第29話 財団訪問

「わ、私も行くのですか?」


 仕事納めの前日、長官室に呼び出された社会局の援護課長が驚いて言った。


 今日の午後、キリトはワタルの案内で救民事業を行っているミャムミャム財団を訪問する予定だったのだが、せっかくなので援護課長も連れて行くことにしたのだ。


「そうだよ、政策立案者が現場を知らないのは良くないからね。急だけど、一緒に行こう」


「で、ですが、今日の午後は局内の会議がありまして……」


「代理で援護課の誰かに出てもらえば大丈夫だよ。エルンさん、調整してもらってもいいかな?」


「はい、先ほど社会局長にご相談したところ、ご了解いただけました」


流石さすがエルンさん、仕事が早いね。それじゃあ、午後よろしく」


 渋る援護課長の外堀を埋めて、キリトは有無を言わさず連れて行くことにした。



 † † †



 午後、キリト、エルン、ティム、そして援護課長は、官用車でニャト市郊外にあるミャムミャム財団の施設に着いた。


 敷地の入口で車を降りると、ワタルとミャウ族の女性が待ってくれていた。ワタルは今日は休暇ということだったが、いつもの燕尾服のような制服を着ていた。


「キリト様、皆様、今日はお越しいただきありがとうございます。ご紹介します。財団のミーヤ理事長です」


「初めまして皆様。ミャムミャム財団理事長のミーヤです。ワタルさんには無償で色々と財団のお手伝いをしていただいており大変感謝しております」


 ワタルの紹介を受けて、ミーヤが挨拶した。ふくよかな灰色の毛並みのミャウ族だ。高齢のようだ。


「やだなあ、ミーヤさん。僕は遊びに来てるだけですよ。さあ、皆さん、中へどうぞ」


 ワタルの案内で、一向は敷地の中に入った。敷地の手前は広場になっていて、子ども達がネズミのような生き物の絵が描かれたボールで遊んでいる。奥には真新しいプレハブの2階建ての建物が建っていた。


 ワタルが感慨深そうにプレハブを見つめながら言った。


「今月の頭にようやく建てることができました。それまでは掘っ立て小屋とテントで対応していたんです」


 一向はプレハブの建物の中に入る。中は、事務室、食堂、教室、医務室、病室の他、寄宿舎が設けられていた。


「事業はいかがですか?」


 キリトがミーヤに聞いた。


「立ち上げ当初に比べれば、だいぶ安定してきましたが、まだ助けられない命も多く、悔しい思いをしています。ニャト市以外の北部の各市には、まだここまでしっかりした施設が出来ていませんので、病死や凍死をする戦災孤児、傷病者等が少なからずいる状況です」


 ミーヤは、事務室に一向を案内すると、一冊のアルバムを見せた。


「ここにある写真の人達は、この施設に来たものの、資金不足で十分な治療を受けられずに亡くなった方々です」


 老若男女のミャウ族十数人の写真が綴じられていた。幼い子どもが多い。それぞれの写真の下には、名前と亡くなった日付、最期の言葉が記されていたが。


「ニーニャ 8.20 お菓子が食べたいな」

「ミミン 10.23 息が苦しいよ」

「マオ 11.3 お母さんに逢いたい」

「ミャーウ 12.15 まだ死にたくない」


 ……一同は無言でアルバムのページをめくった。


 キリトは、ちらりと援護課長を見た。援護課長は、アルバムの一人一人を食い入るように見ていた。


 ミーヤが静かな声で話しかける。


「先日、報道で所得再分配を強化する税制改正があるとお聞きしました。再分配により、一日も早く、こういった悲劇が少しでも減るような施策を実施していただければと、切に願っております」


「きっと彼が素晴らしい施策を立案してくれると思いますよ。ね」


 キリトは援護課長を見て微笑んだ。援護課長は少し驚いた顔をして、小さな声で答えた。


「……努力いたします」


 その時、事務室にミャウ族の子ども達が駆け込んできた。


「失礼します! ねえねえ、ワタルお兄ちゃん、早く遊ぼうよ!」


「そうだね、よし、遊びに行こうか!」


 ワタルはキリト達に会釈すると、ティムを連れて子ども達と外に走って行った。


 ふとキリトが援護課長の方を見ると、なぜか幼いミャウ族の女の子が、援護課長の赤いマントの裾を無言で握っていた。援護課長はどうしていいか分からず、立ちすくんでいる。


 ミーヤが援護課長に声を掛けた。


「あらあら、人見知りするニニがそんなに近づくなんて珍しい。是非とも一緒に遊んであげてくださいな」


 ニニと呼ばれた子どもが無言で援護課長のマントを引っ張って、外に向かう。


 援護課長は「えっ? えっ?」と戸惑いながら、広場に出て行った。


 援護課長を見送った後、キリト達は事務室から廊下に出た。すると、一人のミャウ族の少年が立っていた。


 黒い毛並みとその顔立ちに見覚えがあったキリトは、少年の前でしゃがむと、優しく話しかける。


「もしかして、あのときの投石少年かな?」


 少年は、少しバツの悪そうな顔をして、キリトに言った。


「……あのときは、すみませんでした」


「いいんだよ、元気そうで本当に良かった」


 キリトは微笑みながら少年の頭をなでた。道端で会ったあの時と比べて、毛並みが良くなっている。表情も穏やかだ。


 キリトは少年に言った。


「君はボール遊びは得意かな? あの赤いマントのお兄ちゃんに遊び方を教えてあげて」


 少年は、ニッコリ笑ってうなずくと、広場で子ども達に翻弄されている援護課長の方へ走って行った。


「本当に良かった」


 少年を見送りながら、キリトが小さな声でつぶやいた。エルンとミーヤがその姿を優しい眼差しで見つめていた。

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