チャラ男vs薄い異世界 うぇーいオーク君見てるー?君が好きな姫騎士様と聖女様は俺の隣にいるよー

福朗

うぇいなる者と獣を従える者たち

前書き

色々と息抜きなんで勘弁してください。いったい俺は何を書いてるんだ……でも宇宙的電波を受信して……!



「うぇーい。あれが宮殿船かー。すげーじゃん……つーか船?」


 実に品のない青年がニヤついた表情で、海に浮かぶ超巨大船を眺めている。

 常人を大きく超える背丈に、やたらと筋肉質で厚みがある体。

 元は黒髪だったのを金髪に染めているのだが、手入れをする時間が無かったのか根元の方は元の黒を取り戻している。

 目元は前髪で隠れ表情を窺うことは出来ないものの、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべている男の目など誰も気にしないだろう。

 服は質素な白シャツとズボン。胸元を大きくはだけているせいで褐色の胸筋が垣間見え、短い袖からは血管の浮いた太い腕が露わになっていた。

 総じて述べると、一般の人間がお近づきになりたくないタイプの青年で、どこぞの裏路地で犯罪を行なっていたらしい。という噂が流れると、誰もが信じてしまう雰囲気を醸し出していた。


 そんな青年が眺めていたのは、船という名前が付いているだけの水に浮かぶ宮殿だ。

 真っ白な外壁は汚れ一つなく太陽を反射し、複数の塔が天に聳えている城とも表現出来るそれが、どうやって浮いているのだろうか。

 作るのにどれだけの費用が発生したのか。恐らく内装も凄まじいに違いない。

 青年の脳に疑問が浮かんでは消え、間近で眺めたいという欲求が強くなる。

 そんな青年に水夫が話しかける。


「着きましたぜ」

「ありがとねー。父ちゃん母ちゃんによろしくー」

「そのぉ、本当におひとりでいいんですかい?」

「いいのいいの。男が一匹、別の土地で生きていく時は郷に入っては郷に従えさ。この服だって合わせてるっしょ?」

「へえ……まあ、そういう考えは嫌いじゃねえですが」


 逞しい水夫が、大荷物を背負っている青年と話をするが長く続かない。

 一方の青年も複雑な話をするつもりはないようで、自分が乗っていた木造船から降りると、久方ぶりの陸地の感触を確かめる。


「笑顔よし。服装よし。荷物よし。しゅっぱーつ」


 両手の人差し指で口角を確かめ、身の回りの物もチェックした青年が歩き出す。なお、良しと判断した笑顔は相変わらず品のないニヤニヤ笑いだ。

 彼の目的地は定まっているようで、迷いのない足取りで港を歩き、猟師や水夫、住人たちとすれ違い……。


「なんだアイツ?」

「随分とガラの悪い……」

「どこの生まれだ?」


 荒い港の住人すら戸惑う品のない笑みを振りまいた。


「さて……あの人にするか。すいませーん」


 あまりにもチャラチャラとした雰囲気を印象付けた青年は、超巨大な宮殿船に近寄ると、係員らしき人間を見つけて話しかける。


陰一陽世かげいちようせい……多分、カゲイチ家のヨウセイって名前で乗船登録されてる筈の者ですー」

「カゲイチ家のヨウセイ……東国ひがしくにの人間か?」

「よりもっと東の東極国とうきょうこくの生まれっす」

「ふむ……あった。あったが……うん? 獣の名が不記載?」


 チャラチャラした男が陰一陽世。ヨウセイを名乗ると、役人らしき者は聞きなれない名から、独自の文化を築いている東国の生まれかと判断したが、彼の生まれは最も東に位置する島国だった。

 そして役人は宮殿船に乗る最も重要な項目が半分しか埋まってないことに疑問を覚え、記載ミスかと首を傾げた。


 従門、もしくは獣門と呼ばれる奇跡がこの世界には存在する。


 上位なる神がか弱き下位なる人を憐れみ、金属の獣を与える奇跡は、それを受け取る資格が現れる。

 最も分かりやすいのは左右の手の甲で輝くまん丸い紋様だ。

 この紋様があれば神に選ばれた特権階級として認められ、宮殿船に乗り込み世界各地の王族に面会する宗教的儀式に参加することになる。

 ただ、何事のも例外があるものだ。

 ヨウセイが従える筈の金属獣の名が無いというなら、つまりはそういうことである。


「いやあ、うんともすんとも反応しなくてですね。契約してる獣はいないんすよ」

「なに?」


 へらへら笑うヨウセイの言葉で役人の顔が一変する。

 従門の儀式を執り行ったのに契約する獣が現れなかったと言うことは、それ即ち神から見放されたという明確な証だ。

 それだけでどんな生まれだろうが嫌悪の象徴となり、関わるに値しない汚物となり果てる。

 尤も制度の欠陥というべきか、神に選ばれた証を持ちながらも神から見放されたという、矛盾を想定していなかった古代の人間は、宮殿船に付属する行事に例外を策定していなかった。そしてぽつぽつと例外が発生する頃には、古代の単なる行事は聖務や聖典と化し、下手に弄れない代物になり果てていた。

