マギアドライブ・シンフォニー 鉄の残響

@aranami_hikari

1部

第1話 変わり者の少女

爆発音で目が覚めた。

ベッドから飛び起きる。窓の外――鉱山の方角で黒煙が上がっていた。

また事故か。それとも――

いや、魔導暴走体ではないだろう。あれが出たら、もっと大きな騒ぎになる。

着替えて外へ出る。朝の冷気が頬を刺した。

村の中心で、水車が回っていた。

朝霧の中、古びた羽根が規則的に音を立てる。ゴトン、ゴトン。重く、鈍い音。石臼を回す音が低く響く。

私は足を止めて、見上げた。

首が痛い。羽根は八枚。軸は三本。表面に刻まれた魔法陣は三十二個。幾何学的な紋様が、朝露に濡れて鈍く光っている。

ノートを開く。小さな手でペンを握る。重い。それでも、線を引く。

魔法陣の配置を記録する。三十二個のうち、本当に必要なのは十個程度だ。残りは装飾。効率は四割未満。

「無駄が多い」

呟きが、白い息になって消えた。

この水車を動かしているのは水じゃない。魔法式だ。水流を魔力に変換し、その魔力で軸を回している。わざわざ二段階の変換を経由する意味がわからない。水の力で直接回せば、効率は倍になる。

