第5話 変ですね

「とまあ、こんな感じです。えへへ」


 ラビィに話す時はだいぶ端折ったが、気付けば十分ほど時間が経っていた。シェリーの要領が悪かったせいもあるだろう。しかしラビィはほとんど口を挟まず聞くことに徹し、内容をしっかりと理解したうえで、お菓子の皿をも空にしていた。

 初恋のエピソードと呼ぶには物騒が過ぎる――というのがラビィの感想だった。世の中の女の子はもっと平和な恋をしているはずなのに。本人が満足そうなのはよいことだが。


「なるほどねぇ。先輩がフローラの話を渋った理由が分かった気がします。こりゃあ、一筋縄じゃ行きそうにない御方だわ」

「そう?」

「そうでしょう。シェリー先輩の話しぶりじゃあ、ルークさんとフローラはかなり親密だったようですが」

「うん。仲良かったよ。手を繋いだりとか腕組んだりとか、時にはパイを分け合って食べる姿も……」


 遠い目をして天井と壁の境目あたりを見つめだすシェリー。当時のショックが蘇っているのだろう。またもや生気が抜けかけている。

 ラビィは眉を吊り上げてパァンッと手を打ち鳴らした。


「もう! しっかりしてください! 今ルークさんの彼女はシェリー先輩なんですからっ。昔の女に気後れする必要なんかねーですってばっ」

「う、うん。ごめんね、ラビィ」

「謝る必要はないです。で、ルークさんとフローラは仲良しだったみたいですけど、どちらかというとフローラがルークさんに執心しているように思えます。家族ぐるみの付き合いってのも、家族の柵がないあたしからしたら『親同士が親しいんだから、子供のあんたたちも仲良くしなさい』っていう一種の暗示に感じちゃいますね。フローラがそれを逆手に取って、親密に見せかけていた――ってのはあたしの考えすぎでしょうか」


 その所感は、シェリーの意表を突いた。

 確かに、積極的なのはいつもフローラだった。シェリーにはできないことだからこそ、余計羨ましかったのだ。ただ、ルークの方も拒まずに受け入れていたのだから、仲の良さは事実なのではないかとも思う。


「ところで、フローラさんが亡くなったのはいつ頃なんです?」

「私とルークたちが初めて会った、その少し後だよ。半年も経ってなかったかな。事故だったらしいよ。資材置き場で、倒れてきた木材の下敷きになったんだって。想像するだけで怖いよね……」

「はひゃあ。それは不運でしたね。でも、フローラはなんでそんなとこにいたんでしょう? 他に人はいなかったんですかね?」

「そこまでは知らないなぁ」


 それはシェリーも考えたことがあった。フローラはルークにべったりだったのに、どうして事故が起きた時は一人だったのかと。ルークがいれば守れたかもしれないのに。ラビィの言う通り、不運だ。


「いずれにしろ、変ですね」

「フローラさんとルークが一緒にいなかったこと?」

「はい? ……あ、いえ」


 ラビィは戸惑った風に瞳を揺らし、その後慌てて首を振った。


「そうじゃなくて、フローラの年齢ですよ。もう一つ聞きますけど、昨日現れた生まれ変わりの方は何歳くらいの女の子だったんです?」

「十五、六ってとこじゃないかな。若くてピチピチだったよ」

「先輩もピチピチですから――じゃなくて。やっぱり変です。前フローラが亡くなったのが十年前。その後生まれ変わったんなら、十歳以下のはずですよね。この差はどういうことだろう」


 顎に指を置いて考えるラビィに、シェリーははっと目を瞠った。

 単純だが、はっきりとした矛盾だ。なぜ指摘されるまで気付かなかったんだろう。昨日見たことの衝撃が強かったせいもあるにしても、視野が狭くなりすぎていた。

 先輩として、すごくマイナスだ。そのマイナス分を埋めるべく、シェリーは腕を組んで真剣に頭をひねる。


「う、うーん。爆速で成長してるとか」

「ルークさんと見た目釣り合い取るために? 人間辞めてるなぁ」


 ダメらしい。


「じゃあ、他の誰かの体を乗っ取ったとか」

「怖っ! 先輩の思考回路怖っ!」


 椅子ごとドン引きされた。


「むっ。じゃあ、神様が都合のいい肉体を用意した!」

「先輩の予想、なんで尽くホラー寄りなんですか」

「え~、ダメなの?」

「ダメっていうか怖いです。あと、現実味のある予想を立てましょうよ」

「現実味って言われてもなぁ」


 シェリーは背凭れに体を預け、天井を見上げた。

 "現実味"のない出来事に遭遇したのは、まさに昨日の話だ。あれから一日以上経ったが、未だにどこか信じられない気持ちが残っている。正確に言えば、「信じたくない」かもしれない。生まれ変わりのことも含めて、何故よりによって初デートでなければならなかったのかとか、そもそも何故自分と直接かかわりのある範囲で起きるのかとか。他人事であれば、今でも幸せな気分でいられたのに――と、またもやネガティブになっている自分に気が付き、シェリーは慌てて首を振った。


