。

なんか、心細くなってきた。家までは、まだまだ遠い。気が重かった。

それでも、時間はかかったけど、無事に帰宅できた。足の方はあまり痛みが引かず、むしろ腫れてきた。なので、膝頭を消毒してから冷やすことにした。


翌日、時雨は左膝に包帯を巻いて登校した。電車に乗ると、幽馬が話しかけてきた。

「その足、痛そうだね。どうしたの?」

「昨日の帰りに、ちょっとね。ぶつかっちゃったの。痛みは、少しは引いたかな。」

「気をつけないとな。ケガすると、後が大変だからさ。今は、無理しちゃダメだよ。」

「幽馬は優しいんだね。」

「そう?」

幽馬は、テレ笑いしていた。

日野駅に着くと、帆夏が乗ってきた。帆夏も気づいたらしく、驚いた顔をして足を見た。

「おはよう、時雨。どうしたの、その膝。」

「おはよう。昨日、ちょっとね。でも、大丈夫よ。」

「ホントに?今日は、無理しない方がいいね。」

「うん。そうする。」

時雨と帆夏がそんな会話をしていると、幽馬はいなくなっていた。

二人のお喋りは永遠と続いた。吉祥寺駅に着くと、電車を降りてホームに出た。そのまま他の乗客と共に階段の方へ向かった。数歩下ると、突然帆夏が叫び声を上げた。

「キャーーーッ。」

帆夏は、階段を飛ぶように踏み出し、前に倒れていった。

時雨は、その叫び声にビックリして立ち止まった。何が起きたのか分からず、呆然となって帆夏が転がっていく様を眺めていた。

大勢の人ゴミの中、階段を下りていく最中の出来事だった。周囲の人達も、叫び声に反応して振り向いた。けれど、巻き添えはゴメンと言わんばかりに、帆夏を避けるように退いていく。そのせいで、帆夏は止まることなく一気に階段を転げ落ちた。

それは、あまりにも悲惨な、現実離れした光景だった。こんな階段の下り方をする人はいないからだ。しかも、それを見ていた人達は、誰一人助けようとしない。

時雨も同じだった。スローモーションで悪夢を見ているようだった。

帆夏は無残にも、階段の真ん中あたりまで転がり落ちていき、そこで止まった。

周りの人達は、帆夏をじーっと覗き見しているか、他人事のように通り過ぎていくかのどちらかだった。誰も関わりたくないのか、ダンマリを決め込んでいた。自分のことで忙しいと言う感じだった。

時雨はハッとなって我に返った。手前に落ちていた帆夏のカバンを拾い上げ、一目散で帆夏の所まで駆け下りていった。

「帆夏、大丈夫?」

声をかけてみたけど、帆夏は無反応、全く動かなかった。

もっと近寄ってみた。意識がないみたいだ。良く見ると、頭から顔にかけて血が流れていた。肘や足も擦り剝いた部分から血が出ていた。

時雨は動揺していた。パニックになっていた。どうすればいい?

