第10話 おい、シャノン! お、お前なあ!

「ああ……フェルドさんのが私に入ってきます……。も、もう、一杯です。そんなに激しく! 私、壊れちゃいます!」


シャノンが身をよじる。

……ちげーよ、エロいことじゃねえからな!

《身体強化》を教えているだけだからな。

ジリの真似をして、魔力を入れているだけだ。

シャノンの肩に手をのせ、そこから魔力を送っているんだ。

魔力を送るのなんて、できねえと思っていたが、意外にできるもんだな。

俺の魔力制御も上手くなっているのかもしれねえ。


しかし、シャノンが色っぽい……

頬を染め、自分の体を抱きしめている。

男なんだが……

しかし、そのへんの女性より美人なんだよなあ。

それがいけねえ。

俺にはそっちの性癖はないんだが、しかし、シャノンなら……

……いや、ないよ、ない!


「……で、だ。人間の体の半分以上は水で満たされているって話だ。その水に魔力を纏わせるんだ」


ここからは自分の魔力でやらなきゃいけねえ。

魔力を送っているのをやめる。


「ああ、もう終わりですか……。もっとフェルドさんが欲しかったです……。残念です。ですが、幸せでした……。フェルドさんが私の中を満たしていました……」


シャノンが頬を染め、ため息をつく。

そして、柔らかい微笑みを浮かべる。

……幸せそうだな。

んで、なんで、アシュリーは無表情のまま舌打ちしているのかなあ……


「で、どうなんだよ?」


「そうですね。……こう、でしょうか?」


シャノンが魔力を練っていく。

……俺より全然上手えじゃねえか。

そりゃあ、そうか。

こいつ俺より強いんだよなあ……

そりゃあ才能があるよ。


「……で、その魔力を動きに使うようなイメージ。それを持って訓練する」


「なるほど。それでアクティブ・スキルの身体強化を普通より早く、恣意的に習得できるんですね」


シャノンは手を握り、広げる。

地面に置いてあった訓練用の木剣を手に取り、振る。

こいつの剣は綺麗だ。

基本に忠実で、実に効率的な剣だ。


シャノンに見とれていると、服を引っ張られる。

アシュリーだ。


「どうした、何か問題があるか?」


「……僕にもやって」


「いや、必要ないだろう。アシュリーは魔法使いで、しかも木属性だったよな。俺は水属性だぞ」


「うん。だけど……参考になる、かも」


「魔法は得意だろうに」


「……全身に魔力を満たすことなんてやらないから」


アシュリーは俺の手を取った。


「……剣だこがあって、ゴツゴツしてて、大きくて、好きな感じ……」


お前のは小さくて柔らかい手だな。

魔法使いってのは、みんな、こんな感じか?

ま、減るもんじゃねえし、いいかな。


「じゃあ、魔力を送るぞ」


まあ、水から木は相性は良いはず、か。

これが火とかだとどうにもならねえ気がする。


「うん……そっか、これがフェルドさんの魔力……。僕、体が熱い」


そう言ってアシュリーは頬を染める。

……水の魔力は冷たい感じだと思うが。

無視だ、無視!


マリオンが静かだな。

何してるんだか。

ただ突っ立っている。

……兜で表情が見えん。

コイツが一番わからんな。

実は外見、こいつが一番女性らしいんだよな。

ふわふわの美少女……

ようわからんが……


「マリオンもやっておくか?」


こくりと頷く。

で、兜をとって……

紫色のふわりとした髪の毛が風にそよぐ。

あの兜の中で汗もかいてないのかよ。

そして、やっぱり可愛いんだよなあ……

グローブをとり、俺の手を握る。

戦斧を振るくらいだから、手にタコはある。

が、柔らかい……


「フェルドさん、お願いします」


「お、おう……行くぞ」


「なるほど、これが……」


マリオンの頬が上気し、熱っぽい目で俺を見つめる。

なんか色っぽい……

いや、だめだ!

俺はノーマルだ。

マリオンから視線を逸らす。


「ふふ……フェルドさん可愛い。残念。もう少し若かったら、ね」


小悪魔……

助かった。

俺は範囲外だったらしい。

もし、マリオンに迫られたら……

考えねえようにしよう……


「よし! 身体強化、覚えました!」


シャノンが喜んでいる。

しかし、早えな……

俺は二日かかったんだがな。

才能の差が、悲しい……


「おう、凄えじゃねえか。よくやったな」


「フェルドさん、もっと褒めてくださいよ。私、頑張ったんですから。……二人はどうしたんです?」


二人は頬を染めて、ぼうっとしている。

だから、エロい感じになるなって……

ちょっと変な気分になるって!


「フェルドさん、何かしました?」


シャノンに見つめられる。

若干、目が据わっている。


「い、いや……二人にも魔力を流し込んだだけだがな」


そう、それだけだ。

やましいことはしていない!

俺は悪くない!


