第17話 桜の雨

 光刃が世界を斬り裂き鮮血が迸る。

 誰かの悲鳴があがるが、斬り伏せた相手のものではない。悲鳴をあげる暇などあるはずがない。それよりも早く、敵は五体を細切れにされて消し飛んでいる。

 一瞬前まで人の形をしていたものの破片が床に落ちるより早く、四十谷深雪は時の流れすら追い越すような速さで次の標的に向かって踏み込んだ。

 敵の手にはサブマシンガンが握られていたが、構えるどころか反応すらできずに血煙となって消し飛ぶ。

 深雪がこの部屋に飛び込んでから、まだ数秒と経っていない。

 手にした刀は桜色の光を纏い、一振りする度に魔力の光が、さながら桜の花びらのように舞い散っている。

 聖刀「桜月夜」――それがこの刀の名だ。神鳴国に名だたる二大流派の一方、星辰煌刀流せいしんこうとうりゅうの至宝とされる霊刀だった。

 深雪がそれを一閃するごとに、そこにある命の火が確実に消え去っていく。彼我の戦力差は端から歴然としていたが、手加減するつもりはまったくない。

 ここに集った連中は人をやめた獣に過ぎない。それもこの世でもっとも価値のある花を散らそうとしたドブネズミだ。そんなモノにかける情けなどあるはずがなかった。


「弟子風情がふざけんなぁぁぁっ!」


 叫んだのは敵の首魁だったかもしれない。

 しかし、深雪はそれが言葉であることさえ認識しなかった。

 首魁がサブマシンガンの引き金を引いて弾丸を撒き散らすが、深雪はその弾丸をひとつ残らず切り払いながら突撃していく。


「バ、バケモノかぁぁぁっ!」


 大した芸当ではない。少なくとも深雪にとっては児戯に等しい行いだ。

 そのまま間合いを詰めて手にしたマシンガンガラクタもろとも首魁を細切れにすると、そこで初めて深雪はステップを踏んで後ろに下がった。

 同時に横合いから伸びた炎が視界を埋め尽くす。

 最後に残った敵が掌から放った異能・・の炎だ。

 それを見ても深雪は眉一つ動かすことなく刃を向ける。


「来るなぁぁぁっ!」


 敵は狂乱しながら炎を撒き散らした。動揺から異能の制御を乱し、自分の手が燃えてしまっているが、痛みを感じる余裕もないようだ。まさに死にものぐるいの抵抗だが、深雪は手にした刃で炎を削りながら接近した。

 引きつった顔で敵が何かを叫ぼうとし――その瞬間に終わっていた。

 神速の刃は一瞬にして人体を粉微塵にする。

 最後のひとりも赤い霧となって消し飛び、わずかな断片だけが床に落ちて嫌な音を響かせた。

 それでもなお、深雪の意識は油断なく周囲に向けられていたが、やがて危険がないことを悟ると、ゆっくりと刀を降ろした。

 途端に吐き気を催す異臭が鼻をつく。

 まるで、時の流れの中で置き去りにしていた五感が追いついてきたかのような感覚だ。

 血煙となって死に絶えたけだものどもの臭いは不快だったが、そんなことはもうどうでもいい。

 深雪は部屋の片隅へと視線を向けると、そこに座り込んでいた親友のもとへと駆け寄った。

 ロープで固く縛り上げられ、衣服には血も滲んでいたが、深刻な外傷は見当たらない。

 なによりも、間違いなく生きていた。


「良かった……」


 この世で最も大切な少女――住良木すめらぎさきの無事を確認して涙がこぼれそうになるが、なんとかそれは堪える。大げさにすると恩着せがましくなると思い、極力普通に話しかけた。


「|サキ……助けに来たよ」


 名前を呼ぶと、彼女はゆっくりと顔を上げた。


深雪みゆき……」


 その声は震えていた。

 深雪は思わず息を呑む。

 親友は、これまで一度も見たことがないような顔をしていたのだ。

 深雪と同じく星辰煌刀流せいしんこうとうりゅうの使い手であり、怖れなどとは縁のないはずの彼女の瞳に、はっきりと恐怖の感情が浮かんでいる。

 だが、怖い目に遭わされて怯えているわけではない。深雪が知る限り、彼女ほど勇敢な人間は他にいない。

 ならばその恐怖はどこから――。

 その答えはこの世で最も美しい水晶の中に、くっきりと映し出されていた。

 ここに至るまでの戦いで泥と返り血に汚れながら、殺戮を繰り広げた末に、今も穏やかに微笑む小柄な少女の姿。四十谷深雪という名の怪物の異様な姿を目の当たりにしてなお、サキの瞳に映る少女は微笑みを絶やすことがない。

 ふり返って部屋を見渡せば、身体の半ばを塵に変えられた人間の残骸が転がっている。

 ここだけではない。この部屋に来るまでにも深雪はすべての敵を声すら上げさせることなく瞬殺してきた。


(ああ……そっか。そういえばわたし……生まれて初めて人を殺したんだ)


 それを自覚しても深雪の心には波風ひとつ立たない。これだけの命を奪いながら後悔もなく懺悔もない。奴らはサキを嬲り殺しにしようとしていたのだから、当然の報いだとしか思えない。

 だが、そんな割り切り方ができる時点で、もうまともではない。


(わたしは人として壊れてる……)


 静かに認めると、深雪は視線を戻して、もう一度サキの顔を覗き見た。彼女はつらい想いに堪えるように目を伏せている。

 今になって気づく。先ほど耳にした悲鳴は敵のものではない。他ならぬサキが狂った友人に向けて叫んでいたのだ。


『もうやめて』――と。


 それでも、たとえ気づいていたとしても、深雪は止まらなかっただろう。

 サキは深雪のすべてだ。友情と呼ぶには強すぎるほどの想いを抱いた、この世でたったひとりの存在だ。

 彼女がテロリストに囚われたとき、助けに行こうとする深雪に未来視の力を持つ人物が告げた。


〝いかな手段を用いようとも、サキが救われる未来はない。行けばふたりとも死ぬ〟


 その予言を覆すために、深雪は一切の手心を加えず戦うことを心に決めていたが、後から思えばそんな決心は不要だった。元より躊躇する心など深雪の中には存在しなかったのだ。


(ここにいた連中がけだものだとすれば、このわたしはいったい何なのだろう? 悪鬼羅刹か死神か……どちらにせよ、悪魔染みた何かだよね)


 ぼんやりとした頭で結論づける。


(サキがあんな連中に捕まってしまったのは、そのやさしさのせいで相手を斬ることができなかったからなのに……わたしと来たら……)


 変わらぬ微笑みを浮かべたまま深雪は静かに認めた。


(わたしにはサキのそばにいる資格がない)


 戦いの中で舞い上がった桜色の魔力のカケラが花びらのように静かに降りそそぐ中で、今なお肩を震わせる愛する人の姿を前に、深雪は自分自身に深く失望していた。 

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