第33話 事の顛末 -英雄譚-

 グレーヴァが消滅して魔界化が解除されたことで、魔王城の名で呼ばれていた城は本来の姿を取り戻した。

 周囲の森は降り始めた雪に瞬く間に覆われ、城内にも冷たい風が吹き込んでくる。城の形状に変化はなかったが、結界の類いが消えて風を遮る物がなくなっているのだろう。

 集めてきた枝を暖炉にくべながらセリオスがつぶやく。


「やっぱり、もう少し琳にはいてもらった方が良かったかな。魔法がないと何かと苦労する」


 セリオスが目を覚ましたときには、混迷を極めた戦いはとっくに終わっていた。

 アーシェルナと再会したところまでは覚えているが、それ以降の記憶はない。

 アイレンが言うには影魔将の奇襲で気絶させられたとのことだが、それだけにしてはロイドの微妙な表情が気になった。

 だが、なんであれ理想的な結果に終わったらしく、琳はもちろんアーシェルナとロイドも無事だ。

 しばし仲間たちと歓談したあと、ほどなくして琳は女神に祈りを捧げて帰還の魔法を使った。それは一瞬にして自らがあるべき世界に戻るためのものだが、一方通行で二度とここに戻ることはない。

 今生の別れではあったがあっさりしたものだ。


『アーシェルナ姫とお幸せに』


 琳が最後にそれだけ口にして笑顔で消えたとき、どうしようもない切なさがセリオスの胸に込み上げたが、顔に出すことなく呑み込んだ。

 それでも喪失感のようなものを感じて感傷に浸っていると、漆黒の鎧を脱ぎ捨てながらロイドが話し始める。


「本来ここは温暖な地方だったらしいが、国が滅びるときに巫女がかけた呪いによって風と水の精霊が荒れ狂うようになったらしい。お陰で冬は深い雪に閉ざされて人の往来は不可能になる。魔王の力が消えたことでその状態に戻りつつあるんだろうな」

「そうか……しかも今は冬だし、身動きが取れそうにないな」

「ああ、春先まではこの城に籠もっているしかない。メアリーさまもそうしろと仰っていた」

「何やらいろいろと魔法の道具を置いて行ってくれたみたいだけど、僕には使い方が分からないぞ」

「危険な物はないはずだから、あとでひとつひとつ試してみよう。俺もいちおう魔族なんだが、魔法の使い方なんて学んだこともないからな」


 嘆息するロイドの隣ではアーシェルナがその魔法の道具をひとつ手に取って首を捻っている。


「魔王だった頃に少しは魔法の知識を得たのだけど、見ただけじゃサッパリだわ。せめて魔法が使えれば暖を取るくらいは楽勝だったのだけど、今は灯りの魔法も使えないし」

「そもそもお前が魔法とか、なんの冗談だって感じだったし、俺は安心するよ」


 ロイドの口調は昔どおりの砕けたものになっていた。

 王女に貴族、果ては二等市民と身分の違いはあれど、三人だけでいられるならばそんな区分けに意味などない。


「嬉しいことは嬉しいけど、青天の霹靂ってこれよね。まさかこのわたしが人間のままだったなんて」

「良かったじゃないか。これでセリオスとふたり、仲良く年老いていける」

「ロイド……」


 セリオスは申し訳なさそうに名前を呼んだが、続くロイドの声には笑いの成分が含まれていた。


「俺は年を取れないから、お前らが爺さん婆さんになっていく姿を、ひとり寂しく生温かい目で見守らねばならん」

「ロイド……」


 じっと見つめて感じたのは彼の態度が強がりに過ぎないということだ。それでもセリオスはあえてその演技に乗った。


「なんだか嬉しそうだな」

「気のせいだ」


 大真面目な顔で言い切ってみせる。

 やはりロイドは強い男だ。困難の連続で人間であることすら失ってしまったのに、それでもまだ友のために心を砕いてくれる。そんな彼に比べて自分の体たらくときたらどうだ。そう思ったときには自然と口が動いていた。


「ごめん、ルナ」

「え?」


 いきなり頭を下げられてアーシェルナは戸惑いの表情を浮かべた。


「僕は本当に頼りにならない男だ。君を助けようとして勇者になったのに、結局自分では何も果たせなかった。こうしてこの城に来られたのもメアリーたちのお陰なら、ロイドを救い、君をグレーヴァの力から解放したのもメアリーたちだ。広間での戦いでも僕は何もできないまま気絶させられて気がついたら全部終わっていた」

「待ってセリオス。それを言うならわたしの方こそグレーヴァの罠にかかって、自分がもうどうにもならないって信じ込んでしまっていたわ。最後まで抗うこともせずに植え付けられた本能に従ってしまったことが何度もあった。わたしの方こそとことんダメな女よ」


 アーシェルナはすがりつくようにして自らの心情を吐露する。ふれた彼女の身体からぬくもりが伝わり、セリオスは泣きたくなるほどの嬉しさを感じた。温かくて白いその手を両手で包み込んで告げる。


「ルナ、僕は何も自分を卑下するつもりはない。たとえこれまでは君のために何もできなかったとしても、今の僕にはメアリーたちがくれた〝可能性〟という未来がある。だから、これからの僕を見ていてくれ。必ず君のためになることを為し遂げてみせる」

