どうやら俺は0点らしい

木下

4月 春・出会い

第1話 失敗! 初デート

 夕方の公園。太陽は半分姿を隠し、昼間の暖かさがなくなって少し肌寒くなってきた。


 遊んでいた子供たちは帰り始め、騒がしかった公園は静寂に包まれている。


 今残っているのは、芝生の上に正座をしている俺と、それをものすごい剣幕で見下ろしている黒崎くろさきだけだ。


「あなたねえ......今日一日、ずぅぅぅと! 私を馬鹿にしてたのかしら!!!」


 なぜだ。なぜ俺は怒られている。


 今日のデートは完璧だったはずだ。俺なりに気の利いた行動をしたし、相手の気を悪くしないようにユーモアの効いたことも言った。


 なのに......どうしてこうなった?


*****


 4月。大学生活も1年が経過し、俺は2年生になった。


 だからといって特段変わったことはない。強いて言うならば、毎日の時間割が変更になったことくらいか。


 1年生の頃よりも必修単位の授業が増えたことに加えて、木金の時間割が重くなった。


 それ以外はいつも通りの日常だ。新生活から2週間が経過して、今の生活リズムにも徐々に慣れつつある。


 一限目の教室に着くと、見慣れた茶髪の後ろ姿を発見した。


「俊介、おはよう」


 三浦みうら俊介しゅんすけ。高校の頃からの友達で、見た目はチャラいけど情に熱いやつだ。


 示し合わせたわけではないが、たまたま同じ大学の同じ学部が志望で、2人揃って合格したため今でも関係が続いている。


りつ、遅かったじゃないか。ずっと待ってたんだぜ」


「お前が早いんだよ。これでも15分前に到着してるんだが?」


「俺は1時間前にはここにいたぜ」


「あっそ」


 なぜか誇らしげな顔をしている俊介の隣に座り、俺はカバンからタブレットを取り出した。


「おいおい。『なんで?』とか、『すげえじゃん』とかなんかリアクションしてくれよ」


「だって、どうでもいいし」


「......相変わらず淡白なやつだ。まあいい。お前に報告があるんだよ」


「報告?」


 タブレットを操作して教科書を開き、今日の授業範囲を眺める。


 俊介はごほんと咳払いをした。


「俺、彼女できた」


「1ヶ月ってところか」


「何が1ヶ月かはあえて聞かないでおこう」


 俊介はモテる。そして高校の頃からよく彼女を作ってはすぐ別れていた。


 なんでかというと、こいつがすぐに他の女子に目移りするからだ。


 最後は浮気がバレてビンタされるところまでがいつものパターンである。


「最近みんな彼女作ってるよね。先週も朝人あさとが彼女できたって言ってきたぞ」


「律は彼女欲しくないのか?」


「考えたことないな。そういうのよくわかんないし」


「お前らしいな。でもな、俺たちもう20歳になるんだぜ? 彼女の1人や2人は作っててもおかしくない年齢だ」


 俊介の言いたいことはわかる。


 つまり、俺にも彼女を作れと言いたいわけだ。


「そこで俺からお前にいい提案がある」


「いらない」


「せめて最後まで聞いてくれ」


「わかったから肩揺するのやめてよー」


 ぐわんぐわんとアトラクションに乗っているかのように揺さぶられ、少しだけ目が回った。


「お前のスマホ貸してくれ」


「はい」


「......お前まじか。よくこんな簡単に他人にスマホ渡せるな」


「俊介が貸してくれって言ったんじゃん」


「そうだけどさぁ......少しはプライベートとか気にするもんだろ」


「たかがスマホじゃん。それで、何するの?」


「まあちょっと待っとけって。......ってお前、ロックくらいかけとけよ」


「開ける時認証とかパスコード入れるのめんどくさい」


「不用心な奴め」


 俊介は慣れた手つきで俺のスマホをいじり始めた。


 その間、再びタブレットで授業範囲の確認を始める。


 しばらくすると、俊介が俺の肩を叩いた。


「終わったの?」


「まだ。ちょっとこっち向いてにっこり笑ってくれ」


「にっこりって......こう?」


「いい笑顔だ」


 俊介は俺にスマホを向けた。直後、シャッター音が鳴り響く。


「今撮った写真、何に使うんだ?」


「もう少ししたらわかる。楽しみに待っとけ」


「へいへい」


 どうせくだらない悪戯でも思いついたんだ。好きにさせてやろう。


 タブレットでの確認を終えたので一度画面を消し、カバンから筆記用具とノートを取り出した。


「できた」


 ちょうどそのタイミングで俊介が俺の方を向いた。


 スマホが目の前に置かれ、表示されていた画面が目に入る。


 画面の上部にはさっき撮ったであろう笑顔の俺の顔写真があった。


 そしてその下には俺の名前が書いてあり、続けて自己紹介文と書かれた場所に何やら文が書かれている。


 俺は画面をスクロールして全てを流し読みした。


 生年月日や俺の身長、趣味、学歴なんかが書いてある。


 これは前に見たことがある。履歴書だ。俊介は俺の履歴書を作っていたのか。


 そこから俺は一つの解を導き出した。


「就活の準備早くない?」


「ちげーよ」


「だってこれ履歴書だろ?」


「だからちげーって。どっからどう見てもマッチングアプリのプロフ画面だろうがよ。ハートが書いてある履歴書なんてあるわけないだろ」


「そんなのわかんないだろ。ハートやダイヤが書かれてる履歴書だってあるかもしれない」


「トランプかよ。っと、話がずれたな。俺は今、お前のスマホでマッチングアプリをインストールしてアカウントを作った。お前のアカウントをだ」


「自分のスマホでやればいいじゃん」


「お前に彼女を作るためだよ。こうでもしないと、律は一生女と付き合わないだろうからな」


「はあ。まあ、せっかく入れてくれたところ悪いけど、もう消すよ。スマホ重くなるし」


「それはやめた方がいい。俺はすでにお前のスマホでとある女性にメッセージを送っている」


「いいよ別に。どうせ赤の他人だ。相手には悪いけど、俺のせいじゃないし」


「それが違うんだなあ」


 俊介がチッチッチと舌を鳴らし、人差し指を振り子のように動かした。


「俺がメッセージを送ったのは、この大学の学生だ。つまり、お前が相手からの返信を無視したとなれば、構内で噂になるだろう」


「なんないでしょ。何百人学生がいると思ってんの? 俺も相手も大学で顔合わせる確率なんてほぼないでしょ」


「俺がメッセージを送ったのは、構内屈指の有名人......黒崎くろさき琴音ことねだ」


「黒崎、琴音」


「そうだ。彼女ほどの高嶺の花が同じ大学の学生に無視されたとなれば、彼女の取り巻きがお前を血眼になって探すだろうな」


 なるほど。俺が簡単にアプリを消せないように悪知恵を練ってたわけか。


 やるじゃないか、俊介。だが......


「俺、その人のこと知らないんだけど」

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