第2話 人を殺してはいけません!
翌日も俺はスラム街に足を運んだ。
ルミネの街では、人種ごとの数、移り住んだ歴史の長さ、文明への貢献度……つまりは魔法の適性によって、種族ごとの居住地域や身分がある程度決まっている。
貴族のほとんどは人族やエルフ族であり、リザードマンや獣人族は魔法適性が低いため、スラム街に多いという傾向がある。そのほかにも、ケモ耳族、ドワーフなどもいるが、だいたいは平民街に住んでいる。
昨日少女にやっつけられたチンピラたち二人と、ひと際体格の大きな、筋肉隆々のリザードマンが一緒に歩いているのが見えた。
リザードマンの肩には、昨日見た赤髪の少女が担がれ、見たところ気を失っているようだ。
まったく、力もないのに人を助けたりするからだ。
「おやびん! この女、王国の第三王女らしいですぜ」
モヒカン頭が笑いながらリザードマンに向けて話す。
「ぐっふっふ、たんまり身代金がもらえるなぁ」
リザードマンは下卑た笑いをこぼす。
「その前に、ちょっとくらい遊んでもいいですよね? おやびん」
獣人はよだれを垂らしている。
「ぐふ、生きてりゃ人質としての価値があるんだ。構わんだろ。俺が最初だぞ」
こういう輩に関わると、たいてい報復が待っているのだ。そんなの御免だね。
リザードマンに担がれた赤髪の少女がやけに目に付く。この後この少女は慰みものにされるのだろう。
俺には関係ない。そう言い聞かせ、チンピラたちとすれ違い、そのまま離れていく。
二歩、三歩と歩いたところで足が止まった。鎖にでも繋がれたみたいに、それ以上進まない。
くそ……。何なんだ……。
「おい、ちょっと面貸してくれ」
俺はチンピラたちに声をかけていた。
「兄ちゃん、俺たちをスラム街の三色ネギマ団と知ってケンカを売ってるのか? あぁん?」
昨日少女に瞬殺されていたモヒカンがイキる。
「三食ネギマ団? 知らないな」
「ちっげえよ! それじゃ食われてるじゃねえか! 三色ネギマ団だ! 粋がってるのも今のうちだぜぃ、二度と忘れられない名前にしてやるからよぉ! 俺はメンチ担当のネギだ! 誰がネギ頭だって!? ぶち殺すぞわれぇ!」
モヒカンに続けて、獣人族も名乗る。
「同じく、カツアゲ担当のカワ!」
「そして、ネギマ団最強のリーダーにして、ケツもち担当のぼんじりだ! 三人合わせて……」
「「「三色ネギマ団!!!」」」
チンピラたちはやけに切れのある動きで、戦隊ヒーローものに出てきそうなポーズを決めた。
俺は半ば呆れ気味に、
「そういうのいいから、早く始めよう」
「まあそう急ぐな、いいとこがあるんだ。ついてきな」
リザードマンのぼんじりが先導して歩き出した。
人気のない路地の更に奥へと歩いて行く。この先は何もない空き地のはずだ。大方袋叩きにする算段なのだろう。
見たところ、ぼんじりは冒険者のAクラス相当の実力だが、他二人はただの雑魚だろう。
問題ない。十秒で終わる。
俺は殺し屋時代に理解したことがある。
悪ってのは、中途半端に痛めつけると、必ず仕返しが来るのだ。担がれて気絶している少女のように。
――だから、やると決めたら必ず殺す。
ただ、その前に仲間がいるかどうかは聞いておかなければならないだろう。
せっかく助けても、またこの少女が襲われたりしたら、寝覚めが悪いからな。
「兄ちゃん、俺たち三色ネギマ団にケンカを売ったのが運の尽きだぜ」
獣人の一人はそう言うと、肩に担いでいた少女を地面に横たえた。
三人は酔いと高揚に赤く染まった顔で唾を吐き捨て、鉄の棒やナイフを振り回しながら距離を詰めてくる。
