第3話 ひょんな出会い
翌日、晴馬は同じように高尾駅から乗った。
時雨はいつも通り家を出て、八王子駅から同じ電車の同じ車両、九号車に乗った。帆夏に自分が乗った車両とドアの位置をメールすると、直ぐに返信が来た。
これで会えるだろう。そう思っていたら、頭の上に違和感があった。
見上げると、桜木先生に似た人が素通りしていくのが見えた。
時雨は思った。
まただ。また、浮いていたわ。見間違いじゃない。この人、どう見ても桜木先生よね。そっくりだもの。と言うか、何これ。誰も気づいてないみたいだし。しかも、透けていた。
もしかして、これって、オカルト現象?
「自分の目が、おかしくなったのかな?」
時雨は、手で目を擦ってみた。それから、もう一度上を見た。もう、その桜木先生はいなくなっていた。
何なのよ、あれ。幻?幻覚?やっぱり、幽霊?
天井を見てボーッと考えていたら、日野駅に着いた。電車が停止したので、窓からホーム側を見ると、帆夏が立っていた。その帆夏と目が合った。
時雨は、彼女に向かって手を振った。気づいたようだ。手を振り返してきた。
電車のドアが開くと同時に、帆夏が入ってきて、時雨の隣にやって来た。
「おはよう。待っている間、ドキドキだったの。会えなかったら、どうしようって。」
「おはよう。ホントだね。私もちょっと不安だった。けど、ちゃんと会えて良かった。」
「うん。」
二人は、座席の中央辺りにある吊革に捕まり、立ち話をしていた。
ここにいる理由は、明白だ。ドアの近くは人の出入りが激しくどうしても混み合うが、逆に奥の方だと比較的ゆとりがあって、安心感もあるからだ。それに、吉祥寺駅まではまだ距離がある。そう言ったのもあり、時雨はこの位置を選んでいた。
だからと言って、痴漢されないとは言えない。けれど、二人でこの場所にいる方が、痴漢され難いと言うのはあると思う。
ようやく、電車が動き出した。
「この先の橋の所で、富士山が見えるじゃない。帆夏も見ている?」
「うん。いつも楽しみにしている。見えた日は、気分がいいわ。今日は見えるかな?」
「なんか、占いみたいだね。」
「そうかも。」
帆夏は、明るく返してきた。
二人が乗った電車は、鉄道橋を通過した。残念ながら、今日は見えなかった。この時期、見える日は限られてくる。
それでも、二人の会話は吉祥寺まで続いた。その甲斐あってか、痴漢には遭わなかった。
ここ数日、時雨は帆夏と一緒の車両に乗って登校するようになった。おかげで、話す機会が増えた。ただ、帆夏に会う前に電車内を浮遊する桜木先生を見掛けるようにもなった。
気持ち悪いけど、あれは桜木先生よ。メガネはかけていないけど、桜木先生も否定するけど、断言できる。あれは、絶対、桜木先生だ。
それで、時雨は決意した。
いつも通り同じ電車に乗り、吊革に捕まってスマホを見るフリをした。やはり、何か近づいて来る。左の方に気配を感じた。それで、感じた方向を見た。
そこには、メガネをしていない桜木先生が浮遊していた。フワフワ浮いたまま、こちらに向かって来る。少し透けて見えるけど、どう見ても普通じゃない。
こちらには、気づいていないみたいだった。
浮いている桜木先生は、キョロキョロしながら、あちこちと目や顔を動かしていた。
物色しているのかな。乗客を、観察しているようにも見えた。
その桜木先生が、時雨の目の前にやって来た。時雨はそれを直視して、思い切って声をかけてみることにした。
「何しているの?桜木先生。」
僕は、「桜木先生」と言う言葉に反応して、声のする方を向いた。
そこには、青葉時雨がいた。その時雨は、僕の方をじーっと見ていた。
「変だなあ。」
呼ばれた気がしたので、キョロキョロ周りを見渡してみた。後ろも見てみたけど、窓の外になる。そこに人はいない。
僕は、もう一度時雨を見た。時雨の目の焦点は、僕にあるように見えた。
しかも、その時雨が、あろうことか僕に向かって喋っていた。
「あなた、桜木先生に似ているけど、誰?」
「うわっ。」
驚いた。これ、僕に話しかけているよね。
もう一度、周りを見てみた。やっぱり、誰もいない。長いことこの電車に乗っていたけど、初めて人間に声をかけられた。信じられない。こんなことってあるんだ。
僕は動揺していた。それで、恐る恐る自分の顔を指してみた。そしたら、時雨が言った。
「そう、あなたよ。」
「うえーっ。も、もしかして、見えているの?僕のこと。」
「ええ。ハッキリとね。」
時雨が言い返してきた。
「じゃあ、声も聞こえるの?」
「ええ、聞こえているわ。こうやって、答えているでしょ。」
時雨が返してきたので、僕は驚きと同時に困惑った。だって、僕が見える人に出会ったことなんてなかったから。
「本当に、声、聞こえている?」
「本当に、声、聞こえているわ。」
時雨が僕の真似をして喋ったので、隣に立っていた男性が怪訝な顔をした。
「分かった。周りの人が不快に思っているから、首を縦か横に振って答えてくれるかな。縦がイエス、横がノーで。」
時雨は、首を縦に振った。
「さっき、桜木先生って言ったよね。桜木先生のこと、知っているの?」
僕が尋ねると、時雨はまた首を縦に振った。
「同じ学校に行っているんだから、知っていて当然か。説明するけど、落ち着いて聞いてね。僕は桜木晴馬の体から幽体離脱した晴馬なんだ。自分のことを幽馬と呼んでいる。」
