第6話鱗に覆われたお姫様

 王都に入った瞬間、胸の奥がざらついた。

 空気が、重い。冷たい。

 まるで見えない霧が街全体を包み込み、人々の心までも凍らせているようだった。


 市場の通りを歩いても、露店の布は風に揺れるだけで、商人の声はどこからも聞こえない。

 子どもたちの姿もない。

 代わりに、通りの隅々に祈りの花束が並ぶだけだった


「まるで、死んだ街みたいだな……」

 俺が呟くと、隣を歩くリゼットが静かに言葉を返した。

「呪いは、城に封じ込められているそうです。」

 彼女は、冷静に状況を見ていた

きっと、王女は民に愛されていたんだな。皆が喪中のように静かだ。

 城門に近づくと、兵士たちが緊張した面持ちで俺たちを迎えた。

「お前たちが……例の魔術師とその従者か?」


「王妃陛下に呼ばれてきた。通してくれ」

 兵士たちは一瞬ためらい、やがて門を開いた。

 ――氷のような風が吹き抜けた。


 城の中は、外よりもさらに冷たかった。

 歩くたびに靴底から小さな音が鳴る。

 窓から差し込む光も、どこか鈍く、まるで空そのものが色を失っていた。


 やがて玉座の間に通されると、そこには疲れ切った顔の王妃がいた。

 やつれた頬、赤く腫れた目。

 それでも、その瞳の奥には必死に王女を想う強さが残っている。


「ようこそお越しくださいました。――カイル殿」

 王妃はかすれた声で言った。

「これまでに、多くの聖職者や治癒師、神官たちを呼び寄せました。しかし……誰一人、王女の呪いを解くことはできませんでした」


 リゼットが一歩前に出て、静かに問いかける。

「王女様はどのような症状が見えますか?」

 王妃は顔を伏せ、震える手で胸の前を握った。

「……王女の体には1ヵ月ほど前から突然黒い鱗のようなものが現れはじめたのです。最初は腕に、やがて胸に、そして顔にまで。

 まるで、黒龍の呪いが彼女の身を喰らっているようで――」


 黒龍それは神話の時代、神々と戦ったとされる“七つの龍”の一柱。

 かつて伝説の勇者によって討たれたはずの存在だが、その死と同時に放たれた呪いは消えることなく、

 一国を滅ぼしたという記録が残っている。


 龍の呪いは怨嗟そのものであり、

 触れた者の命を喰らい、

 やがて世界にまで侵食していく――そう、古き書には記されていた。


「黒龍の呪いは、神々すら恐れた災厄……」

 俺は低く呟く。

「その名を記すことすら“災いを招く”とされ、ほとんどの文献は焼かれた。

 残っているのは伝承の断片だけだ。……解き方なんて、当然どこにも残っていない」


「……そりゃそうだ、どんな聖職者でも立ち打ちできなかったわけだ」

 呟く俺に、王妃は縋るような目を向けた。


 「どうか、王女を……助けてください」


王妃の声が震える。

その響きに、胸の奥がざわついた。


「……聖職者でも神官でも無理だったんだろ?」

王妃は小さくうなずく。


「だったら、次は俺の番だ」


そう言って一歩前に出た。



「できないって決まったわけじゃない」

「やれるだけのことをやるだけだ」

無謀な言葉だと自分でもわかっている。

けれど、そう言わなきゃだめな気がした


リゼットが静かに俺を見つめる。

ほんの少し、笑う


「……カイル様らしいです」

「行きましょう。王女様のもとへ」

「……ああ。行くか」


 俺たちは、静まり返った城の回廊を歩き始めた。


 ――最上階。

 そこに、王女がいる。

 そして、黒龍の呪いが蠢いて




王女レノヴァの寝台に近づくと、室内に淡い瘴気が立ちこめていた。

 その中心で、少女の白い肌はまるで龍の鱗のように硬質化し、黒紫の紋様が身体を這っていた。


 リゼットが小さく息を呑む。

 その肌からは、確かに生命の気配――しかし同時に、呪いの意思のようなものが感じ取れた。


「よし、やってみる」

 俺――カイルは深く息を吸い込み、詠唱に入った。

王女の手をソッと握る

完全回帰フル・リターン


 

この度は『ただ回』をご愛読いただき、心より感謝申し上げます!【節約貴族】も公開中です!悪役令嬢もので楽しめる、節約をテーマにした物語です。ぜひ私のユーザーページから、次の物語も覗いていただけると嬉しいです!

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