第10話 翔陽のプロパガンダ
プロイデンベルク軍
椿到着より遡る事1時間
「うむ、悪い展開ではない」
映像拡大化の魔法を使用し翔陽輜重隊に視線を凝らすと、真っ赤に燃え上がる荷物、迎撃隊相手に優位に戦闘を進めている自軍が見える。
「ナイディンガー」
エルウィンが呼ぶと若者らしくはきはきした返答が返って来た。
「両翼より歩兵を進出させて、戦果を拡張せよ。中央は同士討ちを避けるためその場に留まるよう指示せよ」
「はっ」
ナイディンガーが走り去った後、エルウィンが拡大化した前線を眺めていると、周辺で砂を蹴って近づく音が耳に入った。
「司令、申し上げます」
「ん、どうした?」
息せき切って駆けつけた伝令に余裕をもって視線を向ける。
「翔陽軍、こちらに向かって来ております」
ため息を一つついた後「想定内だ」と告げる。
「しかし、オドルス、オモテンキャブからの軍、あと30分ほどで到着いたします」
「なに! 30分」
「はっ」
(攻撃を受けてから軍を出したのなら、オドルスで半日、オモテンキャブなら1日かかるはず)
エルウィンは額に手をやりゴーグルをいじくると、すぐにその伝令にナイディンガーに向けての言付けを命じ走らせた。
(あの女性司令にとって誤算だったのは我らの襲撃時間が早かったことだけか)
「司令、どうなされました?」
参謀の1人が声をかけてきた。
「撤退だ、時間が無いぞ」
「はっ」
その時、通信兵から報告が入る。
「オモテンキャブ駐屯地、敵備えあり。夜間なれども航空騎の果敢なる攻撃を受け停滞中」
「そうか、そちらもか」
エルウィンが頭を掻いていると別の通信兵が暗号文を持って走ってきた。
「何だ、今度はオドルスで待ち伏せされていたのか?」
呆気にとられたその兵は、気を取り直し報告する。
「はっ、司令の申した通りオドルス駐屯地の敵は備えがあり奇襲失敗とのこと」
エルウィンは二人の通信兵を交互に見合わせ「撤退するよう暗号文を打ってくれ」といい頭をポンと軽く叩いた。
「やれやれ、釣りだして空になった駐屯地を襲う予定だったんだがなぁ」
エルウィンの愚痴は風と共に飛ばされて流された。
オモテンキャブ駐屯所
数日かけて焼け残った荷物を片付けて戻って来ると、椿は何事もなかったかのように働き始めた。
「今回の戦いで兵員および物資が失われたのでその補充と交換要員をお願いします」
「今は難しい、物資とて国民がみな我慢してどうにかそろえている物だと理解して欲しい」
「それは、存じ上げておりますが」
「それはそうと、エルウィンに勝利したこと陛下は大変お喜びであったとの事だぞ」
「あれは、勝利と言えるのでしょうか?」
「迎撃して追い返し、敵に多大な損害を与えている。勝利と言って差し支えあるまい」
「しかし」
「国民は英雄を欲している。陛下の女王陛下――奥方様に対する面子もある」
椿は言葉を詰まらせて押し黙る。
「とにかく、陸軍としても増援は検討する。しばし待て」
ツーツーツー
カチャ
受話器を降ろすと思わずため息が出てしまう。
「勝てたと言ってよいのだろうか? 後手後手に回ってどうにか対応しただけではないのか?」
頭の中に三木の声がよみがえる。
「利津子は死に損だったんだ! みな貴方の幻想を見ているに過ぎない。貴方は所詮既得権益に乗っかって権力争いをしているに過ぎない!」
椿はコップの水を飲み干しため息をつく。
「国民は英雄を欲している、か……幻想だよね、それって」
本当の私ではない。
政治的に間違ってはいないのは分かっている……。
一方三木は
「こんなもの!」
三木は新聞を乱雑に折りたたむと力任せに投げ捨てた。
「おいおい、危ないやろが」
川濱が笑いながら文句を言うと三木は「利津子を英雄にしやがった」と悪態をついた。
「どれどれ……田村軍曹は女性の身でありながら、尊敬する秋川司令の元を志望し、この度の戦いでお国の大切な物資を守らんとして雲霞の如く押し寄せる敵を相手に壮絶な戦死を遂げた」
「そもそも田村軍曹は女だてらに歴史小説家にならんと日々切磋琢磨していたとの事。この夢破れた乙女の南朝の忠臣楠本公を見紛うような働きに、陸軍は2階級特進の少尉に任じたとの事」
川濱は新聞を折り畳んで三木に手渡す。
「僕は取材でこのようなこと言うてないやろ! 嘘ばっかしや」
川濱は三木の肩を叩いて言う。
「プロパガンダというやつや」
三木は「わかっている」と言って川濱の言葉を押しとどめた。
「なあ、川濱」
「なんや?」
「今までだったら、暴言はいた私がどうなってたと思う?」
「まあ、よくってビンタ、悪けりゃリンチうけて営倉にぶち込まれる――そんなところやな」
「今回、何の沙汰もあらへん」
「あの司令の姉さんも大変なんやろなぁ」
川濱は椿に同情するするも、三木の方は頭ではわかっているが感情が抑えられず悪態をつく。
「嫌われもんやから、だれも司令のために怒ったりせんのや。大体護衛が少なすぎるの……」
「あの護衛、決めたの乃本元帥やで」
川濱は三木の言葉を遮って訂正すると三木は「乃本は親もそうだが気に入らへん」と吐き捨てる。
「もう、ええやろ」
川濱が押しとどめると三木はゴロンと横になってふて寝を始めた。
利津子の死とその死にざまは翔陽の新聞を通じて三木たちの予想だにしない形で様々な解釈と衝撃を与えた。
その中でも変わった衝撃を受けた者がいる。小佐野鳳と平岡みすずである。
彼女たちにとって、利津子の死は物書きの仲間と言うだけではなく、殉教に近い捉え方をした。
すなわち、女性の権利をかけて戦っている秋川椿を助けるために死んだ女性と捉えたのである。
小佐野は権利のための尊い犠牲と肯定的に論じたのに対し平岡は反戦論者の立場から積極的には擁護しなかったものの、女性の立場を向上させるという1点では評価をしてそれぞれ論陣を張り争った。
その論戦が様々な層に伝わり思いもかけない形でうねりとなり広がっていく。
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