冷酷な司政官に転生した私が戦後復興に奮闘する話

夢見楽土

第1話 まさかの始まり

 帝国の新領土である第36区に赴任することになったキリト政官せいかんには、誰にも言っていない悩みがあった。1ヶ月前に、何らかの事情で魂が入れ替わってしまったようなのだ。


 入れ替わった魂は、なるきり。ごく普通の日本人で、中学校の社会科の教諭だ。普通に自宅で寝ていて、目が覚めるとこの身体になっていた。訳が分からない。名前は同じ「キリト」。これが魂の入れ替わりの理由なのだろうか。


 幸い、魂が入れ替わる前の最低限の知識は身体に染みついているようで、言葉は問題なかった。

 周囲との関係については、自宅で頭を打って一時的に記憶喪失になったと言い張って、何とかクリアできた。


 本来の「キリト」の魂は「桐人」の身体に入ってしまったのだろうか。いきなり中学校で授業をするのは流石さすがに厳しいだろう。心配だ。


 こちらも同じく厳しい状況だ。どうやら、こちらの「キリト」は、皇帝の一族以外で唯一の公爵家の長子というご身分で、若いながらも軍の少将相当の文官で、占領から併合初期までの行政を担う「司政官」として辣腕を振るっていたらしい。


 冷酷無比な能吏ということで有名らしく、担当する地域の住民にも部下にも厳しく、相当恐れられているようだ。気弱でパッとしない自分とは大違いだ。


 現在は待命期間ということで、休暇に近い状況だが、本格的な任務が始まると、自分に司政官とやらが務まるだろうか。


 とはいえ、もし魂が元に戻ったら、本来のキリトの魂に申し訳が立たない。やれるだけやってみよう。


 ということで、桐人の魂が入ったキリトは、その事実を隠したまま、皇帝陛下の勅旨を受け、「第36区」へ赴任することになったのだった。



 † † †



 赴任前夜。広大な敷地を有するキリトの自宅というよりお城で、キリトは同居する両親や弟と夕食をともにした。


 100人くらい入れるのではないかと思われる大広間で、何人もの使用人の給仕を受ける。いつもより更に豪華な食事だ。


「今回併合した第36区は、確かミャウミャウ共和国とかいう南方の蛮族の国だったな。帝国臣民として、しっかり教化する必要がある。いつにも増して厳しく統治してくるんだぞ」


 貴族院議員である父親がグラスで高級酒を飲みながら言った。蛮族とか言っちゃって、このナチュラルな差別心が怖い。


「キリトは頭をケガしたばかりだし、未開の地である『区』に行くのが本当に心配。これを最後に司政官を辞めて早く議員になって頂戴。お見合い話も何件か来ているんだしね」


 母親がお茶を飲みながら言った。区は、帝国がこの50年で新たに併合した地域のことだ。

 確かこの家で働く執事の中には区の出身者も多かったはずだが。この無神経さが恐ろしい。


「兄さんがいなくなるなんて、寂しくなるなあ」


 弟のフレッドがデザートを食べながら言った。のキリトを何かと助けてくれた。家族唯一の良心だ。


 今は大学で法律を学んでいるが、どうかこのまま真っ当に成長して欲しい。


 そして、この1ヶ月で得た情報を総合すると、キリト本人は「愚民どもをしっかりと教化して参ります」などと言っていたようだ。


 さすがにそんなことは言いづらく、「職務を全うできるよう頑張ります」とだけ答えた。使用人の1人が意外そうな顔をしたのが分かった。


 いずれにせよ、明日は赴任だ。ドキドキしながら豪華な寝室で休んだ。

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