第4話

頭の痛みと共に意識が起きる。

たしか、そうだ、後ろから殴られてそのまま気絶して……


周囲を見て、状況を確認する。

目に映るのは高級そうなホテルの一室。

他に人は居なく、危険性の高い物も無さそうだった。


私はすぐさま服に隠した武器類を確認する。

それらは全て元からあった場所に、寸分違わず残ったままの様だ。

取り敢えず言えるのは、私は死んでいないらしい。一体どう言う事だろうか。


交渉の場を知られない為……

ではないんだろう。もしそうなら別の方法もある筈だ。


監禁する為。でもないだろうな。手錠もされていなければ一切の拘束が無い。一応確認したが扉も開けられる様だ。

それに私1匹を捕まえるメリットが無い。

邪魔ならば排除すれば良いだけだ。


では何が目的か。あのバーテンはあのお方には逆らえないと言っていた。

一体誰が仕向けたのか……


いくつかの可能性を脳内に挙げたタイミングで、テレビがひとりでに起動する。

なんだ、と思いそちらを向くと、液晶のその中、映像の中に見知った顔が映っていた。


その顔は、仇の、怨敵の姿。

オルヌ・カルヴァドスその人だった。


「オルヌカルヴァドス!」

思わず怒気の籠った声を、怨念そのものを宿した声で其れの名を呼んでしまう。


「あ〜、あ〜、映ってるかしら。聴こえるかしら」

そういう女は視点を外し何かを確認する。


「ん、問題無さそうね。唐突ですが今から貴方たちには殺し合いをしてもらいます!」

そういう女の声は余りにも朗らかで、まるで何か遊びをしている少女の様だった。


その、容姿がそう思わせているのかもしれないが、余りにも不釣り合いな発言だった。


「このクソ野郎、狂ってやがる」


「ふふ、今のセリフ映画で見てから言ってみたかったのよねぇ」

女はまるでこちらの声が聞こえていない様に話を続ける。実際聞こえていないのだろう。


「人狼ってゲームは知ってるかしら。村人の中から化け物を探して吊ったら勝ち。その前に村人が全員死んだら負けってゲームなのだけど」


女は返答も待たずに話を続ける。


「ルールは簡単よ。貴方は村人を守る騎士、3人の村人の中に1人吸血鬼が居るわ。だから貴方は吸血鬼を殺して他の人を助けるの。素敵でしょう?」


狂人め、そう思った。

 それと同時に、害獣に対して人という言葉を使った自分に苛立ちを感じる。

 こんなゲームはさっさと終わらせよう。

 そう思った私は、扉を開けて他の人を探す事にした。


廊下を少し進むと、少し開けた場所に椅子とテーブルの置かれた休憩所が目に入る。

どうやら既に村人役が集まっていた様だ。


「ああ、全員集まった様ね」

1人、大人びた女性だ。年は、若いだろうが私よりは上に見える。


「村人は3人って言ってたじゃ無いですか!」

この人は、少々パニックになりかけている。

齢は私と同じくらいの、これまた女性。


「つまりは騎士役って事でしょう?」

寡黙そうな紳士、この人は40後半から50代だろう。


取り敢えず、私は挨拶からコンタクトを開始する事にした。

「こんにちは、私は工藤玲花です。皆さんの名前をお聞きしても?」


「これはご丁寧にどうも。私は裏和うらわといいます」

老紳士は答える。


「私は安藤よ、安藤泉。好きに呼んでちょうだい」

大人びた女性はそう名乗る。


「あ、そのっ、私は篠崎です」

先程までパニックになりかけていた女性はそう答える。


この3人の中に吸血鬼が居る。

「吸血鬼だなんて驚いたでしょう」

周囲からニオイが強烈に香って来る。だから確実にこの中に居るのは間違いない。

ただ、あたりに漂っているせいで3人の誰なのかが判別出来ない。


「ええ、まぁ。しかし本当に居るんでしょうかね」

老紳士は怪訝な顔をした。

「人狼ゲームだって人狼役は人間じゃない。例え話でしょう」

安藤という人は信じていない様だ。


「いいえ、吸血鬼は実在しますよ」

実際、この中に居る

「到底信じられないわね」


それから、少しの沈黙が生まれた。


しかし、先程まで震えていた篠崎さんが沈黙を破る。

「あの、ほんとうに、居ると思います。むかし見た事があるので」

どうやら、見た事が有るらしい。有るのか、自分がそうなのかは、分からないが。


「信じられないわ。私はこの目で見た事しか信じない」

「信用出来ないのは分かりますが事実です。実際この中にも居ますよ」

「ならはやく倒してちょうだいよ」

「匂いが濃すぎて誰かわからないもので」

そういうと怪訝な顔をする。


「先程から鼻腔をくすぐる様な良い匂いがする筈です。それですよ」

「ほほう、てっきり香水の匂いかと」

「香水と違ってこのニオイは殆どの人にとって不快さを感じさせないみたいですけどね」

老紳士は頷いて得心を指し示した。


「そう、なんですね」

「篠崎さんはご存知なかったんですね」

「あっ、はい。私は、その、血を吸われてる人を見た事があって。あと、その、灰になる死体も」


吸血鬼は基本目撃者を逃さない。絶対に殺すという執念すら感じるほど、徹底的に消し尽くす。


「良くご無事でしたね」

「はい、誰かに助けてもらって」

誰か、恐らく私と同じ様に吸血鬼ノスフェラトゥを消してまわっている人間が居るのだろう。或いは彼女が……


ふむ、困ったな。

ここにいれば吸血鬼は手を出せない。だが私も相手が分からない。もし孤立したり停電すれば終わりだろう。

だから留まるわけにもいかない。

状況を動かすべきか。


そう思っていた時、安藤と名乗った女性が喋り始める

「吸血鬼が居るってのは分かったわ。本当かは知らないけど。ただ、他に脱出できる方法がないか探してみない?」


思わず出てきたその言葉に私も賛同する。

「しかしなぁ、誰か分からない今動くべきではないのじゃないかね」


「いえ、今回この悪趣味なゲームを企画した女は何をするか分かりません。吸血鬼を殺したからと言って逃げられるとは限りません。なにより待っている状態では吸血鬼に利するタイミングが訪れるかも」


「つまりは何か起こる前に周りの状況を確認したいと、そういう事か」

私は静かに頷く。


「そういう事なら仕方ない。全員で同じ行動をするべきだな」

「理解いただけて何よりです」

「あの、私、玲花さんの近くにいて良いですか。その、怖くて」

この状況で私の近くに……


少々怪しいがあの狼狽具合も有る。取り敢えず泳がすべきか。

「うん、良いよ。ただ、私の少し前を歩いてもらっても良いかな」

「は、はい」


「本当に大丈夫なんでしょうね」

「ええ、保証します」

「分かったわ、まずは私の部屋の方からにしましょう。丁度角にあるから」

「ご協力感謝します」

私達は、私を最後尾にして歩き始めた

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