鉛筆の先で、紋様をなぞる。朝の空気は冷たく、紙が少し湿って波打つ。インクが滲む。それでも、書く手は止まらない。

構造を脳内で分解する。

大歯車と小歯車の組み合わせ。回転比はおよそ3対1。速さと力の交換。祈らなくても動く。理屈だけで。

この世界は、「なぜ」を使わない。

火を出す。水を操る。物を浮かせる。全部、魔法。理由を問わない。「火よ、出でよ」と唱えれば火が出る。でもなぜ火が出るのか、誰も説明できない。

もったいない。

別の光景がよぎる。

白い部屋。焦げた匂い。ロボットの脚が暴れた瞬間――閃光、痛み、暗転。

次に目を開けたとき、私は赤ん坊だった。

前の世界では、山田芽生。二十四歳、半導体メーカー勤務。完成直前のデモ用二足歩行機。あと一歩だった。あと一歩で、動くはずだった。

もう一度、作る。

魔法じゃなく、理屈で。動力さえあれば動く機械を。魔力がなくても、誰でも使えるものを。

風が吹く。髪が目にかかった。漆黒の邪魔者。片手で押さえ、もう片手でペンを握る。

髪を縛るゴムを忘れた。次からは必ず持ってこよう。

「おーい、セリア!」

振り向くと、リオン・ブレイが走ってきた。茶髪、十四歳、汗で額が光っている。私より頭一つ半高い。いつも見上げる。慣れた角度。

「また水車か」

「うん。やっぱり無駄が多い」

「またそれかよ」

「だって、効率悪いんだもん」

リオンは困ったように笑った。でも、嫌そうじゃない。

「お前の言ってること、半分も分かんねぇ」

「半分分かれば十分」

私はノートを開く。歯車の図を見せる。

「水の力で回すの。魔法式なしで」

「そんなこと、できんの?」

「できる。理屈が分かれば」

大歯車40、小歯車13。回転比、およそ3対1。速さと力の交換。祈らなくても動く。理屈だけで。

「リオンでも使える」

「俺でも?」

「うん。魔力いらない」

彼は笑った。

「お前、優しいな」

「違う。合理的なだけ」

でも、少しだけ顔が熱くなる。

彼はいつも笑ってくれる。分からなくても、否定しない。

この人は、希望だ。

魔力がゼロでも、生きてる。働いてる。誰かのために動いてる。それが、強さだ。

鐘が鳴った。教会の時間。測定の日。人生を数字で決める日。

「行こうぜ、セリア」

「……うん」

足取りは、軽いとは言えなかった。

石造りの教会。

青白い霊素結晶が、静かに光っている。触れれば数字が出る。それが未来を決める。

順番が来た。

「セリア・アーデル」

前に出る。小さな手を、結晶に当てる。冷たく、硬い。表面はガラスのように滑らかで、内部で光が揺らめいている。

弱いけど、確かに光った。

「四百五十。Cランク」

予想通り。驚かない。安堵もしない。

動ける。十分だ。

席に戻る。リオンが笑う。

「思ったより高ぇな」

「そう?」

「俺なんかゼロだぞ」

「うん、知ってる」

彼の番。大きな手。でも、光らない。ほんのわずか、かすかに揺らめく程度。

「五。Eランク」

ざわめき。でも、彼は笑っていた。

「気にしてねぇよ」

「でしょうね」

魔力ゼロでも、生きてる。なら、証明すればいい。

測定が終わる。

広場で、エリス先生に会った。銀髪、白いローブ。村の治療魔法師。柔らかな布の擦れる音。薬草の匂い。

「セリア、魔力測定どうだった?」

「四百五十でした」

「そう……」

エリス先生は微笑む。優しい笑顔。でも、少し寂しそう。

「魔力は低くても、あなたには他の才能があるわ」

「才能……?」

「あなた、いつも『なぜ?』『どうして?』って考えてるでしょ?」

言葉が、胸に響く。

「魔法師たちは魔法を『使う』ことはできても、『理解する』ことはあまりしないの」

エリス先生の声が穏やかに続く。

「魔法は祈りのようなもの。感覚で使うもの。『火よ、出でよ』と唱えれば火が出る。でもなぜ火が出るのか、誰も説明できない」

「でもあなたは違う。あなたは理屈で考える。『なぜ動くのか』を知りたがる」

その視線が、温かい。

「昔、古代の人々もあなたみたいに考えていたのかもしれない」

「古代……」

「ええ。古い記録には『魔法と理屈が共存していた時代』のことが少しだけ書かれているの」

心臓が、速く打つ。

「もしかしたらあなたが探しているものは、古代の遺跡に眠っているかもしれないわ」

「遺跡……」

村の外れの鉱山。あの地下には古代の遺物が眠っているという噂がある。

「セリア、自分の道を大切にしなさい。魔力が低くてもあなたにしかできないことがある」

「……はい!」

力強く頷く。胸の奥が、熱くなった。

夕方。ノートを開く。

羽根角度15°→12°。摩擦係数0.4→0.28。出力改善率、推定18%。

数字が息をする。理屈が形になる。

窓の外。鉱山の方で低い音がした。風が動く。空が灰色に沈む。

私はペンを止め、遠くを見つめた。

「魔法が神のものなら――」

息を吸う。吐く。

「機械は、人間の希望だ」

魔法は選ばれた者の特権。生まれながらの才能。でも機械は違う。

理屈さえわかれば、誰でも作れる。誰でも使える。誰でも、強くなれる。

そう書いて、ノートを閉じた。

明日、行こう。

鉱山の地下。何かが眠っている。古代の技術が。魔法と理屈が共存していた時代の――遺産が。

部屋の灯りを消す。月が窓から差し込む。銀色の光が、ノートの表紙を照らしていた。

表紙には、一行だけ書いてある。

『理屈で、夢を見続ける』

それが、私の信念。魔力が少なくても。誰にも理解されなくても。それでも――

私は、理屈で世界を変える。

窓の外で、風が吹いている。鉱山の方角。地の底で、何かが呼んでいる気がした。

明日。きっと何かが始まる。運命の歯車が、回り始める。

私はベッドに横たわり、目を閉じた。

夢の中で、鉄の巨人が立ち上がる音がした。

ゴトン。

水車の音に似た、重い音。だがそれは、水車ではない。もっと大きな何か。もっと力強い何か。

やがて眠りに落ちる。明日への期待と、かすかな不安を抱きながら。

物語は、ここから始まる。魔法と機械が出会う物語。理屈で夢を追う少女の物語。

その第一章が、今、幕を開けた。

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