そう話すと、時雨は口を開けたまま固まっていた。
至極当然の反応だろう。ちょっとの間、二人の刻(とき)が止まった。
時雨は、幽体離脱を理解するまで時間を要していた。まあ、大抵は気持ち悪がったり、パニックになったりするんだが。
しかし、時雨は冷静だった。首を縦に振って、再び話しかけてきた。
「幽馬ね。いい名前じゃない。」
「うん、そう?ありがとう。ところで、時雨は怖くないの?」
「うーん。霊感、強いのかな。最初は幽霊だと思ったけど、幽馬は幽霊じゃないのね。」
「うん。幽体って言うらしいよ。」
「らしい?」
「僕も良く分からないんだ。」
「あっ、そう。まあ、いいわ。悪い人ではなさそうだし。」
「助かるよ。実はさ。戸惑っているんだよね。」
「私だって戸惑っているわ。」
「正直に言うけど、僕が見えた人、初めてなんだ。青葉時雨だよね。」
時雨は、自分の名前を言われて驚きつつも、正直に首を縦に振った。
「なんで知っているの?」
「晴馬の知識は、僕にもあるんだ。」
「そう言うのもなの?」
「そう言うものなの。あと、僕は晴馬が眠っている時だけ、現れることができるんだ。」
「へえ、不思議ねえ。そのこと、桜木先生は知っているの?」
僕は、首を横に振った。
「桜木先生が目覚めると、消えるの?」
今度は、縦に振った。なんか変だ。僕は、口をへの字にして言い返した。
「ちょっと、逆になっているよ。」
「いいじゃない。幽馬は、いい人みたいね。お友達になってもいいわよ。」
「えっ。」
僕は時雨の意外な言葉に、また戸惑った。
「嫌だった?」
「とんでもない。時雨は、平気なの?」
「そうねえ。最初は、確かに気持ち悪かったわよ。フワフワ浮いているんだもの。でも、話してみて分かったの。幽馬は、大丈夫かなって。」
「そう?そう言ってもらえると、嬉しいよ。本当は、話し相手が欲しかったんだ。」
そんな会話をしている内に、日野駅に到着した。そこへ、帆夏がやって来た。
「おはよう、時雨。」
「おはよう、帆夏。」
お互い、挨拶を交わした。けれど、帆夏は全く幽馬に気がつかなかった。
「また会いに来るよ。そうだ、痴漢に気をつけて。」
幽馬は、時雨に忠告してからその場を去っていった。
時雨は首を傾げ、心の中で思った。幽馬は、痴漢がいることを知っているのかなと。
放課後になり、時雨と帆夏がオカ研へ行くと、世里奈先輩が今朝痴漢に遭ったと、しきりに腹を立てながら話していた。
二人は、しばらく黙って聞いていた。すると、世里奈先輩が大和先輩に八つ当たりした。
「中央線、痴漢多いのよ。」
「その格好だと、皆寄って来るんじゃない?」
「何よー。怖かったんだからねえ。」
「ゴメン、ゴメン。それで、どんな人だった?」
「男の人。」
「他には?」
「分からない。」
時雨には、世里奈先輩は怖がっていると言うより、怒っているように見えた。それから、帆夏の方を見てみた。帆夏は、大和先輩を見つめながら困惑しているようだった。
「どうする?」
時雨が耳元でささやいてみると、帆夏は俯いて黙っていた。けれど、意を決したのか、緊張した声で話し始めた。
「大和先輩。実は、私も痴漢に遭いました。」
沈黙が流れ、帆夏に視線が集まった。
「帆夏もなの?」
世里奈先輩が聞くと、帆夏は黙ったまま頷いた。続いて、蓮沼部長が話し出した。
「中央線に痴漢がいるって言うのは、本当なんだな。」
「ほら、部長。嘘じゃないでしょ。」
世里奈先輩がムキになって言い返したので、時雨も投げかけてみた。
「中央線の車内には、痴漢がいて困っています。何とかならないでしょうか。」
「どの電車か分かるといいんだが。」
大和先輩が聞いてきたので、時雨と帆夏と世里奈先輩の三人は、電車に乗る駅名と時間と車両番号を口にした。それを、蓮沼部長がネットで調べ始めた。
「おおっ。偶然ってあるんだね。皆、同じ電車だよ。乗っている車両は違うけど。」
これを聞いて、大和先輩が大胆な意見を述べた。
「この際だから、皆で痴漢男を捕まえてみないか?」
この半分冗談のような思い切った発言に、女の子三人は顔を見合わせた。それから、再び大和先輩を見て、同時に明るい表情で答えた。
「賛成。」
「じゃあ、明日から全員で中央線に乗ろうか。」
蓮沼部長が皆に促した。ところが、大和先輩が水を差すことを言った。
「盛り上がっているところ悪いんだけど、自分、総武線の東中野駅なんだよね。」
この不満に対して、蓮沼部長は決心の硬さを示した。
「自分は、井の頭線の久我山駅だけど、部員のためにやるよ。どうする?大和。」
全員が、大和先輩を見た。彼はその熱い視線に圧倒され、諦めざるを得なかった。半分自棄になって、やる意向を示すように口を開いた。
「蓮沼部長がそこまで言うなら…。オカ研の危機だし、やるしかないか。」
「ヤッター。」
時雨と帆夏と世里奈先輩の女子三人組は、また顔を見合わせて叫んだ。そして、互いに手を取り合って、ピョンピョン跳ねながら喜びを露わにした。
これがキッカケで、全員が中央線に出没する痴漢男を捕まえる決意をし、一致団結した。
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