第26話 【エルマ視点】何の変哲もないシンプルな銀の指輪
二階のフェルドさんのお部屋、その窓から彼と一緒に子供たちが庭ではしゃいでいるのを見ている。
ちょっとフェルドさんとの距離が近いくて、少しだけ緊張する。
フェルドさんはどう思っているのかしら?
ちょっとお酒臭いフェルドさんの横に私はいる。
「あまり若い女性と遊んで、羽目を外してはだめですよ。もう、イーナちゃんのお父さんなんですから」
フェルドさんはびくりと体を震わし、怯えたような顔を見せる。
ちょっと可愛いかな。
「ど、どうして、それを……」
「覚えていませんか? フェルドさんが言っていたんですよ。ラーレちゃんたちと飲んできちゃったって」
しまったって顔をしている。
しょうがない人よね、フェルドさんは。
「じゃあ、タライを出しますね」
その顔を見ていると、なんとなく許してしまおうって思う。
甘いのかしらね。
「エルマさん、ありがとう。じゃあ、行きましょうか」
二人で子供たちのところへと降りる。
そうね……数年前、フェルドさんとこんな感じになるとは思っていなかった。
あれは、まだハーラルトがいたころ……
私がハーラルトと会ったのは、十七歳だった。
彼は冒険者で、私の幼馴染が紹介してくれた。
私の六歳年上で、Cランクの冒険者。
高身長、精悍な顔つきで、とても素敵な人だった。
ギルドの依頼で私が住む街に滞在していた。
私の友達がハーラルトのパーティの一人と仲良くなって、それで紹介してもらったんだ。
友達のほうは残念ながら別れちゃったけど、私たちは付き合うことになった。
彼の仕事が終わった時間に会って、話したり、一緒にご飯を食べたり。
雑貨屋で髪飾りを買ってもらって、一緒に夕暮れを見て、綺麗だねって言ったり。
いい雰囲気になって、キス。
とても好きになっちゃったんだよね。
でも、楽しい時間はすぐに過ぎちゃう。
彼らの依頼は完了しちゃった。
「エルマ、俺は自分の街に帰らなきゃいけない」
「そう……。また、会いに来てよね」
彼は冒険者だ。
約束したって、その日が来るかなんてわからない。
明日には生きているか、死んでいるかもわからないような職業。
きっと、私は泣くだろう。
たぶんこれが彼との別れだから。
「で、さ……」
彼はしどろもどろ。
意を決したように手を出す。
手には指輪が……
「なあ、エルマ。よかったら……。俺でよかったら、結婚を前提にお付き合いしてほしいんだ。俺たちの街に一緒に来てほしい!」
「え……」
予想外だった。
まだ、付き合って数週間。
「君のことをずっと守るから、絶対に幸せにするから。……ダメかな?」
結婚?
私は……よくわからない……
そこまでは考えていなかった。
彼の手から指輪を受け取る。
何の変哲もないシンプルな銀の指輪。
彼が緊張した表情で私を見ている。
左手、薬指にはめてみる。
大きい、ぶかぶかだ……
サイズが全然合っていない。
ふふふ、なんか、彼らしいわ。
ちょっと抜けたところがある、子供らしい彼。
きっと、私が隣にいないとダメなんだろう。
そう思うんだ。
「ありがとう、ハーラルト。私、一緒に行くわ」
「それじゃあ!」
「でも、嫌なことがあったらすぐに帰るからね」
「ああ! ああ! もちろんだよ。そんなことにならない。俺は君を大切にする!」
ハーラルトは泣いている。
泣いて喜んでいる。
だから、私も笑顔で泣いているんだ。
指輪の内側には二人の名前が彫ってある。
ハーラルト、エルマ、永遠に。
馬鹿ね、ハーラルト。
もう名前を彫ってあると、サイズ調整のときに大変じゃない。
ほんと、彼らしいわ。
ハーラルトの街、ウェストフェルトへ移住した。
そして一年後、結婚。
「ここに宿屋を建てて、二人でやろう!」
目を輝かせて、夢を語っていた。
精悍な顔つきの年上の男性。
だけど、子供のような純粋な心の人だった。
「小さくても二人だけの城だ! で、冒険者たちを適正な価格で泊めるんだ。俺たちが冒険者たちを支えるんだよ!」
「冒険者なの。怖くない?」
「大丈夫だよ! 俺がいるからな。それにこの街の冒険者はいい人が多いんだ。でさ、エルマの料理は美味いからな。きっと評判になるぞ。あいつらびっくりするはずだ」
「ねえ、私にばっかり頼るつもり? ハーラルトは何をやるのよ」
「俺かい? ベッドメイキングとか、草刈りとかかな」
「洗濯もしてよね」
「えー、俺、洗濯は苦手なんだよなー」
「苦手も、慣れればできるようになるものよ」
「エルマはしっかりしてるよ、まったく」
それから数年後。
ハーラルトは懸命に働いて、資金を貯めて、本当に宿を建てたんだ。
新しい建物、二階建ての少し小さめの宿。
冒険者をお客さんにするから、お庭は広め。
訓練とかもできるようにしたほうがいいんだって。
前に私が住んでいた街では、冒険者が訓練しているところを見たことがなかった。
けれど、この街ではたくさん見る。
暇があれば、剣を振っているみたい。
「生き残るためだから、みんな真剣だよ」
ハーラルトは笑ったけれど、なら、前の街の冒険者は何で訓練をしていなかったのだろうか?