「……フェルドさんにはお礼をしないといけないですね」


シャノンがニコリと笑う。


「いや、いいって。ここの冒険者が強くなるのはいいことで……」


「その優しいところ……私、好きですよ」


シャノンの手が俺の頭を優しく包み……

引き寄せる……

キスをした……


「ふふ、ご馳走様」


「おい、シャノン! お、お前なあ!」


「いいじゃないですか。若くて可愛い子からのキスですよ。ご褒美だと思ってくださいね」


若くて可愛いが……

俺の性癖は……

うがぁあ!

なんだか、わからなくなるじゃねえか!


イーナとジリは……

よかった。

向こうで遊んでいる。

虫でも追っかけてるのだろう。

ま、子供に見せるもんでもないからな。


「あー、シャノン、ずるい! 僕もお礼する!」


「やめ、やめ! アシュリー、こっち来るな!」


アシュリーなら、身長差、身体能力差で、阻止できる。

決して、もったいないとは思ってないからな!

本当だぞ!


だから、嫌なんだよお、こいつらと関わるのは!


しかし、シャノン、薔薇のような匂いだったな……

いや、違うからな!

俺は違うんだ!



「はは、面白えやな。シャノンたちに好かれていいじゃないかい。悪いことじゃねえだろうよお」


「うっせえよ。ほんと、大変だったんだぞ」


夜、ドミニクと居酒屋で飲んでいる。

イーナは寝ている。

一応、ジリもいるから、俺も少し自由に動ける感じだ。

ジリがいなきゃ、こうして飲みにも来れなかっただろう。

飲むために、エルマさんに子守を頼むのも気が引けるしな。

独りで子育てなんかできたもんじゃねえよ。

まあ、俺の育ての親は一人で、二人の子供を育てたんだ。

そりゃ、尊敬もするわな。


ここんとこ、ゴブリンを大量に討伐した。

ゴブリンとソルジャーとアーチャーでも、あれだけ倒せば、そこそこ懐も暖かくなる。

たまには飲みたいだろうが。

子育ても疲れるんだよ。

イーナは素直ないい子だからな。

これで泣きごとを言っていたら、世間一般の両親のひんしゅくを買いそうだ。

が、疲れるものは、疲れんだ!

しょうがねえだろうが!


酒は麦酒。

ここの居酒屋は《クール》の魔法を使える従業員がいる。

キンキンとまではいかないが、冷えた麦酒を提供してくれる。

冷えた麦酒がいいんだ!

その分、ちと高いがな。


料理はキュウリとニンジンの漬物、野菜のグリル、焼き鳥、野菜炒め。

まあ、野菜が多め。

俺たちの年齢を考慮したのもあるし、懐具合もある。

肉は高いからなあ……

だが、肉の脂を冷たい麦酒で胃の中に流し込む。

それが美味いんだが……

まあ、贅沢はいけねえや。

今、これができるだけでも幸せなんだろう。


「いいじゃねえかい。シャノンちゃん、可愛いじゃねえか。それに若いんだよなあ」


「確かまだ二十四だったか……」


「おー、二十四かあ。それでBランクたあ、優秀じゃねえかい。で、フェルドさんより十六下。その子が好いてくれるんだあ。付き合っちまえばいいじゃねえか。フェルドさんもいい歳だし、結婚しちまえばよくないかい?」


こいつ、他人事だと思って……


「確かに、若くて、美人だが……」


「そうだろうよお」


「……アレがついてるんだぞ。想像できるか?」


「あー、あの美人にアレがなあ……。確かにギャップが。まあ、慣れれば問題なくなるんじゃねえかねえ?」


意外に、発想が柔軟だな、コイツ。


「なら、お前が相手しろよ」


「そりゃあ、違うだろ。俺は妻子持ちだしよー。それにシャノンちゃんが好きなのはフェルドさんだろうよお」


何でだろうなあ?

こんなロートル冒険者を何で好きかなんだか?

まあ、悪い気はしねえが、しかし、なあ……


アシュリーならわかるんだよな。

あの子はおっさんが好き。

……最近、俺もその範囲に入ったらしいがな。


「フェルドさん」


「ん?」


「相方がほしいならさあ。エルマさんへ、積極的にアピールすりゃあいいじゃねえかねえ」


「どうして、そこでエルマさんが出てくるんだよ!」


「ちと思い出してな。ハーラルトが亡くなって、もう三年になるか……」


「ああ」


ハーラルトはエルマさんの亡くなった夫。

Bランク冒険者だった。

誠実で、爽やかで、優秀な男。

で、いいヤツだった。


「この稼業、いつ死ぬかわかんねえよなあ……。どんだけ強くったって。どんだけいいヤツだったってさあ。いやあ、いいヤツから死んでいくんかなあ、とも思うよなあ……」


優しい奴は、他の奴より少しだけ死にやすいかもしれねえ。

が、優しい奴、いい奴は仲間も多いからな、どうだろうか?