焦りもあった。一度深呼吸をして、動かすといけないと思い、その場で叫んだ。

「救急車をお願いします。誰か、救急車を。」

このまま目覚めなかったら…。そう考えると怖くなった。

すると、急いで駆け下りて来る制服を着た女の子がいた。世里奈先輩だった。

「時雨、どうしたの?」

「それが。帆夏が、帆夏の意識がないんです。血も出ていて、どうしよう。」

「動かしちゃダメよ。駅員さんを呼んで来るから、ここで待っていて。」

そう言って、世里奈先輩はそのまま階段を駆け下り、改札口の方へ走っていった。

時雨は帆夏の手を握り、ひたすら声をかけ続けた。

少しして、世里奈先輩と共に駅員が二人やって来た。名札には、中山と岸根とあった。

帆夏は時雨が声をかけ続けた甲斐あってか、意識を取り戻していた。中山と言う駅員が、帆夏と話をしてから無線でやり取りを始めた。

しばらくすると、救急隊員が担架を持ってやって来た。

帆夏は、その担架に乗せられて運ばれていった。また、帆夏の意識が戻ったことで、時雨と世里奈先輩は付き添わずに学校へ行くことになった。

「ねえ、時雨。帆夏が階段から落ちた時のこと、覚えている?」

世里奈先輩が尋ねてきた。時雨は、少し考えてから答えた。

「えーと。確か、帆夏は勢い余って階段から落ちていったって感じでした。」

「階段から落ちた?足を滑らせたの?」

「うーん。滑らせたとか、踏み外したと言うより、なんて言うか、突然飛び出したって言う感じで、前のめりに勢いよくジャンプしたように見えました。」

「そうなの?普通、そんなことしないよね。」

「あっ、はい。あの瞬間、なんで?って思いました。」

「なるほど。それって、後ろから誰かに押されたんじゃないかな。」

「ええっ?それは…分かりません。でも、そんな感じで、不自然な転び方でした。」

世里奈先輩は、今度は黙って立っていた駅員に尋ねてみた。

「あのー。帆夏が転落した時の、監視カメラの映像って見ることは可能ですか?」

「あの防犯カメラですね。上手く撮れているかは分かりませんが、確認してみます。」

根岸と言う駅員は、カメラを指して親切に答えてくれた。

「では、学校が終わったらまた来ますので、その時に映像を見せてもらえますか?」

「いいですよ。」

「助かります。岸根さん。私は、鶴見世里奈と言います。よろしくお願いします。」

世里奈先輩は丁寧にお辞儀をした。すると、岸根は穏やかな笑顔になって返した。

「鶴見さんですね。分かりました。それでは、お待ちしています。」


放課後になった。

蓮沼部長と大和先輩は、一足先に帆夏のいる病院へ行った。

時雨と世里奈先輩は防犯カメラの映像を見るために、吉祥寺駅へ行くことにした。

女子二人は駅に着くと、窓口で岸根を訪ねた。

奥から岸根が出て来ると、意味深な表情で世里奈先輩に話しかけてきた。

「鶴見さん。防犯カメラを確認しました。」

「どうでしたか?」

「微妙ですが、星川帆夏さんは誰かに押されて、落ちたように映っていました。」

世里奈先輩は、心配していたことが当たってしまったと感じ、聞き返した。

「やはり、誰かに押されたのですね。」

「断定はできません。画質があまり良くないので。」

「そうですか。その人、どんな人でしたか?」

「えーと、ですね。髪の長さから女の人ではないかと推測します。ただ、顔がハッキリ映ってないので、本人を特定するのは難しいと思います。」

ここで、時雨が聞いてみた。

「それでもいいので、見せてもらえませんか?」

「分かりました。では、こちらへお入り下さい。」

岸根は、駅員室の中へ通してくれた。それから、二人でその映像を見た。

「念のため、警察にも連絡しました。」

映像を見ている間に教えてくれた。そこで、世里奈先輩がお願いしてみた。

「心当たりはないか帆夏に聞いてみたいので、この映像のコピーをもらえませんか?」

「ええ、でも本人でないと。」

岸根は困った顔で答えた。それを見て、時雨は画面の中に映っている自分を指差した。

「この、帆夏の隣にいるのが私です。友達なんです。お願いします。」

「そうでしたか。それでしたら、駅長に話して確認してみます。少々お待ち下さい。」

時雨の熱意に負けたのか、岸根は一度奥へ行き、再度戻って来てこう答えた。

「駅長から了承を得ることができました。コピーをお渡しします。」

「じゃあ、このメモリーカードでお願いします。」

世里奈先輩は、カバンの中からメモリーカードを取り出して渡した。岸根は、それを持って再び奥へ行き、コピーして戻ってきた。

「はい、どうぞ。」

「ありがとうございます。」

世里奈先輩は、きちんとお礼を述べてからメモリーカードを受け取った。

時雨はそんな世里奈先輩を見て、派手な見た目とは違って礼儀正しい人なんだなと思い、改めて尊敬の念を抱いた。

その後、二人は帆夏のいる病院へ向かった。病室に入ると、既に蓮沼部長と大和先輩が来ていた。お喋りしているところを見ると、帆夏は思ったより元気そうだ。

