第3話 初登庁

 翌日の朝、キリトはエルンとティムを伴い、軍の官用車で航空基地を出た。第36区の庁舎へ向かう。


「第36区かあ。元々一つの国だった地域を預かるんだし、大きい組織なんだよね」


 キリトの言葉を聞いて、隣に座るエルンが説明してくれた。


「第36区の職員の定員は約1万5000名。そのうち帝国内務省から派遣された職員は約1000名ですね」


「ご承知のとおり、民政移管前で長官は任命されていませんので、当面は、キリト司政官に直接指揮監督していただくことになります」


 赴任前に軍務省で概略は聞いてはいたが、改めて聞くと、自分がこれだけの組織の長になることに緊張してきた。


「いやー、大役に緊張してきたよ」


「ふふ、ご冗談を」


 キリトは本心を言ったつもりだったが、エルンは冗談だと思ったようで、少し笑った。


 官用車の窓から外を見る。のどかな田園地帯が続く。時々爆撃の後と思われる大きな穴が残っていた。


 しばらくして、農作業をしているミャウ族を見つけた。写真では見ていたが、実際に目で見るのは初めてだ。


 まさにネコが服を着て二本足で歩いているという感じに見えて、キリトにはまるでファンタジーの世界にように思えてしまう。


 田園地帯を抜けた。かつてミャウミャウ共和国の首都とされ、現在は第36区の庁舎が置かれているニャト市に入った。


 ニャト市の光景に、キリトは息をのんだ。


 概略説明で読んだ資料だと、石造りの美しい街並みのはずが、爆撃等で破壊し尽くされたままだ。瓦礫を避けて掘っ立て小屋が作られている程度で、復興はまったく進んでいない。


 石畳の道も、爆撃による穴があいたままで、官用車は速度を落として慎重に進む。


「ひどい状況だね」


 キリトがつぶやいた。隣に座るエルンが表情を曇らせて答える。


「当時の司令部と前任司政官の方針のようです」


 エルンはそれだけ言ったが、表情を見ると、この現状を生んだ軍の作戦と前任司政官の対応に疑問を抱いているように感じた。


 助手席のティムも暗い表情で窓の外を見つめていた。荒廃した街並みの向こうには、近代的な高層ビルの庁舎が見えてきた。



 † † †



 キリトは、長官室の椅子に座った。こんな大きく重厚な椅子に座ったのは初めてだ。なんだかソワソワしてしまう。


 長官室はフカフカの絨毯が敷き詰められていた。壁際に長官のデスクが設けられていて、デスク前には応接セットが、入り口近くには会議用の大きな机が置かれていた。


 入り口を出てすぐの前室には、秘書官とその部下用のデスクが設けられている。


 当面は、長官室を司政官のキリトが、前室を副官のエルンと給仕係のティムがそれぞれ使う予定だ。


「失礼します。飲み物をご用意しました」


 そう言って、エルンがティムを伴って長官室に入って来た。ティーカップは3つだ。


 キリトの提案で、時々3人でお茶を飲むことにしたのだ。エルンとティムは遠慮したが、キリトが1人で飲むのは寂しいと言い張って押し切った。


 これくらいのワガママは許されるだろう。実際、こんな広い部屋で一人は寂しいし。


 もし2人が負担に感じるようであれば、回数を減らしたり、自然消滅させたりするつもりだ。


 キリトは応接セットのソファーに座った。向かいにエルンが座る。ティムがティーカップにお茶を注ぎ、クッキーを用意すると、エルンの隣に座った。


 キリトはお茶を一口飲むと、クッキーに手を伸ばしながら、ティムにお礼をいう。


「登庁初日からありがとう。このクッキーは、この地域のものなの?」


「いえ、帝都の有名なお菓子屋さんのものです。人事課の方が用意してくれていました」


「そうなんだね。うん、美味しい! この第36区にも美味しいお菓子屋さんってあるのかな?」


「占領前は、この地域特産の果物を使ったお菓子で有名なお店が何軒かあったようなのですが、今はないようですね」


 エルンが答えた。


「そうか。早くこの街が復興して、美味しいお菓子が食べられるようになればいいね。頑張らないとな」


 そう言ってキリトは笑った。エルンとティムは少し驚いたような顔をしたが、微笑みながらうなずいた。

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