きっとこの街の冒険者って見た目よりも真面目なのよね。
ハーラルトと付き合いのある冒険者の方々に会うこともあった。
強面だけれど、みんな優しい人たちだった。
この街の冒険者は他の街とはちょっと違うみたい。
フェルドさんと出会ったのはそのころ。
「この人がフェルドさんだ。俺の師匠みたいな人だ」
「おい、ハーラルト。師匠はねえよ。ただ、若いときに少しだけ剣を教えただけだろうが」
「それでも師匠ですよ! あの頃があったから俺は生き残っているんですからね!」
フェルドさんは恥ずかしそうに苦笑していた。
「まあ、いいや。エルマさん、よろしく。この男は少し調子がいいけれど、いい奴だから、当たりを引いたと思うよ」
「なんですか、その当たりってのは? 俺は商品でもないし、外れはしないですからね」
フェルドさんとハーラルトがじゃれていた。
ハーラルトは本当にフェルドさんが好きだったんだ。
フェルドさんは左腕のない冒険者。
冒険者としての実力は、夫のほうが上。
だけど、夫が信頼している冒険者。
それがフェルドさんだった。
それから、何回か三人でご飯を食べたりした。
夫は本当にフェルドさんとの絆を大切にしていた。
「そうか! 妊娠か! 子供だ!」
宿を建てたころ、妊娠がわかった。
ハーラルトは本当に喜んでいたわ。
「そろそろ、俺も冒険者を引退だな。宿屋のマスターだ」
ハーラルトたちはBランク冒険者として活躍していた。
ベテラン冒険者だ。
二十八歳でBランク冒険者。
それなりに才能はあったんだと思う。
でも、それをきっぱりと辞めて、宿屋に専念しようとしていた。
パーティとの話し合いはちょっともめていたみたいだけど、最後はみんな納得してくれたらしい。
だけど……あの日。
彼は帰って来なかった。
彼らは、が正しいわね。
彼のパーティは森に魔物の討伐に出たきり、数日、連絡がない。
冒険者ギルドは森へ、捜索隊を派遣した。
私は大きくなったお腹を抱えて、何もできなかった。
不安で眠れない日を過ごした。
最悪のことを考えて、でもきっと大丈夫と振り払って、でも振り払えなくて……
ただ祈ることしかできなかった。
ハーラルト、無事でいて……
ただ、それだけを女神様に祈っていた。
でも、それは届くことはなかった。
それからさらに数日後。
「エルマさん……」
フェルドさんが訪ねてきた。
土で汚れて、疲れ果てたフェルドさんが。
きっと、寝ずにハーラルトを探していたんだ。
その顔は……暗かった。
「フェルドさん……」
なんとなく予感があった。
きっと悪いこと。
そう、予感があった。
「すまねえな……」
彼が右腕を差し出す。
その手の上には指輪が一つ。
銀のシンプルな指輪。
結婚指輪。
ハーラルトの左手、薬指にしていた指輪。
「あ、あ……ハーラルト……」
その指輪をとる。
内側には、彼と私の名前が彫ってある。
確かに彼の指輪……
彼と私の指輪。
そして叶えられなかった、永遠。
「すまねえ、ハーラルトは……ダメ、だった……」
覚悟はしていたはず。
だけど……
覚悟なんて意味はないんだ。
だって、彼を亡くした悲しみなんて、想像できるはずなかったんだ。
胸を剣で突き刺されたような痛みが襲う。
呼吸ができない。
涙が溢れてくる……
止まらない。
なんでよ……
どうして、ハーラルト。
どうして、私を残していっちゃうの?
私をこの街に連れてきたのはアナタじゃないの。
宿をやろうって、夢を語ったのはアナタじゃないの。
私を幸せにするって誓ったじゃないの。
ねえ、どうしてよ。
どうして、私を一人にするの?
ねえ……
アナタのいない世界でどうして生きていけばいいの?
ねえ、答えてよ……
涙がこぼれる。
どうしたらいいのかわからない。
これは悲しみなのだろうか、不安なのだろうか?
いろんな感情がゴチャゴチャなんだろうか?
ただ、息が苦しくなるくらい、泣いていた。
……痛い。
お腹、赤ちゃん。
お腹を蹴った……
そっか。
赤ちゃんがいた。
ハーラルトと私の赤ちゃん。
ここにいるんだ。
ハーラルトが残してくれたもの。
そうだ、まだ、私にはこの子がいるんだ。
この子をちゃんと産まないと。
この子をちゃんと育てないと。
ハーラルトと私の子供。
そうよ、まだ、私は生きていける。
やることがあるのだから。
生きていないといけないのよ。
ハーラルトがいなくても、たった一人でも。
あのとき、ハーラルトを亡くしたとき。
私を支えたのは、お腹の子供だった。
そして、私はティムを産んだ。
この子を守り、育てていく。
それだけを考えていた。
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