第2話

作業用にパイプタバコを吸いながらプロファイルを済ませていく。


先日駆除した吸血鬼、本藤勇。

あれはどうやら3年前に行方不明になった人物だったと分かった。


吸血鬼、彼らになってしまった人間は何故か生前暮らしていた環境から離れる習性があるらしく、調べるのは難航する事も少なくないのだ。


もっとも、大体の場合身分証も持っていたりで、直ぐに調べがつく場合もまた多いのも事実だ。


さて、唐突ではあるが私の職業は所謂探偵業だ。つまり、浮気調査だの何だのをしているクソ程地味な職業である。


何でこんな職業を選んだかと言えば、理由は単純で、人脈と情報、特に吸血鬼と思わしい情報が目に入りやすいからに他ならない。


何故そこまで吸血鬼に固執するのかって?


それは……

それは、私の過去に起因するとしか言いようがない。


過去、忌まわしい忌々しい最悪な事件。

私の恋人が殺された。そんな出来事。

話を当時まで巻き戻そう。


あれは、6、いや、7年前だったか。

私は当時、恋愛に興味が無い人間だった。


今考えると人に対して、何か愛情と言うものが欠落していた様にも思う。

まぁ、つまりは人を好きになれない人間だった。


だが、その当時常に本を読んでいて周りから孤立していた私は、ある女に、何かとちょっかいを掛けてきては何かと会話を交わす。そんな女に出会った。


不思議な人だったのを覚えている。

吸血鬼ノスフェラトゥの話を、といっても都市伝説の類だったが、初めて聞いたのはその時だった。


二重のまぶたに瞳が青色の、彼女はそんな女だった。


一言で言えば、不快では無かった。

他の人とは違って、そいつの隣に居ると寧ろ落ち着いた位だ。


その女、名前は加奈子といった。

加奈子に惹かれていくまでに時間は掛からなかった。

むしろ、初めから惹かれていたのかもしれない。


不思議な女だった。


天然なふうでいながら、常に洞察し、深く考えていた。

深謀遠慮な癖に、軽はずみな行動を、それもわざと取る様な人だった。

物事に感情的で有りながら、理論的に物事を決めていた。


不思議な、人だった。


私は、そんな彼女をいつの間にか好きになっていた。

私は、そんな彼女に惹かれていった。

そして、彼女も同じだった。


私は、女の身でありながら、女を好きになったのだ。


勿論、他の女に興味は無かった。

彼女は、加奈子だけは特別だった。


至高で、唯一無二で、私にとって恋そのものであって、神の様なもので、私が初めて信じた宗教はまさしく彼女であった。


それ程までに完璧な存在だった。


理想的な、存在だった。


だが、死んだ。


私から告白して、それを彼女は待っていたかの様にすぐさま受け入れた。


そして初めてのデートの時。

ドキドキしてわくわくして、心が躍り踊って跳ねてまわって。


そんな感情を彼女に悟られないか不安で心配で、勿論そんな事を知られても喜んで微笑んでくれると分かっていたが気恥ずかしくて。


そんなこんなを考えて少し目を離した瞬間。


そんな事が気になって手を離した瞬間。


彼女は隣から消えていた。


辺りを、必死に見回した。


周りを、必死に探した。


何処にもいなくて声も聞こえなくて探して叫んで走り回って。

それでも見つから無くて電話も出なくて。


不安で不安でどうしようもなく走り回っては元の場所に戻りを繰り返して。


やがて、見つけた。


見つけて、しまった。


よく見知った顔の、私の恋人が地面に伏したその横に、見知らぬ顔が立っていた。


「あら、駄目じゃない。こんな所に来ちゃ」

女の、声だった。


「ここは危ないの。私みたいな吸血鬼に襲われちゃうわよ」

そういう女の歯は、牙とでも言うべきだろうか、兎に角人には似つかわしくない物が2本伸びていた。


吸血鬼、ノスフェラトゥ。


この都市で密かに囁かれている都市伝説。


確かに、その女はそれが相応しいほどに異質で、異様で、背筋が凍る様な異物感がその場を支配していた。


女は、自分の名前を語り出した。


訳が、分からなかった。


なんなのだと思った、身体が、思う様に動かなかった。


それでも私は加奈子が無事なのか、確かめたかった。


女が去った後、私は直ぐさま駆け寄った。


その身体は、生気を感じられないほどに青々しく、寒々しい程に冷たく、目は既に灯りが消え去った後だった。


救急がたどり着いた後、直ぐに心肺停止と判断されたそれは、血液が半分無くなっていたと後々判明した。


吸血鬼の仕業だと、本質的に理解した。


あの女が、あの吸血鬼が殺めたのだと、理解した。


それから私がどうなったのかは火を見るより明らかだろう。


何故なら探偵という立場と、専用に揃えられたいくつかの凶器がそれを物語っているからだ。


私は、燃焼して隙間の出来たタバコをダンパーで押し潰して、パイプを革製のスタンドにのせる。


ベルトの様な形のそれにパイプが乗ったのを目で確認してから、手元の資料に目を通す。


煙草を吸いながらまとめ上げられたそれは、本藤勇の生前と、吸血鬼化した後の情報が軽くまとめられていた。


聞き込みなどで手に入れたその情報では、生前は極めて真面目な好青年であった事が見て取れる。

しかし、吸血鬼になって地元から離れた後の彼は、素行が良いとは言えなかった。


平凡に生きている人間からすれば、この手の類いは寧ろ極めて避けて通りたい人種としか言いようが無い。


乱暴、暴行、売買。果てには爛れた女性関係だ。

あれ程真面目な人間が、とも思うがあまり珍しいことでは無い。


吸血鬼化した人間は、程度にかなり差があるが、本人の暴力的な欲求が増幅されている様に感じる。

例外はあれど、吸血行為は正しくその典型なのでは無いだろうか。


でなければマトモな人間が首に牙を立て血を吸うなんて蛮行が出来るわけがない。


だから彼らは人間では無くて、理性を無くした獣。つまりは縄張り争いに負けて人を喰いだす熊と、ある意味では同じなのだ。


だから、人では無く人に害なす害獣というのが、この上なく適切な表現なのだ。


私は手にした資料を棚に仕舞い込む。

今回はあの女の、加奈子を殺した吸血鬼の情報は手に入らなかった。


ある程度は調査が進んでる。

だが、ある程度の域を出てはくれない。


この都市は狭く、そして暗闇の中誰かを探し出すには、いささか広すぎる。


深く考え込む為に、私は残ったタバコに再度火をつけ、紫煙を深く、深く吸い込み、それからいつも通りふかす事にした。


独特な呼吸法から深くリラックスした私は、ただ一つの決意を、深く頭に焼き付ける。


必ず、必ずあの女を見つけ出す。

そして、それから。


復讐を、必ず。


それ以上の思考は不要だった。

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