確率は変わんねえと思うんだ。

ただ、いい奴の方が、生き残った奴が思い出すんだ。

偲ぶんだ。

死んでほしくなかったと思うんだ。

きっと、だから、記憶に残るんだろうな。


エルマさんも、あの頃は大変だったな……

まだ、息子のティムがお腹にいたからよかったのかなあ。

いや、俺にはわかんねえよな。

その辛さは、悲しさは、彼女にしかわからねえよな。


「そろそろエルマさんも再婚してもいいんじゃねえかってなあ」


再婚ねえ……エルマさんが……


「というわけでさあ、フェルドさんをけしかけているんさ」


「……なんでだよ。さっきはシャノンじゃなかったか?」


「フェルドさんならどっちでもいいかなってなあ」


「どういう意味だよ」


「……ま、エルマさんの場合は、彼女の選ぶ権利もあるかあー」


「そりゃ、どういう意味だよ……」


そんな馬鹿な話も混ぜながら夜は進んでいく。



「でさあー。問題はイーナちゃんだよなあー」


ドミニクは次、安物の葡萄酒を飲んでいる。

俺は麦酒を二杯目だ。

ドミニクは会話の音量を落とす。


「ああ……」


「だいぶでっかくなったからなあ。見るたびに大きくなっているよねえ。やっぱり、普通の子供じゃないよなあ」


「ああ、そうだな……。イーナは何年で大人になるんだろうな」


聖女、女神の愛し子……

あの成長を見ると、人間のようで違うものだと実感する。

どういうことかは、俺にはわからない。

で、わからないでもいいと思っている。

俺はイーナを育てるだけ。

別に人間だって、違うものだって関係はねえな。


「でさあ。気付くよなあ……」


「ああ」


問題は、他の奴らだ。

そんなに俺たちと親しくない、ちょっと会うくらいの人たちでも気付くだろうよ。

もちろん、エルマさんとティムは気付いているはずだ。

何も言わないがな。


「聖女だってばれると、色々面倒そうだなってなあ」


ドミニクが難しい顔だ。


「やっぱりまずいか?」


「ああ、聖女はまずいなあ。王都の貴族どもや、教会のお偉方が騒ぐだろうさ」


「そりゃあ、面倒くさい」


「聖女を奪いに来るだろうさ。下手すりゃ、フェルドさんを殺してでもってなあ」


冗談じゃないんだよな。

アイツら、冒険者の命なんざ、屁とも思っちゃいねえ。


「やっぱり、俺が育てなきゃいけねえか?」


「そりゃ、そうだよお。女神様が直々にフェルドさんを指名したんだろう? ならそれに意味があるんじゃねえかねえ」


確かになあ……

何で俺とは思うが。

何かがあるんだろう。


「それにさあ。俺だったら、王都で箱入りで、屋敷から出してもらえないで育てられるんは嫌だなあー。ここのような田舎の街でゆっくりとしていてえやね。魔王討伐なんて面倒なことをやんなきゃなんねえんならさあ。その前はせめてなあー」


俺も王都の貴族様なんて性に合わねえ。

イーナを見てると、同じかなと思う。

あれはお嬢様って感じじゃねえや。

お転婆に育つだろう。

あいつは森の中を走り回っているほうが似合ってる。


「あと何年でバレるかなあー。それまでにフェルドさんは強くなんなきゃなんねえよお」


「そうだな」


「ああ、Aランクだなあ」


「Aランクだあ? んな、子供みたいな夢は持たねえよ! 今更」


「でもなあ。それくらいは必要だと思うんだよねえ。んでさあ。最近のフェルドさんを見てると、いけんじゃねえかって思うわけさあ」


「いくかよ! 俺だぞ」


情けない話。

もし、若いときに左手をやらなくたって、今、Aランクなんかになってないはずだ。

俺の才能なんてそんなもんだ。


「きっとさあ。イーナちゃんが連れていくんだよねえ。フェルドさんを強者にするんだよお。んでさあ、フェルドさんもならなきゃいけねえんだあ」


あながち、ないこたあないか……

イーナが来てから、レベルも上がったし、《身体強化》も覚えた。

ジリのスパルタのせいともいうが……


「俺が頑張んなきゃいけねえか……」


「ま、俺たちゃあ、フェルドさんが頑張ってるのは知ってるさあ。最悪、貴族たちが来たら、逃げなよねえ。俺たちが手伝うからさあ」


「いや、俺が貴族をみんなぶっ倒してみせるさ。それくらいの強さが必要なんだろ?」


「ああ、ちげえねえ。そんくらい強くなってくれよねえ」


ま、酒の席の話だ。

本当にそこまで強くなれってこっちゃねえよな。

……ほんと、最悪逃げるか。

それもいいかもなあ。

イーナとジリがいりゃあ、何とかなりそうな気もしてんだ。


どこでだって生きていける。

それも冒険者の強みってやつだよなあ。


だが、おりゃあよお、この街も好きなんだぜ。

最悪のケースだよ。

まったく面倒くせえ。

貴族ども、滅んでくれねえかな?



<<ステータス>>

シャノン・ガーネット

 アクティブスキル:

  身体強化(水)(New!)

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