第6話 護衛隊出発

 早朝からがやがやと騒ぐ声が響き渡ると、次々と準備の終えた部隊が出立してゆく。

 それを見送る椿には何とも言えない無力さと寂寥感が募る。

「私も頑張らなければ」

 自分の頭ごなしで何事も決まってしまう、どうにか是正したい。

 その忸怩たる思いをどうにかしたいと焦っている自分には気付いている。

 ギュイィ――――ン

 すぐ上を左から右へと発動機の音が通り過ぎた。

 椿が見上げると、ベテランの戦闘騎が実戦経験の無い騎を鍛えている姿が写った。

「海は上手くやっているかしら」

 海軍航空隊にいる弟の事を一瞬思い描き、すぐにそれを消して自分のやるべき作業に戻っていった。

 それから数日後、輜重隊がそちらに向かって出たとの連絡が入った。

「あら、これ5日ほど前だわ」

 その暗号を通常の言葉に直した電文の発行日はそうなっていた。

 物資はここで降ろすものとオドルスまで運ぶものがあるはず。

「今度こそ物資を無駄にすることなど失敗は許されない」

 そう頭を切り替えて乃本元帥のもとを訪ねる。

 元帥のテントの中は質素で飾り気どころか私物が佩刀といくつかの服、数冊の本、時計、その位しか持ち物を持ち合わせていないようだった。

「失礼します」

 椿の声を背中で受け、ゆっくりと振り返る体は年齢に不相応なほど隆々としており、それと不釣り合いな程の優しい顔が乗っている。そんな人だった。

「どうしました?」

 相も変わらず若年者にも丁寧な対応をする乃本に対し、椿は「輜重隊が3日ほどで到着するそうです」と伝えた。

「それは、連絡をしてからすぐに出立したのですかな」

 参謀長の石川とのやりとりを覚えていた乃本はその連絡した荷物が届くのかと思い安堵のため言葉を返した。

「いえ、その前に出ていたそうです」

「そうか、してどうして来なさった」

「ここからオドルスまで距離があります。襲撃されぬよう護衛を付けようと思いまして」

 そう言われ意図を察した乃本は破顔して「了解、承りました」と言ってくれた。

 それからも軍内を駆け巡り、物資などの準備の手配を整え、訓練を視察し、聞き取りを行い、書類を整理していった。


魔歩兵宿舎

 

「あら、あなたは」

 椿の視線の先には魔動車の運転を行っていた予備士官の男が写った。

「あ、は、お疲れ様であります」

 敬礼をした男の隣に初々しい新兵が居るのに気が付いた。

「部下が来たのですね」

「はっ、しかしながらまだ1人足りておりません」

 椿は視線を魔動歩兵に移し「どこも補充は完全ではありません。しばらくしたら追加で補充兵が来るでしょうからそれまでお待ちなさい」

「はっ、ありがとうございます」

 視線を三木の方へ戻し軽くうなずくと、椿はその場を後にした。

「あれが、秋川司令――凄いです、尊敬しちゃいます」

 そう言って例のノートを取り出すと熱心にメモ書きを始めた。

「何ィ書いてるんや?」

 そう問う三木に対し「秋川司令は私が書きたい人の内の1人なんですよ。今の会話だけでも大切です! 声のトーンだったりとか身振り手振りだったりとか……」ととめどなく言葉が出てきた。

「他に書きたい人物って誰なん?」

「そうですねぇ、坂木乙女と弟の龍麻とか雉方歳一とか、あと田丹秀吉郎とかあとあと三木小隊長も書いてみたいですね」

 そう言って茶目っ気たっぷりに笑った。

「ぼ、ぼく?」

「あはは、冗談ですよ」

「冗談って、タチの悪いヤツや」

 そう言って三木も頭を掻きつつ笑った。

 それから数日後

 日は遥か昔に地平線に落ち、みなが毛布に包まれるころ、ふと三木は目を覚ました。

「うっうん、あれ?」

 テント片隅に小さく明りが灯っていることに気が付いた。

「消し忘れたっけ?」

 眠い目を擦りつつ近づくと……。

「どうしたん?」

 利津子が寝ながら何かを書いていた。

「あ、ごめんなさい、起こしちゃいましたか」

 笑みを浮かべて誤魔化す利津子に三木は「明日も早いから、ちゃんと睡眠とらんと」と親のように注意すると「へへ、あとちょっと」と笑いで誤魔化した。

「思いついたネタはすぐに書かないと忘れちゃうんだよ」

 呆れた三木は「早く寝ないと襲っちまうぞ」と笑いながら冗談を言うと「うーん小隊長かぁ~まあいいんじゃない」と言ってケラケラ笑った。

「ホントコイツはぁ」

 三木が呆れて見ていると「はい、ダメダメ~戻って寝て下さーい」と言って魔法を消した。

「ホンマ、この子は」と呟いてため息を吐くも、少しばかり喜んでいる自分に三木自身戸惑っていた。

 翌日

 太陽が上がらぬうちに叩き起こされる。

「うー寒い」

「砂漠はたまらんなぁ~夜は寒くて昼は熱い」

 そう言って朝食を済ませると、訓練の前の朝礼でのこと。

 その日は珍しく大隊長が説明に出てきた。

(何かあるんかい、けったいな話でなければええが)

「昨日、輜重隊が到着したのを聞いたものはあるだろう。輜重隊はこの後オドルスまで行く」

 大隊長の目が厳しく周回する。

「そこでだ、師団長からの命令で、我らが護衛に付くことになった」

「他に歩兵、砲兵などが付く。何かあればここかオドルスの部隊が救援に来る手筈になっている」

「なお、航空騎隊も直掩に付くので誤射はせぬように! 以上」

 そう言って足早に去っていった。

「めんどうやな」

 三木がそう呟くと川濱も同意する。

「ま、仕方ないわな」

 そう言って支度を始めた。

 日は高々と上がり、魔歩の中は灼熱に熱せられ、汗は首元を伝わってしきりに落ちて来る。

「あちぃ」

 上空には航空騎の推進音が伝わって来た。

「もし、襲われるとしたら夜だな」

 翔陽の航空騎は、魔探が無いため夜は飛行できない。

 輜重隊は護衛隊と共にオドルスまで2日と半分ほどの日程を歩み始めた。

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