「セリオス……」


 感極まったように瞳を振るわせるアーシェルナ。


「もっと普通に嫁になれとか言えよ」


 ロイドは呆れたように言った。


「よ、嫁って……!」


 思わずあたふたしてしまうセリオスだが、アーシェルナは動揺を見せることなく詰め寄るように顔を近づけてきた。


「嫌なの!? セリオス!」

「そ、そんな。嫌とかいいとかじゃなくて、僕は二等市民で君は王女で……」


 セリオスが常識論を口にしかけるのを見てロイドが投げやりな声を発した。


「そのていどの障害がなんだ。俺たちが直面した絶望に比べれば屁みたいなもんだ。なあ、ルナ?」

「そうよ! 今日まで苦しんで苦しんで苦しみ抜いたわたしに、この上、他の男の妻になれなんて言うつもりなの!?」

「い、いや、そうじゃなくて……僕だってその気がないわけじゃないんだ。でも、まだ道も見えないうちから無責任に約束するわけには……」


 言い訳を並べるセリオスを横目で眺めて、ロイドが肩をすくめる。


「だったら約束した上で責任を果たせばいい。責任から逃れるために約束を交わさないなど、男のすることではないぞ」

「うっ……」


 厳しいことを言われてセリオスは短く呻いた。


「メアリーさまがくれた可能性なんだろ。だったら最大限に活かしてみせろ」


 突き放すような言い方はしていても、ロイドの目には嘘偽りのない優しさがある。

 やや長く迷った末にセリオスは決意を固めた。


「分かったよ、ロイド。ルナは……アーシェルナは僕が必ず幸せにしてみせる」


 それだけが、義に厚い友人に酬いる唯一の道だ。弱さも迷いも振り切ってセリオスは固く誓いを立てた。



 やがて季節が巡り、深い雪が解けるのを待ってフーバー王が騎士団を率いて魔王城に乗り込むと、そこにはふたりの勇者と彼らに救い出された王女の姿があった。

 そこで人々はようやく真実・・を知ることになる。

 魔王に拐かされた王女は邪悪な魔王によってその身体を奪われており、十二番目の勇者は彼女を救い出す方法を探るために、自らの身を魔族に落としてまで魔王を欺き続けたのだ。

 彼が実際には人類を裏切っていなかったことは、魔王の命令で悠久の極光カレイドディエルの強奪に現れたときに、ひとりの死者も出さなかったことからも明らかだった。

 あの夜、当初こそ広場で近衛騎士が惨殺されたなどという噂が広がったが、実際には全員が生存していた。彼が何らかのトリックを用いて魔軍を欺いたということだ。

 十二番目の勇者は、そのような苦心を続けながら、ついに王女を救う方法を見つけだすと、十三番目の勇者が魔王城に攻め込むのを待って行動を起こした。

 戦いの混乱に乗じて王女の身体から魔王を引き剥がした十二番目の勇者は、十三番目の勇者と協力して、名だたる魔将を次々に討ち取った。

 そして肉体を失った魔王を追い詰めると、最後は聖女リンの力によって、これを完全に消滅せしめたのだ。

 だがその結果、魔王の死とともに冷たい吹雪が吹き荒れ、城を出ることができなくなっってしまった。

 役目を果たしたリンは天界に戻ることができたが、ふたりの勇者と王女は三人だけで雪解けを待つしかなかった――というのが公文書に記された事の顛末だ。

 フーバー王は再会した愛娘を涙を流して抱きしめると、彼女を救ってくれたふたりの勇者を労った。

 指揮系統を失った魔族は、この時点ですでに散り散りになっており、この記念すべき日を以てフーバー王は人類の勝利を宣言した。

 王都に帰還した勇者たちは歓呼の声を以て人々に迎えられ、数日後フーバー王は一等市民と二等市民の区分けを撤廃し、両者は等しく平民と呼ばれることとなった。

 元よりこの区分けは戦乱後の統治を円滑に行うためにやむなく導入したものであり、王の本意ではなかったらしい。

 貴族制度は引きつづき残されたものの、特権のいくつかが廃止され、極端な格差は是正された。

 このような大きな改革がスムースに行えたのは皮肉にも魔族の脅威によって国力が低下していたためだといわれている。

 それでも若き英雄の凱旋は人々の心に大きな希望の光を灯した。

 数年後、騎士軍の働きによって残るモンスターが再び辺境に追いやられ、次々に都市が解放される中、十三番目の勇者と王女の婚姻が報じられると大陸は歓喜の声で沸き返った。

 それは次なる国王の誕生を示すものでもあり、元二等市民出身の王は圧倒的多数の民衆によって支持された。

 彼の妻となった美しい王妃は、とかくその美貌ばかりが語られがちだが、その聡明さによって歴史に記した功績は枚挙に暇がない。

 彼女を救うために魔族となった十二番目の勇者は人前に姿を現すことこそ稀だったが、有事の際には漆黒の甲冑を纏って颯爽と現れ、素早く事件を解決してみせた。

 後に稀代の名君と呼ばれた新王が最大の友と呼ぶ彼の活躍もまた、この世界の歴史に燦然と輝くものになったのである。

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