 結果、ヨウセイのような汚物は仕方なく宮殿船に乗せられ、肩身が随分と狭い思いをしながら各地を旅することになる。


「それでなんすけど、船に入れます?」

「追放者め。早く来すぎだ。まだまだ日にちが必要だから、大人しく向こうの宿泊所に籠ってろ」

「うーっす。じゃあ失礼しまーす」


 神から見放された者達の総称、追放者と呼ばれたヨウセイは気にすることなく、宮殿船から少し離れた場所に荷物を降ろした。

 チャラ男はどこへ行っても世間から摘まみ出されるのが宿命なのだ。


「あー。いい感じに焼けそう。服を脱ぎてえなー。うん?」


 それから暫く。

 港町の日光を浴びていたチャラ男が、海からやって来る大型船に気が付いて視線を向ける。


「うぇ、うぇーい……常識のない馬鹿を自認してたけど、思った以上に世間知らずだったかなあ」


 品のないヨウセイが頬を引きつらせるのも無理はない。

 果たして大型船という表現は正しいのだろうか。少なくとも一応帆船の形をしているくせに、マストが何故か樹木なら、船というカテゴリーに含めていいのかも怪しい。

 ヨウセイの疑問は港で働く水夫たちも同じだった。


「いつも思うけど、あれでどうやって動くんだよ……」

「木から発せられる魔力がどうのこうの……」

「エルフの美的感覚はさっぱり分からん」


 あの類の船を何度か見たことがある水夫たちでも、マストが樹木なのは慣れないらしく、口々に理解できない物体について語り合っていた。


「すいませーん。お話聞こえちゃったんですけど、あれってエルフの船なんですか?」

「あん?」


 ヨウセイが手の紋様を見せないように話しかけると、水夫たちはいぶかしげな表情を浮かべたが、追い払う仕草は見せなかった。


「そうだよ。森に棲んでて、耳が尖ってるあのエルフさ」

「目玉はなんと言ってもレガリア獣持ちの姉妹姫だな」

「姫騎士って呼ばれてる姉が馬に使う拍車。聖女って呼ばれてる妹が王笏らしい」

「なんでも超美人らしいぞ」

「ほへー。そうなんすねー。ありがとうございますー」


 ヨウセイは次から次へと飛び出してくる情報の内、レガリア獣だの、拍車に王笏だのは理解できていない様子だったが、最重要のことに関しては極まったニヤニヤ笑いを披露した。

