吸血鬼は骸に誓う2
「数年前から俺たちは一本の木の種を植えて育て始めた。今はようやく苗木になれるかどうかでまだ幼く強風に晒されたら吹き飛ばされてしまうんじゃないかってくらい弱くてな。それでも毎日栄養を与えてやらないといけないし、陽の光を当ててやらないといけない。
でも、どうだ? その芽を見守るやつはいなくなっちまう。今は契約上の繋がりでいる他人が面倒を見てくれているが、このままじゃあいづれ枯れて生をまっとう出来ないままだ」
何を懇願するのかと思えばそんな木よりも長命な私に命の尊さを説き、あわよくば育てろとでも言いそうな気配じゃないの。
生憎温もりはこの姿になったときに捨てた。たとえそれが最悪の選択だとしても誰のため、何のために生きていけば良いのかわからずすべてを否定しようとした私は魂を売って今を手に入れたのだから。
「いつかは太くなり、立派に立ち、枝を伸ばし、蕾から綺麗な花を咲かせて自らを彩っていくはずと夢を見ているあいつをただ見守るしかできないでいる俺に価値があるのか、なんてこともよく考える。
今ならすこし、残されるものに苦しみしか遺してやれない自分を憎んだ彼女の気持ちをわかるような気がするよ。
頼みの綱のその木のもとを離れた一人の女性。
たしかに彼女のした選択は最悪なものだった。自ら生命を与えたものを見捨て、自己を優先し、姿を消したからだ。だが、そんな彼女の支えを奪い全てを背負うと誓ったにも関わらずその使命を全うできなかった俺こそが元凶なんじゃないのかと、あの日から頭を離れることはなかった。
そして俺は今、また、救えないで生を終えようとしている。
ああ、情けない。情けないよ」
最後の余力を振り絞るように握り拳をつくる男の意思が強いことはよく伝わった。
死を前にまだ誰かの幸せを願える姿を見せるのは簡単なことじゃない。大抵は解放か懺悔で終える。私だってそうだった。
「なあ⋯⋯吸血鬼、君なら、どう思う?」
陰りの見え始めた声で天を見上げたまま問うてきた。
最期の話を無下にする趣味はない。すこしばかり付き合おう。
身体を起こして色の薄くなった男の頬に両手を添える。口元から滴る赤い雫がぽたぽたと病衣に落ちるのも気にせずに、目を見つめる。そこにはしっかりと私が捉えられていた。
「ひとつ、自らを責めることは死へと一歩踏み出す行為であること。
ふたつ、すべての責任をひとりで背負えるなんて傲慢な考えは身を滅ぼす始まりであること。
みっつ、その責任から逃れることは人生の終わりの始まりであること。
いい? その女は自業自得の極まりで、あなたはその後追いをしようとしている馬鹿よ。
もう後戻りできない選択を私に委ねて、残されたそのこのことも考えられないほどの馬鹿。
類は友を呼ぶなんて言葉が正しくお似合いよ」
強い言葉をぶつけているのに男はすこし微笑んで、私の手に温もりの抜けた手を重ねてくる。
最期に何か言いたげに口を動かそうとして、やめて、また笑みを浮かべた。
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