第11話冷戦(物理)

「…………は?」


 診療所に、沈黙が落ちる。

 思考が一瞬で真っ白になった。

 目の前の王女は、頬をほんのり染め、まるで天啓を受けたような顔をしている。


「な、何を……おっしゃって……」


「私は、あの時あなたに手を握られた瞬間を覚えています!

 その温もりを、何度も思い出してオナっ…感謝していました! 夜も眠れず、食事も喉を通らず……

 気づいたんです。私は――あなたを愛しているって!!」


「ちょ、ちょっと待っ……!? 落ち着いてください、王女殿下っ!」


 混乱する俺の背後で、カラン……と扉の鈴が鳴った。


「カイル様、言われたとおり薬草を買ってきました――」


 聞き慣れた声。

 振り向くと、買い物袋を抱えたリゼットが立っていた。

 そしてその視線が、王女と、俺にしっかりと向けられる。


 次の瞬間――。


 ピキピキピキ……ッ。


 空気が凍る音がした。

 リゼットの周囲に、無数の氷の槍が生成されていく。



「ちょっ、ま、待て!」


「いいえ、私は待ちません。あなたの妻になるまで。」

いや、王女に言ってない



 ――ズドォンッ!!


 凄まじい音がして、床が凍結した。

 気づけば俺は反射的に王女を抱きかかえ、氷の槍を避けていた。


「ま、待てリゼット! 殺す気か!?」

凄まじい音がして、床が凍結した。

 気づけば俺は反射的に王女を抱きかかえ、氷の槍を避けていた。



「はい、殺す気です。その女を。」


 怖いくらいに即答だった。

 リゼットの声はいつになく冷たく、しかしその瞳だけは――燃えるように怒っていた。


 その一方で、胸の中の王女が、なぜか俺の胸元に顔を寄せてくる。


「……あぁ、この温もり……あの時と同じです……」


 と、胸を撫でながらうっとりしている。

 おい、やめろ。こっちは命がけだぞ。


「こ、こいつ何なんだ……!」


 俺が混乱している間にも、リゼットの怒気が一層強まる。

 みるみるうちに、氷の色が紅く染まり始めた。

 まずい――これは完全にガチギレしてる時のやつだ。


「ち、違うんだ! これは誤解で――!」


 言い訳を必死に並べるが、どう見ても浮気現場だ。

 俺が女を抱いてる構図になってる。どう考えてもアウトだ。


 いや、そもそも“夫”じゃないけど!


 ――その時、王女がようやく状況を理解したのか、顔を上げて言った。


「カイル様、もしかして……もう奥様をお持ちなのですか?」


「はああっ!?」


 まさかの直球。

 リゼットがピタリと動きを止めた。


「……奥様、ですか」


 氷がじわりと溶けていく。


 リゼットは扉に立ったまま、1人で何か喋っている


「……ふ、ふふ……妻、だって……わたし、妻、なんだ……」


 ぼそぼそと誰に聞かせるでもなくつぶやきながら、頬を真っ赤にしている。

 口元はにやにやと緩みっぱなしで、指先で頬をつつきながら、何度も小さく身をくねらせる。


「えへへ……“奥様”……カイル様の……奥様……♡」


 完全にトリップしてる。

 怖い。


「……リゼット?」


 呼びかけると、びくりと肩を跳ねさせ、真っ赤な顔のままこちらを見た。


「い、いえっ!? なんでもありませんっ!」


 氷がじわりと溶けていく。

 そして王女は続ける。


「奥様がいらっしゃるなんて、素敵です! 私は――二番手でも、三番手でも構いません。どうか私を、あなたのそばに置いてください!」



 リゼットは顔を真っ赤にして俯き、王女は満面の笑みを浮かべている。

 凍った床の上に残るのは、俺のため息だけだった。



この度は『ただ回』をご愛読いただき、心より感謝申し上げます!【節約貴族】も公開中です!悪役令嬢もので楽しめる、節約をテーマにした物語です。ぜひ私のユーザーページから、次の物語も覗いていただけると嬉しいです!

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