俺は右足を滑らせる。わずかに身体を開き、モヒカン頭ネギの踏み込みを誘う。
狙いどおり振り下ろされた鉄棒。最短軌道を読み切り、躱すと同時に膝裏に回し蹴り。
一瞬の怯みを見逃さず、獣人カワのみぞおちへエルボー。
ネギとカワが地面に倒れた。
「ぐ、ぐふ、なかなかやるな」
月光が湿った石畳に反射し、爬虫類の鱗を鈍く光らせた。リザードマン(ぼんじり)の背丈は優に二メートル、油を塗ったような翡翠色の胴。
ぼんじりが剣を抜き放つ。刃渡りは俺の片腕ほど、刃は黒曜石を研ぎ澄ましたように黒い。夜気を裂く音が耳を刺した。
「ガァアッ!」
咆哮と同時に黒曜石のような刃が迫る。
俺は短剣を抜き、呼吸を殺す。
やつの剣線が髪を掠める風圧を感じた瞬間、踵を軸に旋回。
首元に短剣の柄で神経を麻痺させるだけの力を流すと、ぼんじりの巨体がビクンと硬直し、地面に倒れ伏す。
「ぐ……まいった、俺達の負けだ」
回復する前に、チンピラたちの手足をロープで縛る。
「お前たちのアジトはどこだ?」
俺はチンピラたち三人に問いかける。
「アジト? そんなもんねぇよ」
容赦なくモヒカン頭(ネギ)をぶん殴る。
「ぐあぁ! 痛てぇ……いてぇよ」
「もう一度聞く、アジトは?」
今度は獣人(カワ)が、
「いやだからそんなもんないって言ってんだろ」
みぞおちを殴る。
「ぶおぅえ」胃の中から吐瀉物を吐き出した。
そんな調子で続けていてもアジトの情報は得られなかった。
チンピラたちの顔は腫れあがり、原形をとどめていない。こいつらにそんな根性があるとは思えないし、おそらく知らないのだろう。
仲間がいるかもしれないというのは、杞憂だったようだ。
じゃあ一思いに殺すか。
短剣を抜き、チンピラの急所に向けて振りかぶる。
「助けてください! もうしませんから!」
泣いて謝るが、俺は知っている。
こういうやつらを信じたら馬鹿を見るのだ。
「すまない。お前たちみたいなごみの反省は、一切信用しないことにしているんだ」
敵の言葉を信用した仲間が死ぬのを嫌というほど見てきた。
同じ過ちは繰り返さない。
「安心しろ、楽に殺してやる。じゃあな」
チンピラたちはきつく目を閉じる。
短剣を振り下ろす手が、ふいに止められた。
「コラ! 人を殺しちゃ……だめでしょ!」
さっきまで気絶していた赤髪の少女だった。
「でもこいつら、ここで殺しとかないとまた来るし、どっかで同じこと繰り返すぜ?」
「そうかもしれないけど、でも、違うかもしれない。今は悪い人だったとしても、改心できる人だっているの。決めつけはよくないわ」
俺は振り上げた短剣を降ろす。
「こいつらがお前をどうしようとしてたか、知ってるか?」
「昨日の仕返しでしょ? でももう済んだわ。この人達だって、これ以上のことをする気なんてなかったと思うわ」
頭の中お花畑なのかこいつは……。
チンピラたちは気まずそうに目をそらしている。
こいつらは少女においたをして、身代金を要求しようとしていたのだ。
「世の中いい人ばかりじゃない」
「そんなこと……。あなたたちはどうして窃盗なんてしたの?」
少女はチンピラたちに問いかける。
「どうしてって、こっちは明日食うものにも困ってんだ。このスラムのやつらはみんな、他人から奪わないと生きていけない」
獣人(カワ)がくってかかるようにそう答えた。
「食べるものは教会で配給があるじゃない」
赤毛の少女が不思議そうに首を傾げる。
「やれやれ、これだから世間知らずのお姫様は。配給なんてのは市民権を持っていて、平民街で暮らせるやつらにしか配給されないんだ。本当に必要としているスラムには一度も来たことがねえ」