「まあ"奇跡"っていう事象自体、畢竟ご都合主義の塊みたいなもんですからね。神様に愛されるってだけでスゴイ力が手に入るとか、羨ましい限りですよ」


 ケッと唾でも吐きそうな顔で言い捨てたのち、ラビィははっとシェリーを向いた。


「あっ、別にルークさんを批判してるわけじゃないですからね?」

「分かってるよ。私だって、今回のは反則だって正直思っちゃったもん」


 でも、フローラにしたら大チャンスに違いない。絶対必死になる。生きていた頃にできなかったこと、全て手に入れたいと思うのは当然のことだ。

 彼女と同じように生きたとしても、シェリーには生まれ変わりのチャンスなんて巡ってこないだろう。シェリーだけじゃない。大勢の人間がそうだ。そう考えると、神に愛されるのも一種の才能という気がしてくる。


「あと気になるのは……やっぱり、ルークさんが生まれ変わりの話をあっさり信じたっぽいところ、かなぁ」

「どうして?」

「いや、だって」


 頬杖をついたラビィの頬肉が、むにっとスライムのように潰れる。これは、すごく怪しんでいる顔だ。


「だって普通はそんな簡単に信じなくないですか? まずは狂言。相手が自分を騙そうとしてるんじゃないかって疑いますよ。あたしなら。シェリー先輩は、ルークさんが信じたから信じた、ですよね?」


 お前はどうなのだと聞いてくる。

 それに対するシェリーの答えは、昨晩何度も何度も自分の中で繰り返したものと同じだった。


「ルークの反応を見て察したのは確かだよ。でも、今は確かにあの子はフローラさんだと思ってる。思い返せば思い返すほど、記憶の中のフローラさんと重なるんだ。笑い方とか、声の抑揚とか、目の向きとか――矢印が全部ルークに向かってるところが、フローラさんそのものだった」


 シェリーの中でフローラは、熱心なルーク信者という印象だ。同じ愛でも、シェリーのそれとは少し違う気がする。だからこそ揺らいでしまうのだ。シェリーのルークに対する愛は軽いんじゃないか? フローラの方が重く正しいんじゃないか? ルークに必要なのは、より強い想いを持つ方なんじゃないか?

 そんなことばかり考えたせいで、昨夜はすっかり疲れ果てた。


(ルークから連絡はないし……)


 フローラが出てきてデートが滅茶苦茶になったあと、ルークとは何も言葉をかわさずに帰ってしまった。そんな隙がなかったからでもあるけど、今思えば無理矢理にでも割って入った方が後々楽だったのかもしれない。変に退いてしまったせいで、嫌な想像を膨らませてしまう。

 そういえば、フローラはシェリーのことを覚えていないのだろうか。ルークとは少し距離があったから、シェリーの姿が視界に入っていなくとも不思議はないけれど。

 先程のラビィの言葉が蘇る。

『でも、フローラはなんでそんなとこにいたんでしょう?』

 待ち合わせ場所として人気のサンクレスト広場。彼女も誰かと会う予定だったのか。そこに偶然ルークが現れた。なんという出来すぎな話。それとも、神の奇跡は人間の幸運値にまで影響を及ぼすものなのか――。


「なるほどなぁ。フローラのことをよく知るシェリー先輩とルークさんが言ってるなら、間違いないのかな」


 ラビィの言葉が耳を通って脳みそをつつく。彼女は頬杖をやめて腕を組み、黒い瞳に聡明な光を走らせている。何度見ても頼りになる姿だ。だけど、ラビィは一つだけ間違っている。シェリーは物思いから我に返ると、後輩の思い違いを訂正した。


「いや、私はよく知らないよ。フローラさんと話したの、初対面の時だけだし」


 は? と、ラビィの目が点になる。その反応に、シェリーもぱちくりと目を瞬かせる。

 一瞬、空虚な時間が二人の間に流れた。


「いやでも、さっき遠い目をして言ってたじゃないですか! 腕を組んでたとか、手を繋いでたとか。あっほら、食べ物分け合ってるの見たって!」

「そんなの、物陰に隠れてそっと見たに決まってるでしょ」

「はああ? そういうのストーカーって言うんですよ!」

「えっ、そんな」

「そんな、じゃないんですよ……。はぁ、シェリー先輩はシェリー先輩だなぁ」


 失礼なことを言われた気がするが、大変疲れた様子のラビィを見ると何も言えなくなるのだった。


 そこに、バタバタと騒がしい足音が近づいてくる。休憩室の奥は階段しかないので、足音の主がどこを目指しているのかは考二つに一つだ。加えて「急いで」という条件がつくと、不測の事態が起きたのかと身構えてしまう。

 シェリーとラビィは、やや緊張を孕んで顔を見合わせた。


「大変よ! シェリー、ラビィ! ちょっと来て!」


 バアンっと扉が強く開かれ、受付のバッジを付けた女性が息せき切って現れる。

 女性は二人が何事か問うよりも早く、逼迫した顔で言い放った。


「貴族のお嬢様の襲来よ! 『シェリー・ベルモットを出せ』ってえらっそーに要求してる!」


 その言葉に、シェリーたちは揃って目を丸くするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る