それで、時雨が帆夏に尋ねてみた。

「帆夏。体調はどう?」

「うん。もう大丈夫。」

世里奈先輩もメモリーカードを見せて話し出したら、帆夏が記憶を辿って答えてくれた。

「駅員室で、時雨と一緒に防犯カメラの映像を見たのよ。これ、そのコピーが入っているんだけど、後でチェックしようと思っているの。何か、知っていることない?」

「転んだ時のことですよね。あの時、後ろから誰かに押された気がするんです。」

「やっぱりね。映像を見た感じだと、女の人みたいなのよ。帆夏、心当たりある?」

「うーん、いいえ。全く思い当たりません。」

帆夏は首を傾げていた。

世里奈先輩と時雨が心配そうにしていると、蓮沼部長が教えてくれた。

「検査は問題ないって。このまま何もなければ、明日退院できるそうだよ。」

「良かった。」

時雨は、帆夏を見て軽く微笑んだ。帆夏も微笑み返してくれた。

その後は軽く雑談となり、和やかな雰囲気のまま皆で帰宅した。


次の日の放課後、時雨は一人でオカ研の部室へ行った。帆夏が入院したからである。

中へ入ると、大和先輩と世里奈先輩が、コピーしたメモリーカードの映像を見ていた。

蓮沼部長も来ていて、腕を組み、険しい表情で考え込んでいた。

なので、ついでにキャリーケースでぶつかって来た女の人の話をしてみた。これが、同一人物なのかは分からない。だけど、オカ研の部員の中で、このような事故が連続して起こるのはどうなんだろうと思い、話してみた。

すると、蓮沼部長と大和先輩が言った。

「新たな事件に巻き込まれているのかもしれないな。皆、用心しよう。」

「そうですね。まだハッキリしませんけど、備えておいた方がいいと思います。」

時雨と世里奈先輩は、二人して顔を見合わせて頷いた。そこへ、菊名先生がやって来た。

「あら。皆、ちゃんと部活に出ているのね。偉いわ。」

「菊名先生、私達いつも来ています。先生こそ、来なさ過ぎですよ。」

世里奈先輩が言い返すと、全員が笑った。

菊名先生は部員に気づかうように、また話し始めた。

「昨日、帆夏のお見舞いに行って来たの。一先ず、元気そうで良かったわ。」

時雨と大和先輩が返した。

「早く退院して欲しいです。」

「一人でもいないと寂しいですよ。」

「そうね。ところで、訃報があったの。皆には、話しておこうと思って。」

菊名先生が神妙な面持ちで話題を変えた。すると、今度は蓮沼部長が聞き返した。

「訃報ですか?」

「そうなの。話そうかどうしようか悩んだのだけど、皆には知る権利があると思うの。実はね。保土谷剛のことなんだけど、覚えているかな。」

「もちろんです。」

「忘れるはずないですよ。」

蓮沼部長と大和先輩が答えた。菊名先生は、辛そうに話を続けた。

「数日前のことになるけど。さっき、亡くなったって連絡があったわ。」

また、蓮沼部長が聞き返した。

「えっ。保土谷剛が、亡くなったんですか?」

「ええ。吉祥寺駅のホームから、飛び降り自殺したらしいの。」

オカ研の部室内が、急に静かになった。ここで、蓮沼部長が真面目な顔になって言った。

「こう不幸が続くと、何か嫌な予感がする。今日は、ここまでにして帰宅しよう。」

「そうね。早めに帰った方がいいと思うわ。」

菊名先生も同じ考えだった。それで、大和先輩と世里奈先輩と時雨が順に返事をした。

「そうしましょう。」

「賛成。」

「はい。」

これを聞き、菊名先生は最後に付け加えた。

「これは、皆とは関係ないから気にしないでね。」


ケガの痛みは残っていた。心のキズも。それでも、帆夏は早く学校へ行きたかった。

実は、密かに憧れている大和先輩に会いたいと言う思いがあった。それで、退院を決めた。ただ、心の奥底では、不安が拭い切れていなかった。

あれは、事故ではない。手で背中を押された感触だった。それも、かなりの強さで。これは間違いない。故意かどうかは不明だけど、突き飛ばされたのだと思った。

これって、私への恨みかな。だとしたら、誰だろう。

思い当たらなかった。心配だから、引き続き時雨と一緒に登校することにした。

放課後のオカ研は、もっぱら犯人探しの話題で持ち切りになっていた。

保土谷剛のことは、時雨から聞いた。けれど、誰もその話は持ち出さなかった。亡くなった人のことを蒸し返しても、意味がないと思ったからだろう。

帆夏は心の中で、早く解決して欲しいと願った。


時雨も、何とかしなくちゃいけないと思っていた。そのためには、犯人を見つけるしかなかった。でも、それは簡単なことではない。

そこで、幽馬に相談してみた。犯人を見つけたい一心で。だけど、晴馬が起きている時の出来事だから、協力は難しいと言われてしまった。確かに、その通りだと思った。

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