 恐らく姫騎士と聖女の姉妹で、超美人という項目に反応したのだろう。


 森に住む不老長寿の民、エルフは誇り高い種族であると同時に凄まじい美形で知られており、かつてはその美貌を巡り悪徳が絡みついたこともあった。

 今のヨウセイの面はエルフを売り飛ばそうとした者達と同じようなもので、彼の品性の無さが伺えるだろう。


「エルフかぁ。こりゃ一目見ておかないとなぁ」


 下品を通り越して下劣な顔となったヨウセイは、エルフ達が下船すると思わしき場所に歩き始め、似たようなことを考えた者達の中に混ざる。

 いつの世も美しさは一つの強さであり、人を惹きつける最も重要な要素だ。それを見ようとするのは当然の真理で、人々が群がるのも無理はない。

 ただ、外の美しさと中が必ずしも一致しないことには、理解しておくべき事柄だ。


「わお」


 言葉通りの木造船から出てきたのは、簡素な服を身に纏いながらも評判に相応しい者達の集団だ。

 全員が金髪碧眼。チャラ男の無理に染めたけばけばしい髪色ではなく、天然の金を溶かし込んだような髪。日に焼けたことが無いと思わせる白い肌。

 なにより男女を問わない美しさ。


「おおぉ……」


 衆人たちからも感嘆のため息が漏れ、気性の荒い水夫たちも大人しく見届ける。

 そして登場するのはエルフだけではなく、金属で構成された獅子や猛禽など、獣の王や空の覇者が堂々とした姿を見せつけ、百獣が闊歩する偉大な光景が作られる。

 その威容は、なるほど。獣を所持していないことを理由に、扱いが悪くなるのも納得出来る力強さだ。


「おおおっ!」


 群衆のどよめきが最高潮に達した。

 世に名高きエルフの姉妹、姫騎士と聖女が現れたのだ。


「あれが妹姫の聖女、セリア様らしい」


 まず群衆の注目は姉を差し置いて妹エルフ、セリアに向かった。

 美貌という点では勝るとも劣らない姉妹だが、たった一点の違いが明確な勝者と敗者を生み出していた。

 姉姫もそこそことはいえ、妹姫の方が胸部装甲の性能において圧倒的と表現するのも生温い水準で勝者なのだ。

 しかも垂れ目な青い瞳は無垢で親しみやすさを感じさせ、腰まで流れる長い髪は柔らかさを醸し出している。

 ついでに口元には薄っすらと微笑みも湛えているため、酒場に行った日には迷惑な男たちが群がって、延々と自慢話を聞かされるような雰囲気だ。


「レガリア従門、王笏蛇……」


 学者のような群衆が熱心にセリアの持つ長い杖、王笏に熱い視線を送っている。

 白の王笏は女性として平均的なセリアの背丈ほどもあり、それに巻き付く様にやはり白の金属蛇が絡みつき、唯一赤い瞳だけが爛々と輝いていた。

 世に従門数あれど、最も名高きは王権の力を宿した金属生物、レガリア従門である。

 その中の一つ、王笏蛇をエルフ王族の妹姫が持っているのだから、計り知れない権威を彼女に齎していた。


「あっちは姉姫、姫騎士エルフのアレイナ様だ」


 なぜ姫なのに騎士なのか。それは薄い異世界においても永遠の謎だが、とにかくその称号を持っているエルフが馬上で人々の視線を集める。

 肩甲骨の辺りまで金髪が揺れている彼女は、青い瞳が中々に鋭い。もしくは気が強そうと表現出来る形で、気の弱い人間なら近づけない気高さを醸し出している。

 妹姫がなんでも受け入れそうな白いキャンバスなら、姉姫の方は汚れを許さない漂白の純白だ。悪を決して許さないと伝わる姫騎士の称号が相応しい女性と言えるだろう。


「レガリア従門、拍車馬……」


 再び学者のような人間が呟く。

 馬上にいるアレイナだが、正確にはユニコーンを模した白い金属馬に乗り、彼女の踵には馬を刺激して合図をする拍車の丸い突起が白く輝いている。

 レガリア従門の一つ、拍車馬はアレイナに金属ユニコーンの愛馬を提供して、姫騎士の名に相応しい存在にしていた。


「へえー。姫騎士様と聖女様ねー。さて、俺も宿泊所に行こうか」


 世界の美を集めた光景はヨウセイも目撃しており、彼は気色悪いニヤニヤ顔を浮かべたまま、通り過ぎていくエルフの集団を見送ってその後を付いていく。

 管理が面倒なので従門所持者の宿泊所は一か所に定められており、ヨウセイとエルフたちの目的地は同じだった。

 尤も今宿泊所に行けば、大勢のエルフたちで混雑するのが間違いないので、ヨウセイは物珍しいものが沢山ある港町をじっくり見ながら歩いていた。


「えーっと、ここが宿泊所かな? 何でもかんでもデカいなあ。まあ、デッカいのはいいこった。内装もすげえし」


 それから暫く。

 大荷物を抱えたヨウセイは巨大な宿泊所に辿り着くと、内装に感嘆しながら中に入る。

 流石は神に選ばれた者たちの宿泊所。壁や天井、絨毯のみならず細々とした机まで、高級感に溢れており、チャラ男は完全に場違いだった。


「すいませーん。宿泊所に行けと教わったんですがー。多分、カゲイチ家のヨウセイで登録されてますー」

「カゲイチ家のヨウセイ様……はい、確認が……うん? 従門が……」

「いないんで不記載なんすよ。追放者ってやつです」


 港と同じやり取りをすると案の定だ。

 係員は途端にヨウセイを汚物とみなして嫌悪に満ちた表情となったが、港と違うのはギャラリーが多くいたことだ。


「追放者だと?」

「なぜこんなところに追放者がいる」

「ふざけるな。早くここから出て行け!」


 とある事情で近くの森に向かうエルフの若者たちが、口々に神に見放されたヨウセイを罵る。


「おいおい。追放者と同じ寝床とか冗談じゃないぞ」

「うげぇ……」

「来るなよ……まさか宮殿船にも乗るつもりか?」


 それだけではない。通常の人間種ながら従門を持っている者たちも顔を顰めて、追放者と同じ空間にいたくないと文句を言い始める。


「いやあ、仲良くやりましょうよ。特に変なことはしませんから」

「口を開くな!」

「とっとと失せろ!」

「追放者が!」


 頭一つ分は高い背丈だろうが、シャツを押し上げる筋骨隆々だろうが、獣を従えていない一点で汚物として完成しているヨウセイは、間違いなく世界にとっての追放者だろう。


「追放者を入れる訳にはいきません」

「うぇ、うぇーい」


 管理側としても、宗教的制約で縛られている宮殿船ならともかく、それとは無縁な宿泊所全体からの文句など対応できない。

 よってヨウセイは追い出され、とぼとぼと消えて行った。

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