第27話謎の邪龍

「そこです、カイルさん!」


 レノヴァが翼で示した先――城の塔に、ぽっかりと大穴が開いていた。

 金剛龍との戦いで空いた傷跡ではない。まるで“外側から拳で叩き割られた”ような、荒々しい破壊の跡だ。


 レノヴァはそのまま滑空し、穴へ突入した。

 内部は瓦礫だらけだったが、空洞は一直線に王の玉座へと繋がっている。


「しっかり掴まって!」


 レノヴァの身体が急降下し、轟音を立てて玉座の間へ飛び込む。


 ──そして、カイルたちが王の玉座へ到着した瞬間。


 空が裂けた。


 バリバリ、と空間が引き裂かれるような音。

 雷鳴にも似た轟音が大気を震わせる。


「な、なんだ!?」


 兵士が叫ぶ間もなく、裂け目の向こうから“それ”は姿を現した。


 降り立つ影。


 ──龍化した“何か”が。


 黒焦げた巨大な翼。

 いびつに肥大化した右腕。

 左右非対称に捻じれた龍角。

 そして全身を走る赤黒い紋様は、まるで呪いが生きているかのように脈動していた。


「……なんだ、これ……?」


 思わずカイルが声を漏らす。


 それは龍でも魔物でもない。

 混ざり合い、歪み、壊れた“存在”。

 人間が龍へ変異した――いや、“変異させられた”ような姿。


 怪物はカイルを見つけると、地面をぐしゃりと踏み砕きながら近づいてきた。


『……カ……イル……』


 ──呼んだ。


 言葉にならない声。それでも確かに、カイルの名を呼んでいる。


「おい……まさか、これは……!」


 胸が嫌な予感で締め付けられる。

 しかし思考の余裕など与えられなかった。


 怪物が咆哮を撒き散らす。


『グオォォォォォォォォ!!』


 その口から、黒い光が広がった。


 次の瞬間――


「なっ……!? 小さい龍が……!」


 怪物の体表から、無数の黒い“小型竜”が産み落とされるように生まれ、

 ひらりと羽ばたき、城の外へ飛び去っていく。


『キシャアアア!!』


「このままじゃ……王都が危ない!」


 小型竜たちは影の眷属のように市街へ降下し、避難中の市民へ次々と襲いかかり始めた。


「レノヴァ! リゼット! 小さい龍は任せた!」


『わかりました。カイルさん!』『了解、カイル様』


 レノヴァとリゼットが即座に飛び立ち、影の群れを追う。


 残されたカイルは、ただ一体の“本体”へと歩み出た。


 叫び続ける怪物。その目には狂気と憎悪が燃えていた。


「……相手は俺だ。来いよ!!」


 その叫びを聞いた瞬間、怪物の瞳がぎらりと揺れた。


『カイル……お前だけは……絶対に……許さないィィィィ!!』


 怒号とともに、殺意の熱が爆ぜる。


『グォォォォォォ!!』


「来いよ……!!」


 カイルは腕を広げ、金剛龍から得た力――《結晶魔法》を一気に解放した。


 刹那、空気が白く光り、無数の結晶の“つらら”が宙に浮かぶ。


 一本、二本ではない。


 千。

 万。

 空間を埋め尽くすほどの数。


「ぶち抜けぇぇッ!!」


 指を弾くと同時に、つららの雨が龍へ殺到する。

 大砲の弾より速く、鋭く、容赦なく。


 玉座の間に轟音が響き渡る。


 しかし――


『────!!』


 龍が口を開いた瞬間、世界が震えた。


 超音波衝撃。


 目に見えない波動が放たれ、空気が歪み、結晶つららが次々と粉砕される。


「っ……こいつ……破壊力が……!」


 ただの衝撃ではない。

 “周囲の物理法則を破壊して砕く” 暴力的な力だ。


 結晶の雨は弾かれ、壁が抉られ、玉座が真っ二つに割れた。


『グルァァァァァ!!』


「ならまだいける……もっといける!!」


 カイルは足を蹴り、宙へ跳ぶ。


 両腕に金剛の結晶がまとわりつき、巨大な結晶の“槍”へと変化する。


「《結晶魔法:千刃晶雨(クリスタル・レイン)》!」


 振り下ろすと破壊の風が吹き荒れ、地面は亀裂し、破城槍は龍の肩口に叩きつけられる。


 肉が弾け、鱗が砕ける。


 だが直後――


『……ッ────!!』


 龍の喉奥から再び光が震える。


「やばいっ……!」


 カイルが回避するより早く、至近距離の超音波衝撃が炸裂した。


「ぐあああああッ!!」


 カイルの身体が壁に叩きつけられ、床を十数メートル転がる。

 耳がキーンと鳴り、視界が揺れる。


(臓器……やられた……っ)


 《完全回帰》の発動時間は間に合わず、内側が焼けるように痛む。


 龍は巨体とは思えぬスピードで歩み寄る。


『グ……オオ……オオ……』


(なんだよ……こいつ……ただの龍じゃない……

 攻撃の癖も動きも……知ってるような……)


 嫌な予感が胸を締めつける。

 だが──今は戦闘中だ。


「……まだだ……終わりじゃない!!」


 カイルは拳を地面に叩きつけた。


 金剛結晶が無数の柱となって地面から生え、龍を包囲する。

 “地を這う結晶の森”のように、敵を締め上げていく。


『……!』


「逃がすかよ──!」


 掌を振ると、すべての結晶柱が同時に爆発。

 破片が竜巻のように舞い、龍を包む。


 白い閃光が玉座の間を覆い尽くす。


 視界が真っ白になった。


 数秒後、光が収まる。


 そこに立っていたのは――


『……………………』


 全身ボロボロのはずの龍が、まだそこにいる。


(……嘘だろ……)


 鱗は砕け、血を流し、傷だらけ。

 それでも倒れない。


 いや──違う。


(……こいつ、痛みを……感じてない……?)


 龍は明らかに普通の魔物とは違う動きをしていた。


 感情がある。

 怒りがある。

 呼吸が荒い。


『……ガ……ァ……ル……』


 その声が、誰かの名を呼んでいるように聞こえる。


 カイルは一歩踏み出し、叫ぶ。


「お前……もしかして……リースか?」


 龍の瞳が怪しく光る。

 二度目の超音波衝撃の予兆が、空気を震わせた。

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