モヒカン(ネギ)が肩をすくめる。
「そんな……。ごめんなさい、私何も知らなくて」
「薄っぺらい謝罪はよしてくれ。お前ら王族はスラムをゴミ捨て場としか思ってないんだ!」
そういってリザードマン(ぼんじり)は少女に唾を吐く。
「そんなことない。私がもっと勉強して、絶対にスラムを良くするから! だからちゃんと罪を償って、真面目に働いて」
赤毛の少女はエメラルドの瞳を見開き、力強くそう言った。
「そんなに言うなら聞くけどなお姫様。俺たちスラムのやつらが、どうやって職にありつくって言うんだ? 求人募集に応募しても市民権がないと突っぱねられ、ギルドでクエストを受けたくても受けれない。そんな状態でどうやってまっとうに生きろというんだ?」
ぼんじりの言うことは一理ある。俺は転生したときに、女神ユーティに市民権をもらえたからクエストを受けれているが、それがなかったらどうなっていたか分からない。
「それは……」
「あんたが言ってるのは理想論だ。失せな嬢ちゃん」
少女は自分の不甲斐なさを押し殺すように、下唇をかみしめている。
そんな様子に毒気を抜かれた俺は、
「はーあ、やめだやめだ」
俺は端末を操作して異世界警察を呼ぶと、チンピラたちを引き渡した。
この国の文明レベルは中世くらいだが、通信技術はかなり発展している。ルミネの街中だったら、中心部から常にマナを放射し続けているマナ塔を介して通信することができるのだ。
「どうしてお姫様が単独でスラムになんか来てたんだよ」
「……私ね、みんなが笑って生きられる国を作りたいんだ。そのためには、いろんなことを知らなくちゃいけないの。貧困問題もその一つ」
「そりゃご立派なことで。でもなお姫様よ、これからは単独でスラム街に来るのはやめといたほうが良いぜ。これは忠告だ。次はもう助けないぞ」
「気を付ける。それから……今日は助かった、ありがと」
そう言って少女は俺に背を向け、平民街へ歩き始めた。
「ああ」
俺は彼女の後ろをついて行く。
「なんでついてくるの?」
そういう少女に、
「ここは危険な街だって言ったと思うんだが。それともまたさらわれたいのか?」
「……あんた、案外優しいとこあるのね」
優しい……ね。何も知らないくせに。
どうせもう会うこともないだろうから、返事はしなかった。
平民街まで送ると、
「それじゃ、送ってくれてありがと」
と言って立ち去る途中、彼女は何もないところでズテンと転んだ。
「あいた……あ、足が……」
彼女の足は小刻みに震えていた。
俺は少女に伸ばしかけた手をすっとひっこめた。
怖がられることには慣れている。
「勘違いしないで、あなたが怖いわけじゃない」
彼女は尻餅を尽きながらも、優し気に目を眇める。俺はまるで聖母に抱擁されているように、安堵していた。
これじゃ、どっちが尻餅ついてるんだか分からないな。
「そうか」
俺は少女に右手を差し出し、彼女はその手を取る。
別にこの少女と会うことなんて二度とないのだから、どう思われようとかまわないはずだ。散々人を殺してきた俺が、今さらよく見られたいなんて思うのは、ムシのいい話だ。
俺は仕方なく、彼女に肩を貸してやり、一人で歩けるまで送ってやった。
「世話になったわね……。今度お礼させて頂戴」
「ああ、いつかな」
少女の体温が残る肩が、夜風で冷えていく。
星明りの中、赤い髪が見えなくなるまで見送った。
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