第12話

「お客さん来たらマズいんで、バイト君はこっち」 ラキはそう言って、継人を『従業員用』の暖簾の奥へと招き入れた。万が一、人間嫌いの客が来た時のための配慮らしい。 継人はおずおずと足を踏み入れる。


(やっぱり、広い……) 暖簾をくぐった先は、古びた店の外観からは想像もつかない空間だった。板張りの廊下が続き、突き当たりには六畳ほどの畳敷きの居間まである。どう考えても、あの小さな個人商店に収まる広さではない。


「まあ、適当に座ってよ」 居間の座布団を勧められ、継人はそこに腰を下ろす。ラキはどこからか煎餅の缶を取り出してきた。

「いやー、しかし、見えちゃうようになっちゃったんだって? 大変だねえ」 煎餅をかじりながら、ラキは実に楽しそうに話し始めた。

「ウチのお頭……あ、店長ね。厳しくない? 見た目あんなんだけど、昔から妙に真面目っていうかさ」

「はあ……」

「客が全然こないって? そりゃ、バイト君が『見える』ようになったばっかりだからだよ。客の方だって、新入りの人間に見られるのは緊張するからね。様子見してるんだよ」


ラキのおしゃべりは、まるで堰を切ったように止まらなかった。

「あと、あの棚のガラクタに見えるものはね〜、アレ、実は天狗の……」

「その奥にある瓶詰めの竜巻は、風神の……」


継人は相槌を打ちながら、その話をちゃんと聞いていた。だが、矢継ぎ早に繰り出される異界の情報量と、煎餅をかじるリズミカルな音、そしてこの不思議と落ち着く空間のせいで、だんだん意識がボーッとしてくる。 (なんか、この人……店長とは違う意味で、マイペースだな……) 継人の意識が半分ほど飛びかけた、その時だった。


「……ま、お頭も焦ってるんだと思うよ。あんたが食べちゃった、あの『飴玉』の件があるからさ」


(飴玉――?)


その単語だけが、継人の鼓膜を鋭く打った。

「あの!」 継人は、眠気から覚めて身を乗り出した。 「あの飴玉って、結局なんだったんですか!? 俺、それが原因でこうなったんですよね? 店長、何も教えてくれなくて……」

「え?」 ラキは煎餅をくわえたまま、キョトンと目を丸くした。


「あれ? お頭……店長、話してないの? あんたに」

「何をですか?」 継人が詰め寄ると、ラキは「あ」と口を開けたまま固まった。

「……やっべ」 分かりやすく「しくじった」という顔をして、ラキはガシガシと頭をかく。


「教えてください、ラキさん! あの飴って、そんなにヤバいものなんですか!?」

「う、うーん……」 ラキは継人の剣幕に一瞬たじろいだが、すぐに申し訳なさそうに両手を合わせた。

「ごめん、バイト君! こればっかりは、俺の口からは言えない!」

「なんでですか!」

「ダメダメ。これは、ちゃんと店長本人から説明してもらうべきことだから。俺が勝手に話したら、後でお頭に殺される……いや、マジで」


(そんなに……?) 継人は、ラキの必死の形相を見て、これ以上は無理だと悟り、がっくりと肩を落とした。 「あー……」 継人の露骨な落ち込みを見て、ラキは罪悪感を覚えたらしい。何かを思いついたように、ニヤリと笑った。


「……よし! その代わり、と言っちゃなんだが」 ラキは声を潜め、継人に顔を近づける。

「お頭の弱み、一個だけこっそり教えちゃう」

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