第21話討伐前夜

「この国で封印されている金剛龍の封印が――破られようとしている。」


重苦しい空気の中で、イダタシが静かに告げた。


「学術院の計算では……いつ崩壊してもおかしくない状況だ」


「それで俺たちに何をしろって言うんだ?」


筋肉勇者・カエサルが眉をひそめる。


イダタシは一度息を整えると、まっすぐ彼を見た。


「そこで、勇者の方々に――**“討伐”**を依頼したい」


「どういうことだ?」とカエサル。


「今の封印は、いつ壊れても不思議ではない。

 ならば――あえて“こちらから”封印を破壊し、討伐する。

 それが最も被害が少ないと判断した」


「なるほど……だから僕たちが呼ばれたわけですね」


爽やかイケメン勇者・カサルが軽い声で応じる。

ここにいる勇者たちは全員がドラゴン討伐経験をもつ精鋭だ。


「そういうことです」とイダタシ。


そのとき、椅子に浅く腰かけていた少年勇者・マルティが立ち上がった。


「じゃあ、僕はこれで。作戦はあなたたちで考えてください」


「待ってくれ、少年!」


イダタシが彼を呼び止め、小瓶を机に置く。

白銀色の液体がとろりと揺れた。


「その前に――これを見てほしい」


「なんですか、これ……?」


「これは……《ドラゴン化薬》です」


場の空気が一気に凍りつく。


「まさか……そんな薬が!?」

カサルが目を見開く。


イダタシは重々しく頷く。


「邪龍教団が作成したものです。

 この《ドルフィン王国》では若者の間で“覚醒剤”として出回っている。

 ただし――摂取を続けると、体が徐々にドラゴンへ変異する」


「ドラゴンに……!?」とマルティ。


「邪龍教団の目的は不明ですが、金剛龍の封印と無関係とは思えません。

 討伐計画と並行して、この件も念頭に置いて行動してください」


イダタシの低い声が最後まで響き、会議はようやく終わった。


明日、金剛龍討伐。


その重さを感じながら、俺は席を立つ。


すると――


「おい、カイル!」


筋肉の塊・カエサルが陽気な声で呼び止めてきた。


「これから勇者たちで飲みに行くんだよ!

 お前も来いよ!」


うげぇ……。


正直、行きたくない。

帰ってレノヴァとリゼットと過ごすほうが何倍も落ち着く。


……とはいえ。


(これも勇者の“仕事”みたいなもんか……)


「パーティーメンバーも一緒でいいなら、行くよ」


「よし決定! 来いよ相棒ッ!」


カエサルがぶっとい腕を回し、肩をがっしりホールドしてくる。


筋肉の壁、暑苦しい。



■夜の酒場ドラゴンの喉笛



 

 日が落ち、勇者たちは王都の酒場に集まっていた。


少年勇者マルティは来ていなかったが、他の勇者はほとんど揃っている。

店内はガヤガヤと賑わい、薄暗いランプの光が揺れる。


「……人、多い……」


リゼットが袖をつまんでくる。

人混みが苦手なのを思い出し、俺はそっと頭を撫でた。


「大丈夫だ。隣にいろ」


レノヴァはお姫様らしい柔らかな笑顔で、

しかし妙にテンション高くビールを注文していた。


空いている席に座ると、俺は


「カマンビールを一つ」

「リゼットはジュースで」


リゼットはおそらく未成年だ。


レノヴァは元気よく、

「ビールをお願いしますっ!」

と店員に向かって微笑んだ。


周囲では勇者たちが思い思いに盛り上がっていた。


女子たちに囲まれる爽やか王子・カサル。

ひたすら静かに飲むガスロ。

豪快に笑うミシェール。

そして、なぜか未成年疑惑のセリーナが豪快に酒を飲んでいる。


「おいおい飲んでるか、カイル!」


案の定、カエサルが絡んでくる。


「まぁ……ぼちぼち」


「よーし! じゃあ本題だ。

 お前、黒龍どうやって倒した?」


その瞬間――周囲の勇者たちの空気が変わった。


ガヤガヤした空気が、一瞬で静まり返る。



仕方なく、俺は説明を始めた。


「倒したっていうより……“消した”っていうイメージに近いかな」


「消した……?」

カエサルが目を細める。


「俺の魔法完全回帰は“あるものを完璧な状態に戻す”魔法なんだ。

 それを……世界に使った」


店内が凍る。


「そしたら、完璧な状態を乱す“ノイズ”として黒龍が排除された。

 だから“倒した”って感じじゃなくて……」


気づけば勇者たち全員が固まって俺を見ている。


(え、俺……変なこと言った?)


「お、おいカイル……俺は魔術師じゃねーからあんまりわからないけどそれって神術の域じゃねーの…?」

カエサルは目を丸くしていた


「そんな凄いもんじゃないって」


「聞いたことねぇよ。そんなヤベぇ魔法……」


そこへミシェールが身を乗り出す。


「私は魔術師だから断言するわ。

 そんな術、王宮魔術師でも不可能よ。

 まして“世界を射程に捉える”なんて……」


彼女はまっすぐ俺を見つめる。


「あなた……本当に、そんなことをしたの?」


続いてリゼットも小さな声で呟く。


「……私も思っていました。

 あれから魔術のことを少し勉強して思い出してみたんです。あれは魔術の域を超えていた。」


酒場は完全に静まり返る。


俺は仕方なく、正直に答えた。


「……俺もよくわからないんだ。

 あの時は必死で……何をしたかハッキリ思い出せない。

 再現できるかも不明だ。

 だから……期待しないでくれ」


しかし――


「期待すんなってのは無理だぜ、カイル何せお前はあの九頭邪龍のうちの1匹を倒したやつなんだからな!」


「そうですよ。勇者は、ドラゴンの討伐経験のあるものしか成れないですが、給湯器邪龍の1柱を討伐して勇者になったなんて、ここ数百年聞いたことがありません大いに期待しますよ。」


カエサルとミシェールが即座に返してきた。


(……うわ、めっちゃ期待されてるな)




飲み会が終わる頃には、勇者たちとの距離も少し縮まっていた。


宿に戻ると、ベッドに倒れ込む。


天井を見上げると、胸の奥に

“期待”と“不安”が渦を巻いていた。


明日は――金剛龍討伐。


「……はぁ。やれることをやるしかないか」


混じり合った感情を抱えたまま、

俺は静かに眠りへ落ちていった



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